第55話 ワケありな俺たち
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
迷宮から帰還した俺たち。その目に飛び込んできたのはバタバタと動くギルドハウスの人々だった。
「お前たち戻ったか」
迎えたベッシは臨戦態勢だった。何か異変だろうか。
「何があったんですか?」
「中央広場に魔物が現れたと大騒ぎだ」
帝都内部に魔物……。それが事実なら侵食以来めったになかった事件だけど。
「確認して参りました」
「クロエ、どうだった?」
「正確には魔物の死体が出現したようでした。ですが……」
帝都中央広場に突如巨大にすぎる魔物が出現。蟹型の魔物であるが、奇妙なことに体は片側半分だけですでに絶命している。それがクロエの報告だった。
あの魔術師め、転移先を広場に設定していたのか。探す手間は省けたけど計画通りになっていたらと思うとゾッとする。
……俺たちは地下でのことを洗いざらい話すと、マリアンと一緒に軍の詰め所へ説明しに行った。
「承知しました、迷宮での任務ご苦労様です。以後はこちらで対応しておきましょう」
マリアンが上手く説明してくれたおかげで事態は収束しそうだ。今後は軍や解体屋が蟹の死骸を処理するだろうが、広場はしばらく蟹の臭いが残りそうだな。
「マリアン、また面倒かけてゴメン」
「いいんです。皆さんお手柄でしたね」
そう言ってくれるマリアンだけど、俺たちが地下へ潜るたびに心配かけていそうで申し訳ない。……そろそろ第五層の攻略も視野に入れる時期が来ているから。
***
その日は俺から誘って仲間たちを夕食に連れ出した。馴染みの飯屋で一室借りると酒と肉を注文。その場で炭火を起こし肉を焼いていく。
「打ち上げってところね」
「ホセさんは食べれないのに付き合ってもらって悪いけど」
「気にしてくれるな、仲間と仕事の成功を祝うのは久しぶりで悪くない。さて……」
ホセが手をかざすと火の勢いが調整され、肉が宙を浮き自ら焼かれていく。
「見るがいい、これが焼肉魔法である」
「何に使う魔法だよ」
「焼肉以外にありえないのだよ」
「何でそんな魔法があるんだよ」
ガロに突っ込まれつつも次第に良い匂いが漂ってくる、上手く焼けているみたいだ。
「グヘヘヘ美味そうな匂いじゃあ」
「セレナさん……」
「ホセさん手慣れてるねー」
「私は多くの国を旅して様々な食文化も体験してきたのである」
「ホレ、皿回してくれ」
良い感じに焼肉が進んできた辺りで俺は話を切り出すことにした。
「この場で皆に話したい秘密があるんだ」
「あん?」
「どしたのウィル君、やっぱり皇帝の隠し子だったとか?」
「それは違うけど」
まだ引っ張るのか。
「俺には他人に見えないものが見えるんだ。隠れた罠とか探し物なんかを見つけることができる」
俺自身にも謎の多い“潜行”の力、それを初めて他人に打ち明けた。
「……そんな能力が存在するの? 確かに妙な勘の良さがあるとは思ってたけど」
怪訝な顔のセレナさん。それは覚悟していた、だから今まで誰にも話さないでいた訳だし。
「でもふぁ」
肉を食べながらアイリーンが言う。聖女の行儀。
「あたしだって皆と違うし、ウィルに特別な力があっても不思議じゃないって」
「それはまあ……」
「私のような例もあることだ」
ホセもこれに続く。ホントその体はどうなってるんだ。
「前から突拍子のないことする奴だとは思ってたが」
「ガロには怒られたしね。話しても理解されないと思ってたけど、この短剣。『ドリームズ・エンド』をガキの頃から持っていた影響かもしれない」
魔法のアーティファクトと共に捨てられていた赤子。そこに俺と異能のルーツがあると思っている。
「でもウィル君、どうして急にそんなことを?」
「皆の秘密を聞いちゃったから」
それはホセが口走ってしまったこと、仲間たちの素性に関する話だ。
「俺も何か明かした方が良いかなと思って」
「……」
ただ全てを明かすことはできない。俺が皆の夢や記憶を垣間見ているなんて知ったら、今と同じ反応は得られないだろう。まだそこは恐ろしくて隠してしまう。
言葉のない部屋に煙と肉の焼ける音が充満する。その沈黙を最初に破ったのはセレナさんだった。泡立つエールをぐいっと飲み干し口を開く。
「私はホセさんの言う通りハーフエルフよ。母がエルフで父が人間だったの」
それは言葉以上に複雑な告白である。混血はどの種族でも異端視されるとホセも言っていた。
「母は私を生むと人目を避けて暮らすようになった。エルフの国に居場所はなくて、帝国からも敵視されて、転々と住処を変える日々だった」
放浪が長かったというセレナさん。その背景は想像以上に過酷なものだったようだ。
「……ゴメン、セレナさん。こんな話をさせちゃって」
「いいの。それに苦しい時期は段々と変わっていった。皇帝のおかげでね」
「皇帝の?」
皇帝といえばオズワルド1世。巷では悪い噂ばかり聞くけれど……。
「皇帝は先代までの政策を転換して他国との融和を進めようとしたの。それで少なくとも帝国から追われることはなくなった」
「確かに、オズワルドは父である先帝と真逆の方針を採っていた。国内では反発も強かったが周辺国からの評判は悪くないのだよ」
「そうなんだ」
こうした話はちょっと新鮮だ。あのエドウィン皇太子の父親だし悪い人じゃないのかな。
「おかげで今は帝国に入ることもできる。だから私は父の手掛かりを探しに来たの」
そういえば前に人探しをしてると言っていたけど父親のことだったか。セレナさんも相当な覚悟でこの地に臨んでいるんだな。
「手掛かりは迷宮にあるわけ?」
「それは確かよ。だから私は深層にたどり着いてみせる」
「なーるほど、セレナもやる気だね」
セレナさんとアイリーンは同時にエールを飲み込んだ。
「オレの方は……」
「ガロ、無理に話さなくてもいいよ」
「オレだけ言わずにいられるかよ。ああ、オレは元々魔獣なんだ」
人型の魔獣。それがホセの言い方だったけど、こうして見る分には獣人と大差ないんだよな。
「だがオレが何モンなのか、自分でもよく分からねえんだ。変な魔法使いが何かしたことは確かなんだが、そいつはぶっ殺しちまったから詳しくは知らん」
「魔法使いが嫌そうなのってそれが理由なんだ」
「ああそうさ。この間の奴らもそうだが、魔法使いはいかれた奴が多くて胸糞悪いぜ」
「まあまあカッカしないの」
アイリーンがガロの尻尾をもふもふ。ブンブンと振り払うが気は紛れたようだ。
一方ホセは話を聞いて何か考えている様子。
「ガロの話が事実なら、その体には何らかの魔法が刻まれているのだろう。それが転移魔法と干渉して体調に異変をきたしている可能性がある」
「あー……そういうもんかもな」
「緩和する方法もあるが試してみるかね?」
「いや、やめとくわ」
「遠慮するな痛くはしない」
「いいっつってんだろ」
うーんこの二人、仲良くできそうでまだ難しいかな?
「う~ん、あたしは秘密っていうほどの話もないかな」
「無理に合わせる必要はないよ」
「でもウィルが自分の能力話してくれたのって、あたしたちのこと信じてくれてるんでしょう。ならあたしも同じが良いよー」
それを言ったらアイリーンの体質も秘密の一つ、いや神秘の領域かな。
「さて……」
肉を焼き続けるホセにそれとなく視線が集まる。
「私の秘密を聞きたいかな?」
「うーん、それは」
「難しそうだからいいわ」
「聞きたいかね?」
どうやら話したいらしい。話好きっぽいな。
「聞いてあげようよ」
「それじゃお願いします」