第65話 剣閃
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆第五層を攻略する。
「奴を囲め!」
ステファニーの号令一下、デュラハンに向け刃が、魔法が突きつけられる。回り込んだのはガロ、奴の退路を塞ぐ構えだ。
その間にも魔術師の魔法が飛び交いデュラハンを襲った。四方から攻撃を受けたデュラハンは体を霧に変えるが、今となっては隠れ蓑にはならない。
「ウラァ!」
ガロの斧が霧を引き裂く。――だが変化はない。さすがに霧状の敵を普通の武器で斬ることはできないか。
「魔法で攻撃しろ!」
ステファニーの手から炎がムチのように伸びる。幾筋もの炎が躍り上がって霧を絡めとると、デュラハンはたまらず元の姿に戻った。
「効いているぞ、そのまま続けろ!」
形勢は崩れた。デュラハンの体に次々と魔法が突き刺さる。炎が、風が、水が、土が、それぞれ矢となって体を抉る。
たちまちデュラハンは膝をつき剣で体を支える。
「……」
「やったか?」
「へ……い……か……」
デュラハンの体は塵となって消えた。
「消えた……倒した?」
「ヘン、頭もねえのに喋りやがって」
やったんだ。あの番人を一人倒した、ついに……。
「報告、こちら第一班。デュラハンの一人を撃破した!」
ステファニーがすかさず水晶球で伝える。それに応えて各地の戦場も状況を知らせてきた。
「第二班デュラハンと戦闘中」
「第三班、未だ異常なし」
「第四班。奴を逃がした、今追跡中だ」
「本陣の方へ追いこめ、挟み撃ちにする!」
本陣からもポスルスヘイト博士の指示が飛ぶ。俺たちはどうするのか、余所の救援に行くべきなのか。
「余所の標的が駆け込んでくるか、新たなデュラハンが現れる可能性もある。このまま待機せよ」
<ライブラ>のメンバーはどっしり構えて強いな。俺なんかまだ手に汗かいてるのに。
「報告、第五班で怪我人多数」
「デュラハンにやられたか?」
「だがデュラハンは倒された。……見たことのない魔術師が倒してくれた」
……見たことのない魔術師、それって。
「ホセだな」
「ちゃんと来てくれたんだ」
賢者ホセも五層で待ち構えてくれてたようだ。離れてはいるが一人討伐する辺りさすがだな。
「ねーウィル、デュラハンはアンデッドだったの? 死んだのかな消滅したのかな?」
アイリーンはいつもの調子でそんなことを聞いてくる。
「さあ……魔物に詳しい訳じゃないから」
「アンデッドなら未練とか恨みとか、そういうのあったかもしれないよね」
「それはそうだけど」
「だから本当はきれいに浄化させてあげられたら良かったんだけど」
そもそも番人とは何者なのか。単に魔物の上位種でしかないのか、それにしては背景に含みのある連中だ。あのデュラハンからは何らかの意志を感じたけど現状では知りようもない。
「第六班、デュラハンが本陣の方角へ向かった、このまま追い詰める」
「第七班同じく。奴は手負いだ」
作戦通り番人たちを本陣に追い立てていく。その先で待っているのは……。
***
「来やがったな」
<ユリシーズ>の戦士たちが猛る。うっそうとした木々の間からデュラハンが姿を見せた。一人また一人、影のように音もなくひっそりと。
報告では二人まで撃破している。残りは五人――推測が正しければだが、ここまでポスルスウェイト博士の読みは外れていない。
「博士は小屋から出ないでくれよ」
「うむ、後は頼むぞ」
サポート要員は小屋に籠る。この中は魔物が踏み込んだ例のない安全地帯だ。
「勝負!」
ここからは戦士の仕事である。リーダーのハーキュリーが槍と盾を構え、それに応じてデュラハンの一人が進み出る。
デュラハンはごく小さな動作から鋭い斬撃。これをハーキュリーは盾で的確にブロック。
かつて帝国最強と称えられた近衛騎士の剣術。何故そんな技を使うのかは知らないし知りようもない。今は戦うだけだった。
剣と槍がぶつかり合う。その衝撃を流しながら片手で槍を回転、ハーキュリーの鋭い突きがデュラハンを抉る。
――ギィンッ。剣のガードを跳ね飛ばしながら槍が刺し貫く。
……手応えはない。一瞬で霧に姿を変えられた。これが番人の特性、ハーキュリーもそれは承知している、瞬時に守りへ転じた。すでにデュラハンは側背、姿を取り戻して狙いを付けていた。
斬撃、これはハーキュリーが回避、一転して体勢を立て直す。その雄大な巨躯からは想像もできない機敏さ、大陸で屈指の戦士と呼ばれるのは伊達ではない。
間髪入れず二合三合と鉾を交える。それだけではない、他のデュラハンたちも次々と斬りかかった。
「雷鳴よ!」
ハーキュリーの魔槍から稲光が走り、同時にデュラハンたちの剣がはじき返された。すかさず追撃、敵の一人に狙いをつけ槍を振るう。回避。デュラハンが避けた槍は地面を薙ぎ払い多量の土を巻き上げた。
<ユリシーズ>の戦士たちが助太刀に入ると各所で激しい斬り合いになる。森の静寂に鋼の音を響かせ、戦士たちの死闘が無機質に繰り広げられる。
特性は見破ったとはいえデュラハンの剣は確かに熟達のものだった。加えて首すらない彼らだ、痛みや疲れといったものも感じていない。番人としての彼らは無慈悲で無尽蔵な殺戮の騎士である。
それでも<ユリシーズ>は苛烈な剣戟に耐えた。やがて周囲に新たな人影が現れる。デュラハンを追い立てた冒険者たち、袋の口を絞るように、練り上げられた罠が総仕上げに入ろうとしている。
「――むぅ?」
囲まれた五人のデュラハン。それが一か所に集結すると揃って霧に姿を変えた。
「見えているぞ、今更無駄なこと」
ハーキュリーが槍を掲げると参集した魔術師たちが呪文を唱え始める。魔法による集中攻撃、デュラハンが集まったのはむしろ都合が良い。
「総攻撃だ!」
号令をかけるその刹那、霧の塊、デュラハンが動いた。向かってくる、ハーキュリーは瞠目しつつ盾を構えた。
血飛沫が上がる。風が通り抜けたとしか言いようのない一瞬、ハーキュリーは切り刻まれて膝をつく。
(しまった――)
正確に鎧の隙間、可動部位を斬られていた。そして霧は一陣の風となって戦士たちの間を駆け巡る。
「何だ!?」
反応するもすでに遅い。霧が通り抜けると同時に冒険者が切り裂かれる。
(……これがデュラハンの奥の手か)
デュラハンは体を霧に変え、その状態で重なり合う。すなわち合体。そして攻撃の一瞬だけ剣を実体化させて相手を切り裂く。一度に五人分の斬撃、到底防げるものではない。
「ハーキュリー、そちらはどうなっている!?」
水晶球から声が聞こえる。ハーキュリーは夥しい血を流しながらも擦れた声で答えた。
「……逃げろ」