第59話 近衛騎士
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆第五層を攻略する。
「いよいよか」
有力ギルドから提唱された合同作戦、第五層を一気に攻略する大がかりな探索でそこに俺たちも参加することになった。
「あの<ユリシーズ>と<ライブラ>が手を組むとはなあ」
<ユリシーズ>は<冒険者ギルド>の筆頭パーティーであるのに対し、<ライブラ>は魔術協会の送り込んだ神秘調査隊である。
性質も性格も異なる二つの組織で仲が良いという噂は聞かない。アイリーンが帝都に来た時には互いにスカウトしようと競い合っていたっけな。そんな彼らが手を組み周囲にも参戦を呼び掛けている。
「それだけ五層の番人を脅威と思っているのかな」
「ただ数を恃んで挑むわけじゃないだろう」
「勝算があるというわけか」
迷宮攻略に大きな変化が起こるかもしれない。そんな予感がする。
「みーんなー。ベッシさんが庭に来てほしいってさ」
アイリーンに呼ばれてぞろぞろと庭に集まる。そこにはオーウェン侯爵家の老騎士ベッシともう一人、知らない老人の姿があった。
「この方は元近衛騎士団のサー・ギルバート殿だ」
「近衛騎士……!」
「第五層へ向かう前にギルバート殿と訓練してもらう」
第五層の番人……七人の首無し騎士、通称“デュラハン”。奴らが近衛騎士の剣術を使うというのはベッシが見立てたことだ。その対策として同じ剣を使う人物を探してきてくれたのか。
……でもな。
「シワシワのジジイじゃねえか」
「ガロってば」
セレナさんに耳を引っ張られるガロ。でもここにいる皆が同じことを思っただろう。目には力がなく風に合わせてフラフラ揺れている。
「ギルバート殿、一つよろしくお願いいたす」
「へあ?」
「彼らに稽古をつけていただきたいのです」
「飯なら食うたぞい」
ダメだこりゃ。
「ベッシさんよ、マジでこのジジイと稽古するのか?」
「剣筋を確認するだけでよい。兜も被って、怪我には気を付けよ」
「やれやれだな……ホレ爺さん行くぜ」
ガロが木剣を構えるとギルバートも反応して木剣を上げた。
スッと気配が変わる。
「おおコボルトがおるぞ、略奪にでも来よったか」
「誰がコボルトだ」
つかつかと近づくガロ。軽く握った木剣、その切っ先が急に跳ね上げられる。
「えっ」
気付けばギルバートの剣で打ち払われ、立て続けに頭、胴、足と鋭い打ち込み。転倒したガロに老人の容赦ない打擲が続けられた。
「きぇい、きぇぇぇい!」
「痛った! ちょ待てジジイ!」
「ギルバート殿を止めよ!」
兵士たちが間に入ってようやく老人は落ち着いてくれた。
「ギルバート殿は敵と味方の区別がつかぬし加減もできんのだ」
「ただのキチガイジジイじゃねえか!」
「他に頼める近衛騎士はいなかったんですか?」
「おらぬ。病気で亡くなる者、高齢で動けない者が多い中ギリギリ間に合ったのがギルバート殿よ」
どうやらこの抜き身の刃のような老人と稽古するしかないらしい。
二人目にセレナさんが踏み出すと再びギルバートの目付きが変わる。
「ぬううエルフではないか。帝都まで攻めてきたか」
「し、知りませーん」
セレナさんは何発か攻撃を防いだところで打ち倒され尻に追撃を受ける。
「ぎゃいん!」
「ひええ……」
その後アイリーンは一発で退散しいよいよ俺の番となった。
「よ、よろしくっす」
「貴方は……王子?」
またか。俺をエレア王子と思っているようだけど訂正しても通じなさそう。
「はて王子、もう稽古の時間でしたか」
「はいはい、始めますよ」
「しからば参られい」
ギルバート老は皇族の指南役だったのか急に態度が慇懃になる。でも手は抜いてくれなくて、俺も地面に転がる結果に終わった。
「立ちませい殿下、そんなことでは御父君も落胆なさりますぞ」
「んなこと言われてもな……」
「ウィルは無理しねえでいいぞ、戦いはオレらに任せろ」
ガロはそう言うけど俺には俺の考えもある。
「もう一度お願いします」
「よろしい、参りますぞ陛下」
呼び方が安定しない老人だけど剣捌きだけは本物だ。記憶が蘇る、あの第五層の番人たちと同じ剣術。ベッシは近衛騎士を最強の剣士たちと呼んだが、その言葉に誇張はないと痛感する。
「ウィルさん頑張って!」
声援をくれるマリアンに軽く手を振った。さて、前から試してみたかったことを今ここで……。
――“潜行”。動きながら“潜行”し意識を拡散する。普段は周囲がほとんど止まって見えるが、今回は相手の動きがスローに見えた。上手くいったぞ!
ギルバートの一撃目、体を傾けて避ける。だが老いても近衛騎士、切り返して素早く次の攻撃。俺の目には見えているけどギリギリか。大きくのけ反って二撃目、三撃目を避けるものの、ギルバートの剣が燕のように弧を描く。
そこで“潜行”に限界が来た。足を払われた俺はひっくり返って空を見上げる。……体を動かしながら意識を集中し続けるのは思った以上に負担が掛かるようだ。
「すごいすごい、連続でよけたじゃない!」
「まだまだぁ、立たれませ!」
いきり立つギルバートからセレナさんが引き離してくれる。
「ホセはやらねえでいいのか?」
「剣術は私の領分ではない」
「なんじゃ魔術師がおるな。よいですか王子、極めた剣術は魔法すら無力とします。最後に頼れるのは剣であり、魔法など頭でっかちの小言です」
「この老人に魔法を撃ってみていいかな?」
この訓練は番人対策として一定の意味はあると思う。俺の新たな“潜行”も試す余地がある。
だが番人を倒す決め手はあるのだろうか。発案者の思惑など俺たちはまだ知らされていない。
しばらく訓練を眺めているとメイドの一人が駆け込んできた。
「マリアン様、ポスルスウェイト博士が参りました」
「分かりました。ベッシ、行ってもらえますか?」
「承知いたしました」
ポスルスウェイト博士? あの迷宮や魔物の研究をしている人がこの屋敷に何の用だろう。
屋敷内を伺ってみるとベッシとボスルスウェイト博士が客間で話し込んでいた。
「ではやはり、番人の特性は」
「ならばこの作戦であぶり出せる」
どうも第五層の番人について情報を共有しているようだ。
「博士もこの作戦に関わってるんですね」
「うむ、要請を受けてな。番人の情報を集めて攻略法を詰めている」
「勝てそうですか?」
「戦力も揃いそうだ、自信はある。お前たちも来てくれるな?」
ボスルスウェイトの問いに俺は力強く頷いた。
多くの人たちがデュラハンと戦い散っていった。その犠牲が無駄ではなかったことを証明してやる。