第64話 人面樹
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆第五層を攻略する。
そして五層である。事前の段取りにより集団が一斉に転移し迅速な展開を済ませることができた。
今俺たちは例の安全地帯、森の小屋付近に集結している。ここは魔物が寄り付かないため本陣が置かれていた。
……前にここで“潜行”した時は誰かの古い記憶を垣間見た。今ならより深く鮮明に探れるかもしれないが、止めておこう。また意識が曖昧になったら戦いに支障が出る。
「ようウィル」
声を掛けてきたのはポスポスウェスト博士だ。戦いは門外漢な人だけど参謀として参加している。
「お前よくこの森で例の御曹司を見つけたものだな」
「ジョン・オーウェンですか。あの時は他にも仲間がいたから……」
「番人や魔物も危険だが厄介なのはこの霧だ、魔力が含まれている」
「霧に魔力が?」
「そう、ここに長くいれば方向感覚が狂わされる」
まさに迷いの森だな。霧と魔物、人喰い植物が蔓延る中、あの番人たちは今も俺たちを狙っているのだろうか。
「博士、そろそろ頼む」
「おっと承知した」
呼ばれた博士は冒険者たちに作戦の説明を始める。
「討伐目標の番人、通称“デュラハン”は推測では七人いる。神出鬼没な奴らだがこれを誘い出して罠にハメる」
「まるで獣狩りだな」
「<ライブラ>に頼んで連絡用の魔道具を用意してもらった。離れていても会話ができる仕掛けだ、各パーティーに配っておくぞ」
それはきれいな水晶球でいかにも魔術師らしい。呪文が込められていて同じ水晶球同士で会話できるようだ。
「本陣を中心に七つの防衛線を張る。配置は決めてあるから指示通りに動け」
どうやら<ライブラ>は入念に下見をしていたらしい。地図を片手に指定された場所へ、そこには不気味な模様の巨木が立っていた。
「なんだか人の顔みたいね」
セレナさんが小さくこぼす。巨木には顔のような穴が空きその表情は苦悶に満ちて見える。口に当たる部分から煙のようなものが吐き出されているが……いや、あれは霧なのか?
「聞こえるか。その人面樹こそが森に立ち込める霧を生み出しているのだ」
「なるほど、まずこいつを切り倒しちまえば」
「待て待て、まだ早い。罠を張ると言ったろう」
博士からまた指示が飛び、同行していた魔術師が人面樹に何かの魔法を施していく。
「いいか、人面樹を中心に行動しろ。近くの魔物は今のうちに排除しておけ」
俺たちの担当する場所には<ライブラ>のステファニーも来ている。
「マンイーターが群生しているな」
戦闘準備、と思っていたらステファニーがズンズンと前に出る。よっと言いつつ杖の束を構えると先端から次々と魔法を発射。炎、氷、風、雷と様々な魔法が飛びマンイーターごと森の一部を消滅させた。森の精霊とかが見たら発狂しそうな光景だ。
後続の魔術師たちも次々と魔物を一掃していく。さすがの制圧力、おかげで楽ができる。
「あれは……」
にわかに空気が変わった。暗い森の奥から近づく者がいる。番人かと身構えたが様子が違う。
「ドライアスの領域だったか」
「うわ、マジで出た」
ドライアスは森の守り手などとも言われる精霊だ。外観は人型に近いが体表は樹皮に覆われ、体のあちこちに枝葉が付いている。魔物とは少し違うが、領域を犯す者に対しては人も魔物もなく排除しようとする。
「――」
ドライアスが両手を掲げると周囲の木々がざわめきだした。まずい怒ってる、一斉攻撃をかけてくるぞ。
「悪いが今は構っていられぬ」
ステファニーが再び構える。様々な属性の杖たちから炎を選んで連続発射、ドライアスを瞬く間に焼き払った。ああやって敵の属性に応じた使い方ができる訳か。
「もうお前らだけで十分なんじゃねえのか?」
「いや、魔法の威力が落ちている」
「あれでかよ」
「この霧が良くない、こちらの魔法を減衰させている。残敵掃討はそちらでやってもらえるか?」
指示を受けた戦士や剣士たちがぞろぞろと進む。その後ろで俺は周囲に目を光らせていた。あのデュラハンはいつどこから出てくるか分からない。もう近くに来ていてもおかしくないんだ。
ふとそびえ立つ人面樹に目が行く。……本当に顔のような文様をしているな。これ自体は魔物という訳ではないようだ、存在を確かめるように手で触れてみる。
――何が正しい選択だったのか
「少年、人面樹から離れろ」
「……ステファニー」
またぼーっとしてしまったか。敵が来るかもしれないのに迂闊だった。
「作戦を理解していないのか?」
「油断してた、もう近づかないようにする」
「斥候は周囲を警戒していろ」
怒られる前にそそくさと離れる。その時、水晶から緊張した声が響いた。
「敵と遭遇、首の無い奴だ!」
一挙に空気が張り詰める。番人デュラハンに相違ない。
「作戦通りに対応しろ!」
本陣にいるポストスウェイド博士が応答した。
……この森のどこかで番人との戦いが始まっている。俺の体はかすかに震え、落ち着こうと唾を飲み込んだ。
「大丈夫」
側に立つセレナさんが俺の肩に触れる。
「前にも言ったでしょ、ウィル君は私が守るから」
「ありがと、でも今回は俺だって」
――ドンッ。と遠くで音がした。震えた空気が風となって俺たちの間を吹き抜ける。
「始まってる」
俺も“潜行”して周囲を検索。全ての動きがスローになって細かな動作まで感覚で把握できる。訓練のたまものだ、こいつで番人の接近を一秒でも早く掴みたい。
……最初に遭遇したのはもう何カ月も前のことか。共に戦った冒険者たち、アイン、ツバード、ライド、フォス、ウッズ……。そのうち倒れた人たちはこの森で躯を晒している。
「……来た」
“潜行”し色を失った世界でそれは現れた。前の時と同じ、何もないところにそいつは突然現れていた。
「奴が来たぞ!」
叫びつつ石を投げた。デュラハン。魔術師の一人が背後を取られているが、飛んだ石がデュラハンを打って警報になった。
「うおお!?」
ギリギリで反応し魔術師は難を逃れたが、デュラハンは音もなく詰め寄り剣を振るう。
「シャッ!」
ガロが素早く割って入った。デュラハンの剣は阻まれ間髪入れず二人の間に火花が散る。
「守りを固めろ!」
ステファニーの指示で戦士が前に、その後ろに魔術師が回り込む。そしてデュラハンは初手の奇襲が失敗したと見るや、剣を引いて逃げ始めた。
「待ちやがれ!」
ガロが追いかけようとするが、制止する間もなくその足は止まった。
デュラハンが消えている。木々の間を抜けた一瞬で見えなくなってしまった。
「ちぃっ、コソコソと!」
「なるほど、これが番人の特性か」
ステファニーは落ち着き払って手を掲げる。そしてブツブツ呪文を唱えると人面樹の方で光が走った。
――激しい破裂音。人面樹が爆発し暴風が吹き荒れる。森に立ち込める霧、それを生み出す元が魔法で消滅した。
その衝撃は周囲の霧まで吹き飛ばして一気に視界が解放される。
「すげえ威力……自然破壊……」
「あれを見よ」
……霧、あるいは靄の塊が浮いている。やがてそれは形を得て……あのデュラハンの姿に変化した。
「これが番人の正体……」
奴らは「霧に変身する魔物」だったんだ。正にリーフ・イン・ア・フォレスト。人面樹が吐き出す霧に隠れ、襲撃してはまた隠れてを繰り返してきたのだ。
それだけじゃない。魔力を帯びた霧はこちらの魔法を散らし、奴らを隠すヴェールの役割も果たしていた。だがそれも今や丸裸、多くの犠牲の上に博士たちが見出した作戦。ここからが俺たちの反撃だ。