第51話 魔術結社
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆第三層で新たに発見されたエリアを調査する。
「ウィルさん、マイケルくんを見ませんでした?」
マリアンに尋ねられて装備の手入れを止める。
「……見てないけど、またホセの所じゃないかな」
「分かりました、聞いてみます」
……賢者ホセが連れてきた猫、いやネコモドキのマイケルは今やギルドハウスの猫に落ち着いていた。ホセから力を与えられ言葉まで教えてもらったマイケルは、定期的にホセの部屋で本を読んでいるようだった。
何というか勉強熱心なんだな。俺は本なんて滅多に読まないから負けてるような気がしてしまう。埒もないことだけど、ふうと息をついて窓の外を見る。
未探索エリアの調査から二日経った。ゴーレムと共に爆散したセレナさんはもう元気で、装備も補填し再出発できそうである。
「マイケルく~ん、ご飯だよ~」
マリアンの猫なで声に黒猫のような物体がすり寄る。マリアンは特にマイケルが気に入ったようで自らご飯を与えることが多い。
「にゃお」
「たんとお食べ~」
なおマイケルは、事情を知る者以外には正体を晒さない。俺たちも説明するタイミングを失ったまま、正体がバレないかとちょっとハラハラしている。
ご飯を食べ終えて寝転がるマイケル。俺はマリアンがいないのを確認すると、マイケルを引っつかんで伸ばす。
「何するにゃ」
「お前、また脚が六本になってるぞヘタクソ」
「おっといけない。でも人間は見せかけの情報に騙されやすいにゃ。脚の数より猫という概念に目を奪われるから気付かないにゃ」
「こいつ、ややこしいことを……」
ホセに教わったからか理屈っぽい猫、いや魔物だ。屋敷の人たちが可愛がるから調子に乗ってしまったかな。頼むからマリアンの前でボロを出すんじゃないぞ。
「ウィルー、そろそろ作戦会議するってさー」
「うん分かった」
アイリーンに呼ばれて俺は会議室に向かう。
先日の探索と迷宮の現況について新たな情報も交えた作戦会議を行う。
「オレたちの他にもあそこへ向かった連中がいるようだが、未だに戻ってないそうだ」
「私たちが助けた人がそのパーティーにいたのかもね」
あの怪我人は医者に運ばれ回復してきている。ただ聞き取りをするにはもっと体力が戻ってからでなければダメなようだ。
「それと気になるのが、近ごろ二層でも行方不明になる奴が増えてるらしい」
「それもあのエリアと関係あるのかな?」
「あそこに魔術師が潜んでいることは確定と見ていいだろう。そして何やら悪だくみをしていることもね」
それがホセの見解だった。備えられた魔道具や蠢くゴブリンたち。道を遮るように現れたキメラにゴーレム。その奥底で何を企んでいるのか。
「その魔術師、まだそのエリアにいるかな。もう逃げ出したかも」
「いや、私ならばそう簡単には逃げない」
ホセには何か確信があるようだった。
「どーして?」
「あのエリアは魔術工房であり奴らの砦だ。多くの設備と研究の成果がある、物理的にも精神的にも捨てがたいはず」
「魔術師の心理か」
なら多少の猶予はあるか。仮に逃げたとして魔術工房に手掛かりが残っていることもあるだろう。
「前の探索で転移用のアンカーを設置しておいた、今度は三層に直接飛ぼう。ただし、敵も何らかの対策はしているはず、心して行こう」
やるなら早いほうが良い、再び潜るぞ。
ホセが加わって変わったこと、それが魔法による選択肢の増加だ。特に転移魔法は便利で、帰還だけでなく迷宮の目的地に直接飛べるのが大助かりだ。
「こんな便利な魔法なら駅馬車みたく普及してたら良いのにね」
「セレナ君、帰還の巻物の値段を思い出したまえ」
「あっはい」
「この手の転移魔法は習得に時間がかかるうえ、安定した移動手段とするにはクリアすべき要件がいくつかある。普及しないのもそれが理由だ」
転移魔法には安全な目的地が必要となる。失敗すれば座標がズレたり障害物にめり込んだり、果ては別次元に迷い込むことすらあるという。
「別次元に飛ばされたら帰って来れねえのに、誰がそれを言い出したんだ?」
「理論上それもあり得るということさ」
「この転移は大丈夫だろうな……」
「問題ない、私の目にはアンカーが見えている」
五人の仲間が光に包まれる。マリアンたちに手を振りつつ俺たちは空間を飛び越えた。
気が付くと暗がりの中。セレナさんが魔法で照らすと見慣れた地下空間、第三層の景色だ。
「すっごーい、一瞬で三層だね!」
俺たちが転移したのは前に探索した地点、その少し前の空き部屋だ。ここにホセがアンカーとなる礎石を配置し、その周囲に魔除けや隠匿の結界を張ってある。他にも迷宮内に神々の祠が置かれている場所も安全で転移先に選ばれやすい。
安全なんだけど、転移してすぐガロがしゃがみ込んでしまった。
「うえ……」
「ガロ大丈夫か?」
「魔法が干渉しやすい体質かもしれないな。ストレスと似たようなものだ、少し休みたまえ」
「これだから魔法は苦手だ……」
ガロが水を飲んで休んでいる間、今回の探索について改めて確認を済ませておく。
「潜んでいる魔術師は恐らく複数いる」
ここはホセが専門なので意見を拝聴する。
「ゴーレム製造、キメラ生成、錬金術、陣地構築、恐らく魔物も手懐けられる。何より冒険者が何人も行方不明となっている、一人の魔術師でカバーできるものではない」
「魔術師たちの地下組織……魔術結社ってとこかしら」
「まあ私ほどの大魔術師なら別だが。そんな奴は大陸でも一握りだ、想定する必要はない」
「自慢かよ」
まあさすがの賢者ということで。
しかし迷宮という地下で暗躍するグループか、ある種の犯罪組織だな。
「魔法使いは捻くれた奴が多いんだよな」
「う~んガロ、ちょっと偏見じゃない?」
「せめて変わり者ぐらいにしてもらえるかな。私が言っても説得力はないが」
ホセが骸骨をちらつかせながら言うと本気かどうかよく分からん。
「ところでホセさんってさ」
「何だねアイリーン?」
「あたしの浄化魔法で灰になったりしない? 大丈夫?」
アンデッドリッチだからね、未だにどういう原理なのかよく分からないけど。
「心配いらない。魔法で体を覆っているし、このローブを見たまえ」
ホセが翻すローブは黒く、それでいて何やら刺繍がしてあった。それを見てピンとくるのは魔術的な要素だ。
「このローブは『影のローブ』という名で、他者の魔法を退ける力を編み込んであるのだよ」
「また名前がダークな感じだな……」
「かつて戦った魔族のものを参考にグレードアップしてある。魔物の血と贓物を染料に混ぜて呪法を編み上げるのがコツでね」
「止めろ止めろ、これだから魔法使いは」
ガロがうんざりしたように言う。魔法使いが嫌い、というか苦手なようだな。ホセの方もマイペースだから摩擦が心配になる……。
「しかし何だね、私ばかり変な人のように言うけど、君たちも十分変わり者の集まりだろう」
「骸骨に言われたくねえ」
「考えてもみたまえ。謎のアーティファクト持ち、ハーフエルフに人型の魔獣、魂の欠けた神官ときている」
……。
……。
……?
「私、何か言ってしまったかな?」