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第3話 来訪者

 朝が来た。新鮮な空気を肺に吸い込み井戸水で顔を洗う。この井戸も地下で迷宮とつながっているはずだけれど、とりあえず飲むことはできる。水と乾いたパン一切れを空っぽの胃に収めると、俺は仕事を探しに墓守爺さんを訪ねた。


「爺さん、新しい捜索願いは?」


 墓守が捜索願いを扱うというのも考えてみれば不吉だけれど、多くの場合死んでいるから合理的なのかもしれない。


「今日はまだだ」

「じゃあ先に探し物の依頼でも見てくるか」

「まあ待てウィル。せっかく来たんだからお祈りでもしていけ」


 この墓守爺さんは昔まっとうな神官だったらしく、集団墓地の隣に手製の礼拝堂を造っていた。


「でも俺、神様のことよく知らないから」

「信仰の形は人それぞれだ。いつも見ていてくださる神々にお礼を申し上げれば良い」

「見ててくれる、ねえ」

「おう、疑うかな?」


 神様が慈悲深いなら帝都が魔物に襲われることもなかったのでは、などと言っても仕方ないから止めておく。


「よろしい、一つ神々の力を示してやろう。やがてお前を客人が訪ねてくる」

「爺さん何言ってんだい?」

「予言だよ」




 結局、礼拝堂に来てしまった。ボロ……あばら屋を改装した雑……質素な場所で寂……落ち着いた雰囲気である。


「“七柱の神々”……か」


 帝国で崇拝されている七人の神。俺は信心深いわけじゃないけれど不思議な縁がある。俺の養父は騎士崩れの冒険者だったが、ある日、寂れた聖堂跡で赤子の俺を拾ったんだそうな。そこから俺の特技も神様のお恵みかもしれない、などと思いながら生きてきた。


 その神々に一つずつ祠が建てられ少数ながら供え物もある。人気のある神は交易や豊穣を司る神々らしいけど、この街では軍神に祈って迷宮探索の安全を願う人が多い。

 あとは紅一点の女神とか、酒の神も人気で酒が捧げられているな。俺に異能をくれた神がどれかは分からないため順番に拝み倒していった。


 ――ギィ、と背後で扉の開く音。


 振り向くとマントに身を包んだ老人が入ってくる。


「お主がウィルか?」

「え?」

「迷宮に潜るのが得意だと聞いている」


 俺のことを知っているのか。老人は髪から髭まで白いが目付きは鋭く、体格はガッチリ、姿勢はキッパリ。佇まいからして騎士だろうか、静かに歩み寄って俺を覗き込む。

 墓守爺さんの言っていた客人とはこの人なのか?


「話に聞いていたが若い」

「でも一人で食っていけている」

「腕が確かなら仕事を頼みたい」

「その前に、どうして俺のことを知ってるの?」

「迷宮のことならお主が詳しいと街の者たちが言ったのでな」


 何だ皆、けっこう俺のことを評価しているんじゃないか。しかしあれか、墓守爺さんの奴。予言とか言ってこの騎士に俺のことを聞かれてたんだな。


「それでどんな仕事を?」

「迷宮で人を探す。行方不明の冒険者だ」

「よくある仕事だね」

「報酬は前金で金貨20枚、成功報酬で40枚出す」


 しめて金貨60枚。回収業で数年かかってようやく稼げる額じゃないか。思わず体が反応しそうになったが平静を取り繕う。金が動くには必ず相応の理由があるのだ。


「危なそうな話だ」

「詳しいことは後で話したい。他にも何人か声をかけていて、正午に帝都中央広場で集まる。その気があれば来てくれ」

「ふうん、分かった正午ね……」


 それで老騎士は去った。名前も聞き損ねたけど大金のチャンスに心がワクワクと、逆に不穏な気配でゴチャゴチャになっている。ここでは神様が見ているってのに。



***



「というわけで、もうすぐ集まりなんだけど」

「ビビってるわけか」


 時間をつぶしていた俺はクリフ爺さんに捕まって雑談している。話すうちに気持ちは落ち着いたけれど不穏さは拭えない。


「面白そうじゃないか。なぁに死んで元々、失うものもなし。若いうちは無茶するもんだ」

「他人事だと思って勝手なこと言う……」


 まず話を聞いてみないことには始まらない、正午を待って中央広場に行く。ここはかつて色々な行事の場となり、普段は住民の憩いの場だったそうだが今は見る影もない。ひび割れた石畳、ツタにまみれた石柱、顔の砕けた彫像。


 過去の栄華の残骸を余所に、何となく人が集まりやすいからと市場が立ち、冒険者たちが情報交換に立ち寄るようになっていた。遺体安置所や<冒険者ギルド>の窓口などもここから近い。


「あれか……」


 数人の冒険者とマントの集団、例の老騎士の姿もある。冒険者の中には知っている顔もあったがだいたい他人だ。


「こんなガキにも声を掛けたのか」

「こいつウィルだぜ」

「ああ、あのモグラの」


 帝都の埃っぽさと大差ない空気なので角の方に座り、ひとまず周囲を観察。

 十人ほどの冒険者は急ぎで集めたのか取り留めのない顔ぶれだった。場慣れしてそうなパーティー、孤高そうな一匹狼、ガラの悪いタフガイ等々。


 通常人手のいる依頼は<冒険者ギルド>を通すことが多い。募集や契約といった手続きを肩代わりしてくれる一方で申請、審査といった手間もあり急ぎの用事には向かない面もある。


 その依頼者というのが老騎士とマントの一団。フードを被っていて顔は見えにくいけど体格、構えからして彼らも騎士か。中には小柄な人もいるけど……。


 もう一つ気になったのは離れてたたずむ冒険者らしき男二人。こちらはやけに居心地が悪そうで、まるで罪人か何かだった。


「ここらで良いか」


 老騎士が立ち上がると冒険者たちに向かい合った。


「先に話した通り迷宮へ潜るのに協力してもらいたい。目的はある冒険者を探し、生きて連れ戻すことだ」


 別の騎士が革袋を手に前に出る。中から取り出したのは手にいっぱいの金貨だ。


「報酬はここに用意してある」

「確かめても良いかい?」


 冒険者の一人が金貨を調べる。よくある噛んで確かめるのをやって納得したようだ。俺なんかは銀貨か銅貨しか扱わないのでよく分からん。


「この他にも巻物を一人ずつ支給する。<帰還>の魔法をこめておいた、もしもの時に使え」

「おいおい、そこまでしてくれるのか?」


 魔法の巻物といえばそれだけで価値あるものを人数分とは、冒険者一人救い出すのに偉く金がかかっている。


「この条件で受けてくれる者は我々とともに来てくれ」

「質問がある」

「聞こう」

「探している冒険者とやらは確かに迷宮にいるんだな?」

「うむ。こちらの……」


 老騎士が示したのは居心地悪そうな冒険者たちだ。


「この者たちは仲間だったが迷宮の中で逸れた。……いや、置き去りにしてきた」


 言われてそいつらは一層縮こまってしまった。聞けば迷宮に深く入りながら、一つしかない帰還の巻物で彼らだけ戻ってきてしまったらしい。


「場所はどの辺りだい?」

「……地下五層」

「五層か……」


 冒険者たちの空気が重くなる。ここ帝都地下迷宮において第五層は目下の難関として知られる危険地帯だから。報酬が高いのも頷ける。


「もう死んでるんじゃないか?」

「状況が厳しいことは認めざるを得ぬ。だが亡くなっていようとも、その最期を看取ることができれば報酬は満額払おう」

「分からねえな、ただの冒険者一人に大げさだ」


 慣れた風の冒険者が踏み込んだ態度を取る。老騎士は少し考えこんだが、その後ろから声を掛ける人がいた。


「ベッシ、ここから先は私が」

「……承知しました」


 ベッシと呼ばれた老騎士が退き、代わって前に出たのは小柄な人物。フードを取ると上品な少女の顔が露わになった。

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