第67話 遠ざかる背中
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆第五層を攻略する。
==============================================
「殿下、どうかお戻りください。貴方はアルテニア帝国の皇太子ですぞ」
薄暗い森の中、七人の騎士たちが佇むのが見える。そのうち年かさの一人は苦悩をにじませながら言葉を絞り出していた。
「戦場で行方を見失ってより二年あまり、皇帝陛下も殿下の身を甚く案じておりました」
「私はもう戻らぬ」
「殿下!?」
殿下と呼ばれる若者は騎士たちを見据える。その容貌はどこか見覚えがあった。――エドウィン皇太子。そうだ、エドウィンやエレア王子によく似ているのだ。
「父上は間違っている。私は幼い頃から他種族を敵とみなすよう教えられてきた。父上の憎しみを吹き込まれて育った。だが彼らとて同胞のため懸命に生き、誇り高く戦う。我々となんら変わりない、この世界に生きる隣人なのだ」
「殿下……」
「今までの戦争は全て無駄だった」
「されど殿下、皇帝陛下がエルフやドワーフの手で親族の多くを失ったのは事実。陛下の恨み深きは無理からぬこと……」
「これを見よ」
若者は服をはだけ深い傷跡を見せた。
「エルフとの戦いで負った傷だ。これを治療し看病してくれたのもエルフだった。私にはもう誰を憎めばいいのか分からぬ」
「……」
「私のことはもう捨ておいてくれ」
「なりませぬ。陛下はすでにこのことをご存じです」
「……」
「陛下がお怒りになればどのような罰が下るか想像できましょう、どうかお戻りください」
騎士たちと別れた若者は森の小屋に足を踏み入れる。中にはエルフの女が待っていた。
「行かねばならない」
若者が告げると女は覚悟していたように目を伏せる。
「我が父は君を認めはしないだろう。ここはもう危険だ、遠くへ逃げ延びてくれ。お腹の子を頼む」
二人は別れの口づけをした。小屋を出る若者、その背中が徐々に遠ざかっていくのを見送ると、女は決意した目で身支度を始める。
最後にもう一度、今は見えなくなった若者の背中に振り返ると女は微笑んだ。
……セレナさん? いや違う、似ているけど別の人だ。そのはずだ。
静まり返った森の中、騎士たちが目を冷たく光らせる。
「殿下は行かれた」
「ここからが我らの役目」
「あのエルフを生かしておいては帝国のためにならず」
「殺せ」
馬を走らせ森の奥へ。胸には殺意と忠誠心。七人の騎士はその姿を闇へ溶け込ませていった……。
==============================================
「ウィル!?」
ハッとして目を凝らす。ドリームズ・エンドを使ったせいでまた記憶が混濁していたのか。どれだけ経った?
いや、ほんの一瞬の出来事だ。アイリーンを庇ってデュラハンの剣を受けた、その直後でしかない。
――たじろぐデュラハン、その手に握った剣は半ばで折れていた。それも強い力で捩じ切ったように。
……ドリームズ・エンドが打ち消したんだ。迷宮を創り出した夢の魔法に効果があるように、こいつらも同じ魔法で生み出された魔物なんだ。
だがこいつらが一流の剣士で厄介な魔物であることに変わりはない。この短剣を奴らに突き立てるだけの技量が俺にはない。
「デュラハンたち、あんたらの嫌いなエルフはここだよ!」
セレナさんの大声が森にこだまする。急に何てことを言ってんだあの人。
「おいセレナ!?」
「この首取ってみなさいな!」
啖呵を切りながらセレナさんは一人駆けだした。その後をデュラハンたちが吸い込まれるように追いかける。
「マジかよ!?」
ガロが驚く。俺も驚く。前も殊更反応していたけど、こいつらエルフを見つけると見境なく追いかける習性でもあるのか。
「ウィル君!」
駆けながらセレナさんが俺に呼び掛けた。
「頼んだよ!」
作ったような笑顔で彼女はそう言った。瞬間、俺の頭でさっき垣間見た記憶が重なる。
「セレナさん!?」
走った。行かせちゃならない。止めないと殺される、あの七人に殺される。あの日、俺が守れなかったために。
「止せウィル!」
ガロに掴まれた。
「放せ!」
「バカ野郎分からねえのか、あいつはお前を生かすために囮になったんだぞ!」
「俺を……?」
「お前は間違いなく迷宮攻略の切り札になる。ここで追いかけて死んでどうする!?」
セレナさんが俺のために……。いや、迷宮攻略のために。彼女の目的という探し人、父親の手掛かりを迷宮で見つけるために。
「ウィル、お前は帰還の巻物で地上に戻れ」
「……ガロは?」
「やられた連中をまとめてみる。立て直しが無理なら撤退だ」
やむを得ないのだろう、それが懸命な判断なのだろう。だが俺の記憶はどこかの誰かと重なってしまった、じっとしてなどいられない。
「行くよ」
振りほどいて一歩踏み出す。
「なっ、バカ野郎! お前一人が行っても殺されるぞ!」
「ならあたしも行くよ」
アイリーンが横に並んだ、俺の顔を見てニッと笑う。その屈託ない表情には申し訳なさとそれ以上に嬉しさがこみ上げる。
「ガロは皆の所へ行ってくれ」
「……バカ野郎」
「ゴメン」
後は振り返らず走り出す。
「バカだよおめぇらは!」
背中にガロの声を浴びつつ走る。ゴメン、でも俺はあの人を失うわけにはいかないんだ。二度とあの人を。あの日の選択を。いつかも分からない遠き日の出来事。