第70話 届かなかった言葉
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆第五層を攻略する。
==============================================
皇帝が崩御した。食事に毒が盛られたという噂だが真偽は分からない。突然の事態に宮廷は上も下も混乱していたが、冷静に対処した者が一人いた。
皇太子、間もなく玉座に就いて皇帝となる人物。彼は宮廷を掌握すると事態の鎮静に成功した。ほどなく帝国は新体制に移行するが、その中で一つ奇妙な命令が出された。
近衛騎士団の解散である。それもただ解体するだけではない、七人の騎士が連行され密かに処刑される。先帝を守れなかった罰などと囁かれているが、当の捕らわれた七人はある覚悟を決めていた。
(皇太子殿下は気付いておられる)
先帝が命じたこと。皇太子と関係を持ったエルフの女を抹殺せよという命令を。
あの女は運が良ければ生き抜いている。だが皇太子はそこまで知らないし騎士たちも話す気はない。彼らは行き場に迷った忠誠を墓場に連れて行くことにした。
帝都の地下で密かな処刑が執り行われる。
処刑人は静かな所作で段取りを整えた。顔を覆う白いマスクはこれから鮮血で染まるだろうが、今は場違いなまでに清楚清潔である。
彼らは代々帝国に仕えこの冷酷な職務に徹してきた。とはいえ毎日誰かの首を斬るわけでもない、普段は医者をしている献身的な男だ。
その手に握る剣は強さと美しさを併せ持ち、死にゆく者への礼節を感じさせる逸品である。騎士たちも抵抗することなく処刑台に上がった。
見届けるのは皇太子ただ一人。その目が騎士とかち合った瞬間に様々な感情が交錯した。
「言い残すことはあるか?」
皇太子の冷酷な声。その冷たさは彼らの関係が終わりを迎えていることを如実に告げていた。
「我らの心は帝国と臣民のために。惜しむらくは新たな皇帝に忠節を尽くすことができぬことのみです」
「それが叶わぬ訳は理解しているな?」
「……はい」
あのエルフは殺したと先帝に報告してあった。虚偽の報告で報奨を得て皇太子からは死を賜る。不忠者として当然の死に方だろうが心残りは尽きない。
(何が正しい選択だったのか……)
処刑人の剣が高々と掲げられる。祈りの言葉もない只々冷たいだけの死。騎士は最後の瞬間まで葛藤で心を埋め尽くした。
(皇帝陛下、御赦しください……)
==============================================
貫いた。俺の短剣がデュラハンの核を破壊。途端に流れ込んだ記憶はひたすら苦悶に満ちていた。
「で……んか……」
デュラハンは明滅するように形態を入れ替えながらその存在を希薄にしていく。
「やったのか?」
「ウィル、最後まで気を抜くな」
周囲は心配しているが俺には分かっていた。もう脅威は去った、悲しい記憶から生まれた魔物は潰える。
そのデュラハンが苦し気に腕を伸ばす。最後の力を振り絞って何かを請うように。
俺は黙ってその手を握ると、口から自然に言葉が零れた。
「……赦す……」
手の中でデュラハンの存在が消える。同時に辺り一面の景色が変化した。鬱蒼とした森が絵具で塗りつぶされるように消え、その後に現れたのは寂しげな石の広間。ドワーフ要塞の時と同じで迷宮を作る魔法が一時解除されたのだろう。
「何だこれは?」
「場所が変わったぞ?」
集まっていた冒険者たちがキョロキョロ見回すのも無理はない。
「ど、どうなってんだ?」
「なあ、デュラハンは倒したのか?」
「倒したとも。この階層はもう解放されたのだよ」
ホセが皆を安心させるように告げた。番人を失ったこの第五階層は空気すら変わった気がする。
「ホセ……」
「よくやったウィル」
「ありがと……。この階層、元はどんな場所だったんだろう。棺桶のようなものがあるけど」
「この階層には地下墓地があったのだ」
「墓地……こんな深くに」
恐らく真っ当な墓地ではないのだろう。埋葬される人たちも……。
「例の処刑された近衛騎士、彼らはここに密葬されたと見える」
「それが迷宮化したことで番人に変化したと……?」
「有り得ることだ。迷宮にはそういう魔法が働いている」
異形神の力があったとして、気になるのはその起点だ。俺が見てきた記憶中からどうしても一人の人物が浮上してくる。
オズワルド1世……エドウィン皇太子の父親で帝都から姿を消した皇帝。
「それよりウィル、まだ鼻血が止まっていないな」
「あれ」
「これで拭きなさい。ホラ服まで血だらけだぞ」
ホセから渡された布で鼻を抑えつつ、そういえば仲間たちはどうなったかと頭が冷静になってくる。
「セレナさん……」
「ウィル君、良かった」
セレナさんにアイリーン、そしてボロボロになったガロ。人だかりから離れた木陰で休んでいた。
「ガロ」
「なんでい」
「ありがとうな」
「フン」
デュラハンの前に立ちはだかった人狼らしき影、その正体は敢えて言うまい。ホセの言った「人型の魔獣」、その言葉が示す側面とかそういうものだろう。
それはいい。それよりまた無茶に付き合わせてしまって悪いという気持ちが勝る。
「お前と組んでると疲れるぜ」
「ハイ、今度背中向けてねー」
アイリーンの治療で怪我は大丈夫そうだ。この合同作戦、経過はともかく俺たち五人は戦い抜くことができた。
「伝達、伝達!」
その時、連絡用の水晶球から声が轟いた。
「地上へ報告、第五層の番人討伐せり! 討伐者は<ナイトシーカー>のウィル!」
向こうでは勝利に盛り上がる声が聞こえる。
「これでヒーローだね」
セレナさんがパっと微笑むから俺は恥ずかしくなって目を逸らす。だが横目でその顔を見ながら考えた。この人はもしかして……。