第68話 セレナ
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆第五層を攻略する。
息を潜め気配を殺す。何度も繰り返してきた所作で周囲に溶け込む。
樹上から辺りを見回した。振り切ったデュラハンたちは見えない。いくらかは時間を稼げるがそれも長くはないだろう。この間に味方を立て直してくれることを祈る。
……ウィル君には無事でいてほしい。「セレナさん」と呼んでくれる弟のような少年。私が勝手にそう思っているだけだけど、この短い間にすっかり情が湧いてしまった。あの未熟なりに懸命に努める少年が好きだった。
彼の能力を当てにしている面は確かにある。彼には他の人にない不思議な力がある、それはきっと多くの人の助けになる資質だ。そして彼自身も幸福になってもらいたい。
……来た。デュラハンたちは音もなく接近してきた。頭のない彼らが何を見て聞いているのか謎だけど、理屈を超えた方法でこちらを探しているのだろう。
それでも簡単に死ぬ気はない。できるだけ時間を稼ぎ味方を一人でも多く救えれば。
味方か、ハーフエルフの私に味方はほとんどいなかった。エルフからは同族とみなされず、人間種からは憎まれた。母と二人ひっそり隠れ暮らす日々。
そんな中で自然と裏街道の人々と接触を持つようになった。そこで私は剣術とイケナイ技のイロハを教わり、ちょっと口にしにくい悪さにも手を染めてしまった。
それが今は気の良い仲間に出会えた。ここで失敗したらもう会えないかもしれないけど、せめて奴らに一太刀浴びせてやりたい。
魔法銀の剣に炎の魔法を込めると赤く熱を帯びる。相手が霧に化けようとこの刃なら傷つけられるはず。
木の上で体勢を入れ替える。真下では五人のデュラハンがこちらを探している。息を殺し襲撃の時を待つ。……今だ。
一人離れた位置にいるデュラハン、その頭上から飛び降り剣を突き刺した。手応えあり、デュラハンの体が煙を上げつつ崩れ落ちる。
一体撃破、いや簡単には死なないのかな。ともかく他のデュラハンたちが気付いた。
たちまち詰め寄り剣で襲い来る。でも落ち着いて、バックステップで回避した後さらに宙返り、頭上の枝を蹴って着地、そして素早く距離を取る。
剣を交える必要はない掻きまわせ。帰還の巻物は私の懐にもある、ギリギリまで奴らを引き回してやろう。
「うっ――」
心臓が止まるかと思った。逃げた先にデュラハン、目の前にいる。あれ、お腹が熱い。いや痛い。デュラハンの剣が私を貫いている。
やられた? でも後ろに五人、すでに倒した数が二人で合計七人。まさか八人目のデュラハン?
――違う、このデュラハンには焼かれた跡がある。それもステファニーの魔法で縛るように焼かれた筋が残っている。
咄嗟に振り返ると五人のデュラハンがいた。そのうち一人は私が刺した奴。まさか、最悪の考えが頭に浮かぶ。こいつらに死とか消滅という概念はないんじゃないの?
ダメだ、戦っても勝てない。時間稼ぎも限界だ、巻物を使おう。
剣を振り払ってどうにか逃れると、懐から巻物を出して急ぎ紐解く。帰還――。
「あっ」
逃げた先にもう一人いた。これで七人、目の前に剣。
一瞬で身体を投げ出し逃れる。でも激痛、手から巻物がこぼれる。これで逃げる手段はなくなった。
お腹からはジワジワと血が流れてる。奴らそれでも、いやだからこそ無慈悲に迫ってくる。追撃、剣で弾く。治療している時間はない、防ぎ、逃れ、距離を稼ぐ。
……そろそろ終わりかな、格好つけたのにこの様か。ウィル君、皆、悲しんでくれるかな。ゴメン私はここまで。
――ッ。
光が突き抜けた。いくつもの光の弾が飛んでデュラハンを撃つ。これは魔法? まさかアイリーン?
「セレナさん!」
声が聞こえた。あの少年の声が。ああ――。
***
うずくまったセレナさん。危険だ。それをデュラハンが取り巻いて……七人いる? なんで?
「アイリーン!」
「任して!」
聖なる光の弾を乱れ撃ち、デュラハンを攻撃するアイリーン。それを奴らは避けたり剣で弾いたり、相変わらず小憎らしい腕だよチクショウ。
「そのまま牽制して、俺がセレナさんの所へ行く!」
姿勢を低くして走る。アイリーンの弾幕はすさまじいけど、それでもデュラハンを抑えるので精一杯か。でもいい、俺の巻物でセレナさんを脱出させられれば。
だがデュラハンも撃たれるだけじゃない。木々を遮蔽物にしながら位置を変え、セレナさんに、そして俺に迫る。
一人来た。攻撃は見える。しゃがみ込んで剣を避けると短剣で一撃、足に斬りつけた。ドリームズ・エンド、奴らを生み出した夢の魔法を打ち消す。
やはりだ。デュラハンの足が消滅して転んだ、効果がある。
だがそれは別の結果を生んだか。デュラハンたちは狙いを変えて俺に向き直る。
あれが来る……霧となって集結、七人分の合体。
さっきはバラバラで相手にしたけど今度はその比じゃない、各段に危険だ。さすがに胃が縮みそうだけど……だけど……。
――“潜行”、全てを知覚しろ、深く強く、そして一体となるように。
「それ以上は戻れなくなるよ、お兄ちゃん」
この声はメアか。姿は見えないが声だけ脳に響く、迷宮のどこかから語りかけているんだろう。
言いたいことは分かる。この能力はリスクも大きい、俺の意識が迷宮と混ざるような怖さがある。
「ウィル!」
アイリーンが魔法を飛ばした。これは身体強化魔法か、俺の体が温かさに包まれる。振り返らず背中で礼を言った。
「やるよ」
音が消え色を失い世界に没入する。あらゆる物体の輪郭を感じ取れる。霧となったデュラハン、その姿もハッキリ見える。
霧の中から次々と剣が飛び出してくる。その瞬間だけ実体化する凶刃、それが七本。
横に飛んで回避。肉体が強化されているおかげで一足飛びに間合いの外へ。だがデュラハンは体重がないような軽やかさで追撃、しかも今度は時間差をつけ連続で斬りかかってくる。
俺は剣と剣の間を縫ってすれ違う。無傷だ、完全に読み切れているし体がついてきている。世界そのものと一体になったような万能感。
このまま引き付けてやろう。アイリーンがセレナさんを救助できるように遠くへ。
喉元まで迫る刃を短剣で弾いた。奴らの魔法が打ち破られ剣が曲がる。続く連撃は飛び退いて回避、左右へ回り込み付かず離れず誘導。
時には飛び上がって木の枝へ、そこから地上へふわりと着地。七人分の剣を舞うようにして凌ぎ続ける。
そして感じた。デュラハンたちが重なった中心にある核、心臓のように大事な物。今なら何となく分かる、デュラハンとは存在であり事象、この核を軸に起こる魔法であり魔物。
あの核を破壊できればこいつらは消滅するだろうか。この短剣ならば……欲が出るけど自惚れるな、今は仲間の安全が第一だ。
「あれ……?」
視界が暗くなった。鼻に妙な感覚があり拭ってみるとベトリとした手触り。……鼻血が出ている。
深く潜り過ぎたのか頭に負担が来ているらしい。“潜行”が鈍る、マズい、デュラハンが来るのに……!
襲い来る剣をギリギリで回避。だが体が重い、地面に転がりながら逃れる。マズいマズいぞ。
だが思わぬことが。デュラハンにとっても予想外だったらしく、深く踏み込んだ剣が空回りした形だ。
おかげでデュラハンの核が目の前にある。やるか? 逃げるか? 短剣ドリームズ・エンドを握る手に汗がにじんでいる。
突き刺せ! 短剣を思い切りぶち込め!