第53話 檻から見える風景
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮に潜む魔術師を討伐する。
「お前たちが地下で悪だくみしている連中か」
格子越しに魔術師たちを見据える俺。その視線を奴らは嘲るように受け止める。
「どうやらそう思われているようだが、それは認識の齟齬というものだ」
「齟齬だぁ?」
「我々が行っているのは魔術の研鑽だ。神秘の探求と言ってもよい。貴様ら程度には理解できぬだろうがな」
「お天道の下も歩けない奴らが偉そうに」
「ガロ落ち着けって」
状況は良くない。今は牢屋の中、生殺与奪は相手次第。奴らはこうやって冒険者たちを捕えてきたのだろう。
「我々は魔術を極めるために日々精進している。その目的は神秘を解き明かすこと、真理に近づくこと。そのためには多くのリソースが必要となるのだが、蒙昧な者どもにはそれが理解できぬらしい」
「モーマイって何?」
「アイリーン……」
「物事を見通すことのできない愚か者のことだ」
「目が見えない人なの?」
アイリーン今は口閉じてて。
「だからこの迷宮内に我らの園を創った」
魔術師は構わず演説を再開。理解されないことに慣れてるんだろうな。
「ここなら邪魔は入らないし供物は勝手に転がり込んでくる。実験もし放題で多くの成果が得られた」
「<冒険者ギルド>はもう気付いてるわ。アンタらなんてすぐ捕まるんだから」
「おお、それは恐ろしい。では更なる深層に新たな拠点を作る必要があるな」
マズイ、ここで逃げられたら同じことの繰り返しだ。今目の前にいるうちに何とかしないと……。
「こいつらは眠らせておけ」
魔術師の一人が牢の中に何か放り込んできた。袋……口は開いている。
「毒だ吸うな!」
ガロの声、だが視界が揺らぎ始める。これは……マズイことに……。
「最後に見る夢が良いものであるように、ハハハ!」
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肉が差し入れられた。量はそれなりで水もある。人間共はオレを飢えさせるつもりはないようだが、代わりにこの四角いものの中に捕え続けている。これでは生きたまま死んでいる獣だ。
「実験は痛くなかったかい?」
痩せた人間がオレに話しかける。“ドレイ”と呼ばれる地位の低い人間だがオレの周りで色々面倒を見てくる。
「お前みたいな立派な獣はもっと広いところで世話してやりたいけど」
しきりに何か話しかけてくるが、オレの喉は奴らのように器用に吠えられない。よって碌な返事もしないのだが、分かっているのかいないのか、それでもこいつは話しかけてくる。
妙な奴だがここにいる人間たちの中では無害な方で、不快なのはその主人たちだ。俺の体を縛り上げ、血を抜いたりおかしなものを打ち込んだりしてくる。それに抵抗することもままならないことが一層不快だ。
「俺もお前も自由になれたらな……」
時々そんなことを言う。愚かな奴め、それができないのはお互い弱いからだ。弱者の叶わぬ夢ほど哀れなものはないというのに。
だがこいつがオレの体を掻くのは数少ない楽しみの一つである。そんな時だけオレは他者に無防備な体を預けてしまうのだった。
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…………。
誰かの夢を見た。俺は眠っていたようだが、今はアイリーンの顔が見えている。
「目が覚めた?」
「……また助けられたみたいだ」
アイリーンは魔法抵抗力だけでなく薬にも強いらしい。順々に治癒魔法で皆が目を覚ましていく。
「どれくらい寝てたかな?」
「二時間ぐらいかな。人がいなくなったから起こしたの」
見張りに魔術師はおらず、代わりに小型のゴーレムが巡廻している。
「見張りは手下任せか。……うぅ」
「まだ横になってた方が良いってば」
「ちくしょう、だから魔法使いは面倒なんだ」
ちらりとガロの不機嫌顔を覗く。セレナさんは二日酔いみたいな顔で潰れていた。
「ゴメン、俺が罠に気付いていれば」
「ウィルのせいじゃないって、魔法の罠までは分からないでしょ」
「ホセさんは気付いてたみたいだ」
「あの賢者一人だけ抜け出したか」
「逆に考えよう、今頃地上で助けを呼んでくれてるはず」
歴戦のホセなら適切な手を打ってくれると思いたい。だが俺たちの現在地も分からない状態だ、救援だけを頼みにしてはいられない。
「……荷物は取られたか」
「ゴメンね、あたしも寝たふりしてたから」
「仕方ないよ、今ある手札で出来ることを考えよう」
“潜行”して周囲を探りたいが短剣も奪われているな。あれがないと意識の切り替えが上手くできないんだけど……それでも試してみるか、あれ以来“潜行”の精度は上がってきているんだ。
……。
――シン、と視界が白と黒に染まる。入れた!
周囲の構造が分かる。牢に入れられた人たち、魔術師たちの人数、配置まで。これで少しは状況が良くな刺客から逃れて地下通路までやって来た。地上へ助けを求めるか、しばらくここで身を隠すか。
うん? 広がった意識がいくつか気になるものを見つけた。拠点の最奥に大きな広間、そこで何か巨大な物体が見える。警備の物々しさからいって奴らの重要な秘密があるのか。クーデターは未遂も含めて三度目か。もはや周囲の人間は信用できない、帝室は敵ばかりだ。暗闇に身を置いていると心が落ち着く、そんな男になってしまった。
――意識を元に戻す。何かノイズが混じっていたけど状況は分かった。敵の数はそれほど多くない、ここを出て不意を打てれば勝算はある。
だけどまだ薬の効果が残ってるな。装備品も取り戻さないといけない。時間の経過がどちらに有利に働くか、そこがミソだ。ミソというのは東の大陸から持ち込まれた調味料だ。
「うん?」
しばらくしてガロの耳がピクピクと動く。
「どしたの?」
「何か騒がしい」
ガシャッ、バラバラ……。
見張りに立っていたゴーレムが急に倒れた。一体だけではない、辺りにいる同型のゴーレムが次々と壊れていく。
格子の隙間から驚いていると、音もなく現れた相手にまた驚かされる。
「ホセさん!」
「やあ、遅れてすまない。四人とも無事だね」
「なんとか」
「君たちの荷物がそこらにあるから取ってこよう」
賢者ホセが助けに来てくれた。しかもこの速さだ、逸れてからすぐに追いかけてくれたのだろう。頼れる。
「すまない、私の筋力では運べないからウィルの小道具だけ持って来た。鍵を開けてくれ」
筋肉ないからね、仕方ないね。
「そこで何をしている!?」
牢の外でゴウッという音。マズイ、魔術師たちがもう来たか。
「ホセさん!?」
石つぶてが嵐のように通り過ぎるとホセが消えていた。と思ったのもつかの間、床から煙のようにホセが生えてくる。物をすり抜ける魔法まであるのか。
「侵入者め、私のゴーレムをどうした!?」
「解体した。君が作るゴーレムは事前に解析済み、一押しで解除できたよ」
「お、おのれぇ!」
魔術師が両手を構える。ゴーレム作成者は岩石魔法か、ここは周囲全部石だぞ。
「君たちは運が良い。人間で最高クラスの魔術師と戦えるのだから」
ホセが敵に向け手を掲げ、ない。手のひらがない。
「なっ」
一瞬の間が命取りとなった。死角からホセの手が飛び出し魔術師の首にかかると、雷撃の火花が散って魔術師を失神させた。
……すごい戦い方だ、手だけ飛ばして魔法を使えるのか。
さて、鍵は開けて脱出には成功した、これからどうするか。
「ところでガロ、奴らは生かしておく必要はあるかね?」
ホセが転がってる魔術師を指さした。
「奴らの組織の正体が分からなくなる。全員殺すのは避けよう」
「承知した。君は合理的な考えができる」
……二人のやり取りにちょっと寒気がする。この二人は恐らく必要とあれば殺しを躊躇しない。特にホセ、魔王を倒したというのは伊達じゃないと今更思い知らされる。
「体の方は問題ないかな?」
「アイリーンのおかげでだいぶ回復したよ」
「あっ」
俺の方は問題発生だ。回収した荷物の中に短剣が、『ドリームズ・エンド』がない。奴らに持っていかれたのか。
「あの短剣が? マズイじゃねえかよ」
「奴らの手にアーティファクトが渡るのは良くないな」
「追いかける?」
あの魔術師たちを放っておくわけにもいかない。反撃開始だ。
「奴らはこっちだ」
「分かるのかウィル?」
「大丈夫、任せてくれ」
俺の判断に疑問なのは仕方ないが皆を引っ張る。多少強引でもいい、今は勝つことだけを考えろ。