第69話 黒炎、白光
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆第五層を攻略する。
==============================================
森を馬で駆け続けた。標的はもうすぐそこだ。エルフの女、殿下を誤らせる存在。追い詰めて殺せ。七人の騎士は馬を急かして距離を詰める。
捉えた。確かにあのエルフである。もう馬は疲弊して息が上がっている、逃れることはできない。
一騎が斬りつけるのを女は剣で防いだ。ただの女ではない。だが二度三度と攻められると馬が倒れ女は地面に投げ出された。
「ここまでだ」
七人は女を剣で囲む。殿下の恩人らしき女をよってたかって、心苦しいがやむを得ない。エルフの女は帝室にとって邪魔になる存在、ここで殺して後顧の憂いを絶たねばならない。
殿下はそれを知る必要はない。これは皇帝と七人の騎士たちの間で闇に葬られる出来事となるだろう。
「くっ」
「この女……」
女は腹を庇うような仕草を見せた。まさかとにじり寄って騎士は目を見張った。
「貴様、身重か……」
「……」
「そのお腹の子、まさか殿下の……」
騎士たちの手が止まった。皇室の血を受けた子、殿下の御子を殺すことになるのか。
「陛下の命といえど……」
苦悩の末、騎士は剣を収めた。
「……女よ、命は取らぬ。その代わり二度と殿下のお側に近寄るな」
騎士たちは背を向け立ち去ると、二度と振り返ることはなかった。
==============================================
またあの記憶。あの騎士たちは……彼らは……。
繰り出した短剣はデュラハンを、その中心にある核を確かに傷つけた。霧に化け実体のないデュラハン、だがその苦悶が伝わる。しかし浅い、完全に倒すには至らないか。
離れろ、危険だ。デュラハンが弱っているうちに遠くへ。
視界が傾く。真っすぐ立てない。すでに脳内へダメージが蓄積しているのか、まさかこれほどの反作用があるとは。力が入らない……巻物はどこだ、俺たちはマリアンたちの所へ生きて戻るんだ。
ダメだ、デュラハンが再び迫ってくる。もうあの剣を防ぐ手は――。
「■■■■■■■――」
耳をつんざく唸り。デュラハン、ではない。もっと遠くから風と共に来る。
「あれは――」
大きな黒い塊が視界に飛び込む。それが人の形をしていると気付くのにちょっと時間がかかった。
「魔物……いや人狼?」
獣人とも違う人と獣の中間じみた姿。毛皮が炎のように逆立って、実際に燃えているのではないか熱が伝わってくる。
猛々しい瞳はチラリと俺を見た後すぐにデュラハンへ向けられる。
「■■■■――ッ」
破壊衝動に満ちた唸り声、人狼がデュラハンへ爪を振るう。風と共に木がなぎ倒された。デュラハンは――回避して散り散りになっている。
デュラハンの剣が人狼を囲むが、遅い。人狼が逆に詰め寄り反撃、今度はその体に爪がぶち込まれた。
ボールのようにすっ飛ぶデュラハン。地面を転がり木に激突するが、すぐに立ち上がり戦いに復帰する。奴らの体力は無尽蔵だ。でもそれがどうしたと言わんばかりに人狼がデュラハンを襲う、殴る、蹴る、噛みつく。
七人のデュラハン相手に凄まじいまでの戦いぶり、到底人間にできることじゃない。だが、それでも状況は拮抗したまま、次第に人狼の勢いが失われる。
ついにデュラハンが霧に化けた。これで人狼は奴らを傷つけられない。凶悪な爪も空振りを繰り返して意味をなさず、一方デュラハンは四方から斬りつけ出血を強いていく。
このままじゃやられる。立ち上がろうとするがまだ足が萎えている。しっかりしろ、あいつを助けなきゃ……。
――ッ、戦いの場をいくつもの光が突き抜ける。アイリーンか、セレナさんも一緒だ。怪我は治癒したのか今はしっかり立っている。
「何なのアレ!?」
「ウィル君、無事なの!?」
皆駆けつけてくれた。だがそれが呼び水となったか、デュラハンが再び集合して霧の塊となる。
奴らの最強攻撃形態、七人分の刃を見舞う攻めの構え。
「マズイ、皆逃げ――」
――ガオンッ!
空から稲妻が降り注いだ。幾筋もの雷光がデュラハンを串刺しにする。
天から降りた光の槍、そんな言葉が浮かぶ光景だった。それはデュラハンを捕える檻となり雷が魔性を焼き尽くしていく。
「遅れてすまない」
言葉と共にまた稲妻が降りデュラハンを焼く。森に光が広がる。
「……やっと来てくれたか」
上空で魔術師がローブをはためかせている。死を告げる悪魔の如き不吉な姿、だけど俺たちは安堵の息を吐く。俺たちはそいつを知っている。
「ホセさん!」
「すまない、怪我人を治療していたらこんな時間だよ」
「怪我人……」
人の気配が近づく。それも結構な数だ。木々の間からパラパラと人が集まってくる。
「あれって<ユリシーズ>の」
そうだ、負傷したと連絡のあったハーキュリーとその仲間たち。<ライブラ>のステファニーや<クラブアーマー>のカンセルなんかも来ている。
「ようやく追い詰めたぞ」
「あそこにデュラハンが?」
包囲した。追い詰めた。ここにきて五層の番人を再び皆で囲むことができた。突き立った光の槍、その狭間で霧となったデュラハンがまだ蠢いている。
「気を付けて、そいつは何度でも復活する!」
セレナさんが警告。復活するって、ならどうすればいい?
「答えは一つなのだよ、ウィル」
ホセが俺に呼びかける。そうだ答えはこの手の中にある。ドリームズ・エンド、夢を打ち破る魔法の短剣。
立ち上がる。まだ足が震えそうだ。鼻血は止まっていないし口からヒューヒュー呼吸音がしている。
それでも歩け。もう終わらせよう、彼らの悪夢を。
光の槍の隙間から狙いを定め、デュラハンたちを貫く。