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第2話 冒険者の巷

 街に出ると雑多で喧噪に満ちた景色が俺を迎える。ここは帝都オルガ。大陸を支配するアルテニア帝国の中心地、繁栄の都……だったらしい。


 異変が起きたのは七年前のある日。突然地下から魔物が湧き出して帝都は混乱の渦に呑み込まれたという。


 「帝都侵食事件」と呼ばれる災厄。その後、帝国は多くの犠牲を出しながら魔物を駆逐したが、帝都地下は謎の迷宮に変貌して無尽蔵に魔物が這い出る状態に。

 事態は一朝一夕に解決できるものではなく地道な攻略が七年に渡り続けられている。


 そこで活躍しているのが冒険者だ。帝国は多くの騎士兵士たちを死なせてしまったため、有志を募って迷宮探索を奨励している。


 同時に「迷宮内で見つかったものは発見者に帰する」という布告が出された。つまりは早い者勝ちの取り放題。聞きつけた多くの命知らず、冒険者、傭兵、ならず者などが地下に潜り、商機を求めて集まった商工業者たちが帝都を賑わせる。


「俺はこの間オーガを倒してやったぜ!」

「あれは大きいゴブリンだって言ったろう」

「討伐依頼が出たけど誰か行けないか?」

「俺の見立てだとこの辺りに未発見の宝物庫があるに違いねえ」

「安いよ安いよ、旅のお供にどうだい?」

「おい泥棒だ! 誰か捕まえてくれ!」


 活気づく街の風景を見て気も晴れてきた。切り替えよう、人生前を向いて歩くべきだ。


 といったところで腹が減った。俺は行きつけの飯屋へ向け通りを横切る。


 かつては華やかだったろう帝都の街路は戦いで荒廃し、焼けたり傾いた家屋があちこちに残っていた。避難した住民は多くが戻らず、代わりに外から流れ込んだ人々が住みついて店を構えるなどしている。何しろ家は余っているし税金がかからない。


 目的の飯屋もそういう店の一つだ。食欲をそそる良い匂いが魔法のように俺を引き寄せる。


「ウィルか。また地下に潜ってやがったな」

「分かるのかい?」

「泥だらけでよく言うよ。裏で洗ってきな」


 言われて思い出したが髪はボサボサ、上から下まで埃まみれだ。幸い店の親父さんとは親しいので裏手で身なりを整えさせてもらった。

 席に着くと頼んでおいた食事がテーブルに並んでいた。硬いパンと小さい器のスープ……今はこれがせいぜいだ。


「その調子だとまた稼ぎが悪いみたいだな」

「なかなか上手くはいかないね」

「なら一つ頼まれごとをしてみるか?」


 親父さんが女将さんを呼んでくると、彼女は俺の顔を見るなり表情を明るくした。


「ウィル、良いとこに来たね!」

「どもども」

「聞いとくれよ、金庫の鍵がなくなっちまったんだ」

「家内は泥棒が入ったと言うけど、どうだかな。まあそういうわけで得意の物探しを頼めないか?」


 手頃な依頼だな、少し見てみるとしよう。


「いつもこの引き出しにしまってあるのに、今朝になったら見当たらないのさ」


 問題の部屋にお邪魔する。しゃがんで目を閉じ深く意識を集中。用意が整うと、腰の短剣に触れ軽く鯉口を切る。


 それがトリガーだ。


 途端に周囲の音が遠くなり視界は色を失う。俺には昔から不思議な特技があって、他人には見えないものを見通すことができた。


 今俺の目の前には親父さんと女将さんの姿がうっすらと浮かぶ。残留思念とか場所の記憶とでもいうものか。今朝の二人は鍵のことを巡って口論していたらしい。もっと前、昨夜の記憶に潜り込んで怪しい人物がいないか。


 ……誰か来た、女将さんだ。金庫を閉めて鍵を……急に振り返った。親父さんに呼ばれてそちらへ向かう、その時に手をポケットに突っ込んで……。


 ――景色が元に戻る。俺は少し探す振りをして親父さんが店内に戻るのを待った。……よし行ったな。


「ちなみに女将さん、身の回りはもう調べたのかな。ポケットに入っていたりなんてことは」

「そういうところは……あっ」


 はい、ありました。


「ヤダ私ったら、もう歳かしら。夫には言わないでね笑われちゃう」


 その後、女将さんは口元に指を当てながら豚肉と野菜の炒め物を追加してくれた。何食わぬ顔で口に運ぶと肉の旨味と塩気が体にしみ込む。




 どうして俺にこんな特技があるのかは分からない。俺の養父(おやじ)は神様のお恵みなんて言っていたが、とにかく俺はこいつで――個人的に“潜行”と呼んでいるが――危険な迷宮に潜り日銭を稼いでいる。


 この間の探索でもそうだ。捜索願いの出ていた冒険者、彼の辿った道は見えていた。遺体の在処も、ダイアウルフに襲われた姿も。

 その後ダイアウルフが腕を食いちぎり逃げたルートも。奪い返して古城の分岐路、スケルトンの位置、近くの仕掛け、全て把握していた。


 最後に不意打ちを受けたのは完全に油断だったけれど。そうだ、結果としてガロに助けてもらい迷惑をかけちまったな。


「おぉいウィル!」


 街中で不意に呼び止められた。振り向くと見覚えのある冒険者パーティー。前に仕事を手伝った連中だ。


「聞いてくれウィル、俺の金がなくなった!」

「えぇ、どしたの?」


 彼らは四人組でよく迷宮に潜っているパーティーだ。それが一仕事終えて報酬を山分けしたところ、一人だけ金が見当たらないのだとか。


「物を探すのが得意なんだろ、頼む俺の金を見つけてくれ!」

「やめとけって、帝都中を探させる気かよ」

「それに今頃は誰かの懐の中だろうさ」


 仲間の反応もドライだな。でも欲望渦巻く街で金を失くすとか、ハイエナの群れに肉を投げ込むようなもの、希望は薄い。


 ……普通ならな。試して無駄ということはないだろう。


「金は袋にでも入れていたの?」

「これと同じやつだ」


 一人が革袋を取り出す。同じ袋で四人に分配、それが一人分消えてしまったというわけか。

 袋を観察しつつ俺はまた短剣に手を置いた。深い意味があるわけじゃないが、決まった動作が意識の切り替えに丁度良いのだと思う。


 ――“潜行”。雑踏は急速に灰色の風景と化し時間も感じなくなる。


 まず俺は四人組を凝視した。灰色に映る彼らをもっと深く、意識を奥底まで潜らせるイメージ。

 そうすると人間が透けて見えてくる。衣服、体、皮膚、骨の重なった輪郭の塊。そのうち一人の体に妙な膨らみが見つかる。


「だいたいお前は仕事中もぼ~っとしすぎなんだよ」

「俺だって頑張ってるつもりだ」


 ――“潜行”を解くと世界に色彩が戻る。その間に仲間同士で言い合いが始まっていた。


「まあまあ、俺の方でも探してみるよ」

「頼む!」

「一応兵隊にも聞いてみたら良いよ」


 それで話は終わり彼らと別れる。すれ違う一瞬、俺は手を標的の衣服に滑り込ませた。……これだ、なくなったはずの四つ目の報酬。


 恐らく盗んだのだろう。前に同行した時もあまり仲が良さそうじゃなかったから、もしやと思ったら案の定、余分に金を持っている奴がいた。


 金を抜き取り俺の懐へ。……迷宮に潜って罠や鍵を解除しているうちに妙な技まで身についてしまった。泥棒になりたいわけじゃないんだけど。


 ともかく、この金は兵隊にでも渡しておけば後で持ち主に渡るだろう、多分。パーティーの人間関係については自分たちで何とかしてくれ。




 思わぬ用事で気付けば夕暮れ時、ドッと疲れを感じて寝床へ向かうことにした。その途中、聞きなれた声が俺を呼び止める。


「よ~うワル坊、今帰りか?」

「ウィルだよ。クリフ爺さん、また酔ってるのかい?」


 この老人、道化師のような服をよれよれに着て、いつも酔っ払っている変わり者だ。こんな与太者の多い場所で何をしているのやら。ただ顔なじみとあって会えば他愛もない話をする。


「今度は四層まで下りて、そこでダイアウルフに追いかけられてさ」

「そいつの頭に短剣をぶっ刺してやったか」

「無理無理、スケルトンまで出てきて逃げ回ったよ」

「カカカ、まあ犬ぐらいなら可愛いもんだ。ワシの若い頃はドラゴンの巣に潜り込んでなぁ」


 俺は迷宮の武勇伝とも言えない話を、爺さんは嘘くさい冒険譚を語ったりする。


「ドラゴンは財宝を好むと言うだろう。だからワシは仲間の金ピカな盾を投げて気を引こうとした」

「上手くいったの?」

「それがな、メッキを貼った質の悪いニセモノで、結局バレて追い掛け回されたわ」

「しょうもない話だな。だいいちドラゴンなんてとっくに絶滅したんじゃないの?」


 爺さんの話は盛ったようなのばかりだけど、真偽はどちらでもいいから笑って聞いている。


「苦労したのに稼ぎがちょっとか。相棒も愛想つかすわな」

「うーん、こればかりは仕方ない。縁がなかったんだよ」

「それで新しく組む相手はいるのか?」

「いや、しばらく一人でいいかな」


 俺は他人とつるむのに向いていないのかも。一人だと効率は落ちるが誰かと揉めることもない。そして気楽だ。


「そうかい。まあ気の合う仲間ってのはそのうち見つかるもんだ」




 夜中、寝ようとするとやはり色々考えてしまう。生き方としてはガロの方がずっと利口なのだろう。だけど俺はややこしい性分のようだ。人と接するのを面倒と思いつつも、関わる人たち、見たもの触れたものを放っておけないらしい。


 あの時、迷宮の古城で遺体を見つけた時も様々な過去を見てしまった。




==============================================


 ……冒険者の男は仲間の女へ指輪とともに想いを伝える。女は目に涙を浮かべながら指輪をはめた。その時、他の仲間たちの反応はどこか違和感があった。


 男は仲間たちと迷宮へ挑む。いくつも戦いを越えたどり着いた地下の古城。周囲を探索しながら奥へ踏み込む。

 ダイアウルフがそこにいた。身構える間もなく男は食らいつかれ、悲鳴を上げながら仲間の方を見る。


「待ってくれ!」


 仲間の一人が引きつった笑いを浮かべながら男を見ている。彼らは女の手を引くと、男を置いたまま逃げて行ってしまった。


(そうかお前たち、以前から俺を妬んで……)


==============================================




 ……夢の中にまであの記憶を見てしまった。数日後、いくつかのパーティーが解散したと噂で聞くことになる。

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