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第71話 帰還

目的

◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。

◆異形の神々の顕現を阻止する。

◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。

◆迷宮内でメアを見つける。

◆第五層を攻略する。

 アルテニア帝国サンブリッジの町。仮皇宮の廊下を小走りで行くのは帝国宰相セルディックである。


「皇太子殿下、エドウィン殿下!」


 バタバタと部屋に入ったセルディックは先客の姿を認めて威儀を正した。その客は見た目こそ使用人のような(なり)だが裏の顔を持っている。


(<アラクネ>の手の者か……)


 若干の軽蔑がセルディックの心ににじむ。<アラクネ>とは帝国の裏社会に根を張る組織でいわば日陰者、宮廷の人々とは本来住む世界が違う。


 だがエドウィンは帝都を回復するためにあらゆる手段を厭わない人物である。<アラクネ>に荒廃した帝都での勢力を認める代わりに、その情報網や人材を有効活用する、そんな契約を交わしていた。


「いかがした宰相?」

「はっ、しかし……」

「構わぬ、申せ」


 水を差してしまった形だがやむを得ない。セルディックが迷宮からの報告を伝えるとエドウィンの表情が目に見えて明るくなった。


「倒したというのか、五層の番人を?」

「はい」

「ついにやったか。して誰がその首を取ったか?」

「殿下もご存じ、あのウィルという若者です」


 エドウィンの喜色が固まる。


「ウィルがやっただと?」

「はい。<ユリシーズ>も見届けており確かと思われます。まさかこれほどの成果を上げるとは驚きましたな」


 オーウェン侯爵家のマリアンが連れてきたあの少年。実のところセルディックなどは期待を抱いていなかったのだが、短期間に賢者ホセを見つけ、今度は番人まで討ち果たしてしまった。


 大いに見方を変えたセルディックだが肝心のエドウィンは反応が重い。


「……宰相、この報告書を見てくれ」

「はぁ」


 渡された書類に目を通す。『少年の身辺調査報告』という見出しにセルディックは顔を上げた。


「ウィルのことですか?」

「左様」

「……これだけ?」


 ――ウィル。数年前より帝都に住み着き、迷宮内で回収業に従事する他、市街で細々とした依頼をこなす少年。後にオーウェン侯爵家の私設ギルドに所属。以上。


 中身がない。帝都で見聞きしたという程度で彼の素性にまったく迫れていない。セルディックは鼻で笑うように<アラクネ>の使者を見た。


「帝室の隠し子だろうと見つけられる、などと言っていたのはどの口か?」

「宰相閣下、我ら<アラクネ>は至る所に目と耳を持ち、帝都を出入りする者のほとんどを把握することも可能です」

「それは大層なものだな」

「命じられた人物は隅々まで調べます。その者がどの門から入ったか、どの街道を通り帝都を訪れたか。どこに住みどこで生まれ両親は何者か、全て見通す術があります」


 「術」という言い方にセルディックは不気味さを感じた。恐らくそういう魔法や秘術があるのだろうが、深入りはしなかった。


「彼は奇妙です。帝都を訪れた時は十歳ほど、彼の言う養父はすでに亡く一人。周りで世話を焼いた者がいたはずですが、その影が浮かんできません。足跡が辿れないのです」

「もう本人に聞けば良かろう」

「聞きました。彼自身はさして隠さず自分のことを語ります。ですがこれもおかしい点が多い。例えばサンブリッジの町で宿に泊まったと言いますが、その宿が見つかりません。東海岸で獣人との戦争から逃れてきたと言いますが、そこまでの戦争は起きていません」

「……彼の養父を調べれば何か分からぬか?」

「調べましたが何の手掛かりも得られませんでした。本当に存在していたのかすら分かりません」

「……」


 確かに奇妙だった。まるで帝都以前の過去を嘘で隠しているようだが、それもすぐバレるような虚偽ばかり。それでいて本人は素直な少年に見える。

 そもそもあの顔。まるで皇太子親子とよく似たあの顔。神のイタズラか悪魔の囁きの存在を感じるセルディックだった。


「……殿下はどのようにお考えですか?」

「謎の多い少年だが、有能であることは彼自身が証明している。これから必要になる人材だ」

「これから……ですな」


 いよいよかとセルディックは唾を飲み込んだ。



***



 帝都のオーウェン侯爵邸。<ナイトシーカー>のギルドハウスでもある屋敷は重い空気に包まれていた。


 第五層の番人討伐。合同作戦が成功したことは冒険者たちの帰還により分かっている。だが肝心の<ナイトシーカー>のメンバーが戻ってこない。


「何か問題が起きたのでしょうか……」


 ギルドを預かるマリアンは屋敷中をうろうろ歩き回っていた。足下でも黒猫がグルグル回り忙しない。

 何か帰って来れない事情、怪我人でも出たのかトラブルに巻き込まれたのか、答えは出なかった。


「お嬢様、座って落ち着かれてはいかがです」

「クロエだってさっきお皿を割ってたでしょう」


 マリアンとクロエが二人でそわそわするのを見かね、ベッシやキャサリンら年配者が声を掛ける。


「私が他のギルドに話を聞いて参ります」

「それまでハーブティーでも淹れましょうか。クロエは手伝わなくていいよ、座ってなさい」


 その時、屋敷の広間に敷かれた転移陣が光を発した。


「お嬢様、戻ってこられます!」


 バタバタと慌てて駆けつけると光の中から人影が。


「皆さん!」


 ウィル、セレナ、ガロ、アイリーン、そしてホセ。メンバー全員だ、ボロボロだが無事である。


「マリアン、皆……」

「……よくご無事で」


 番人を討ち果たしての帰還。だがそれより今は無事な姿を見られ胸がいっぱいになる。


「帰る前に大事な用事があって遅くなっちゃった」


 言いながらウィルたちは大きな袋を下ろす。一つ二つ、中を確認してマリアンは目を見開いた。

 骨。遺体である。それに剣や盾、鞄などの装備品。


「これはもしかして……」

「アインやツバード、ジョンを探しに行った仲間たち。できるだけ探してきた」


 マリアンの兄ジョンを見つけるため死地に赴いてくれた冒険者たち、その遺骨や遺品である。


「あれだけ戦った後に残業までして疲れたぜ」

「ガロの鼻には助かったよ」


 思えばあれが始まりだったろうか。マリアンやウィルたちの運命を変え、皆を出会わせた。物言わぬ姿になった彼らに、マリアンは細い指を這わせ様々な想いを巡らせる。彼らに謝罪と感謝を。


「承知しました、遺族の方とも連絡を取って適切に処置します」

「お爺さんのとこに持ってって埋葬してもらおうね」

「そうしましょうか。……ありがとうウィルさん」

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