第50話 キメラ
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆第三層で新たに発見されたエリアを調査する。
空気が重く張り詰めてきた。もう浮かれた気分はない、視界に移る様々な痕跡が私たちにそうさせた。
怪我人を転送した後、奥へ進んだ私たちは色々なものを発見する。
「魔法陣……」
「これは転移魔法のものだな。人の出入りがあった、それも魔術師の可能性大だ」
「うげ、こっちは動物の骨が積んであるぞ」
「生贄か素材、あるいは単に餌用か」
「ここで焼肉してた可能性はー?」
「……」
言われたら焼肉食べたくなってきた。
「よく周りに注意しろよ、ここはもう敵地と思え」
「ガロ」
ウィル君が何かに気付いた。ガロも一緒になって通路の奥に耳をそばだてる。
「……獣、いや魔物か?」
「近づいてくる、こっちに気付いてるぞ!」
足音、それに息遣いまで聞こえてきた。こいつは――!
「グオルルルルァ!」
巨大な魔獣。でもその姿は異様だった。獅子の頭に山羊の体、尻尾に大蛇が伸びてこちらを睨む。
「まさかこいつ、キメラか!?」
これがキメラ、魔術師が生物を合成して生み出す禁忌の魔獣。噂には聞いていたけど実物はまさに異形。背中には鳥の羽、よく見たら前脚は左右で虎と熊と別々だ。
「あの冒険者はこいつにやられたのか?」
「こんなものを作るとは……嘆かわしい」
ホセの声が若干震えてる。
「組み合わせがバラバラだ、前脚が違えば走りにくいし使いにくい。背中の羽は何だね、空を飛ぶには到底力不足なのに生やしたのか、余剰パーツじゃないか。獅子の頭に山羊の体は伝承にも見られるが、肉食と草食で現実にはかみ合わない、いったい何を食べさせているんだ。そもそも体格が違う、全体的にアンバランスで非効率、よほどの素人が作ったに違いない」
「あ、そうなの」
「ホセさんならどう作る?」
「キメラの生成は懲役二十年以上、及び魔術使用禁止措置が課せられる重罪だ」
「あ、はい」
「来るよ、気を付けて」
さて話してる場合じゃない。こっちの会話を理解してるとは思えないけどキメラさんも機嫌悪そう。私たちを敵か餌としか見てない目をしてる。
「ガロと私で前に、皆は下がって魔法で援護を」
「ウラァ!」
ガロがもう行ってる、早いって!
「ガロ合わせてよ!」
聞かずに突っ込んだガロ、振り下ろす斧とキメラの爪がぶつかる。
まるで金属同士がかち合ったような衝撃音。キメラの前捌きが速いか、それに対するガロはちょっと力任せに攻めてる。弾かれてもすぐ前進、正面から挑みかかる。
もしかしてガロは気が立ってるの? よく分からないけどここは私が上手く立ち回らないと。後方ではアイリーンが守りの構え、ホセが魔法発射体勢、よし行こう。
「肩借りるよ!」
「っおい!?」
ガロの肩に飛び乗って跳躍、空中で一回転。見下ろす先でキメラの尻尾、大きな蛇がこちらを睨む。死角はないと言いたげね、でも私にかかれば。
錐もみ回転、蛇の牙をかわすとキメラの背に剣を突き立てる。――硬い、筋肉の塊だ、効果は薄い。でもこいつの注意は引けた。
「ホセさん!」
叫びつつジャンプで離脱すると風が巻き起こった。ホセの魔法、今度は火じゃなく風だ。
振り返って目を疑った。空気が歪んでいる。視認できるほど凝縮された空気はまさに風の槍、それも一つじゃなく空中に多角的に槍を配置し、キメラに向けて一斉射。えげつない魔法使うわ。
キメラから次々と鮮血が吹きあがる。実物の槍ならハリネズミになったろう攻撃だけどキメラは耐えた、さすが体力はある。
「むむ」
ホセの手が止まる。キメラの様子が変?
「下がって!」
ウィル君の声、ということは何かあるね。すぐに後退、ガロの腕を掴んで一緒に。するとキメラがすぐ反撃に転じてきた。
「あっぶな!」
「こいつ元気じゃねえか!」
「傷が治癒しているな、前言撤回だ素人の施術ではない」
回復力を高めてあるんだ、半端な攻撃じゃ倒せそうにないのね。
「ガロ、貴方の力が必要だから合わせて」
「わーったよ」
「セレナ、魔法で牽制してくれ。ガロは私の後だ」
ホセの指示が飛んで動き出す。まず私が火炎魔法で牽制、威力よりも速射を重視。詰め寄ろうとするキメラの鼻先に連射するけど火傷程度、でも少しは動きが止まるでしょ。そこにホセが魔法をかければ。
「足下注意だ」
ホセが地面に手を触れると何かが動いた。黒い影が這うように伸びていきキメラの足下へ、すると影が形を得たように立ち上がってキメラに絡みつく。
「影縛り」
「今よ!」
「ッシャ!」
ガロが走る。盾を捨てて斧の両手持ち、渾身の一刀がキメラの脳天を打った。
断末魔はない。キメラの頭蓋は一撃で両断され何か色々ヤバいアレやソレが零れる。噴き出した血がガロを赤く染め状況を一層凄惨なものにしていた。
そしてキメラの体が崩れ落ちる。やった、キメラを打ち倒した!
ヒュッ――と何かが飛ぶ。目で追うとそこには蛇、キメラの尻尾の蛇。牙をむいたその顔面に短剣が刺さっていた。
「これで詰みだ」
「ウィル……フン」
ウィル君の一撃で今度こそ決まった。湯気の立ちそうな熱い血潮と共にキメラの命が流れ出ていく……。
ガロの体に付いた血をなるべく拭いておく。その間ガロの目はキメラの死骸をチラッと見てそれっきりとなった。今回のガロはちょっと冷静じゃなかったけど怒ってたのかな。
そのキメラの側に今はアイリーンが寄り添って祈りの言葉を上げていた。
「……弔ってあげてるの?」
「こういう姿になりたくはなかったと思うから、せめて安らかに眠れるようにね」
うん、そうか。殺しておいてなんだけど私も祈っておこう。
「ここは魔術師の工房である可能性が高い。今後も似たような障害が出てくるだろう」
「そうなってくると、あの時のゴブリンの巣も魔術師が従えてるのかもね」
「あり得ることだ」
ゴブリンを操る魔術師かぁ、思ったより危険な気配がしてきた。
「フン、こんな舐めた真似してくれる奴はとっちめてやらぁ」
「落ち着けってガロ、敵の数も分からないんだ今回は偵察に留めよう」
「だが相手も露見したことに気付くだろう。逃げられる前に有無を言わせず攻め込むのも良いと思うが」
ウィル君は慎重だけど私もできるだけ探りたい気持ち。でも彼を危険に巻き込むのはなあ。とりあえず通路の先を下見してみる。
「……ん?」
何か動いた気がした。通路の闇の中にただならない気配を感じる。
「ガロ」
「……ああ、足音かな。金属のような音が近づいてくる」
金属、鎧を着てるのか。魔法で光の玉を作り、投げる。それで暗闇を照らして相手の姿を確認。
「……え」
何だろうあれは、人の形ではなかった。光を反射してあでやかな艶と歪な影を浮かべる。
「セレナさん下がって!」
ウィル君の声。でももう遅い、それは私の目でもハッキリ分かるぐらい目の前に。
「“ゴーレム”だ!」
ゴーレム。キメラ同様、魔術師が用いる手駒。岩石や鉱物、金属などから生み出す自動人形でドワーフ要塞で戦ったドワーフ・ガーディアンも近い存在だね。
でもこのゴーレムは何なの、普通は人型に近いのが多いのにあれは異形。蜘蛛のように脚が多くワキワキ高速で追いすがる。そしてあの体、全身金ピカ! 金でできてるゴーレムだようっひょぉぉぉぉぉぉ!
「走れ走れ!」
皆走る。私も首根っこ掴まれて走る。でも金だよ!? ぶっ壊してお金にしようよ!
「待って見てアレ! 金だよ金、いくらで売れるかな!?」
「過去にもっと珍しいゴーレムがいた。人間を素材にしたやつとかね」
ホセが何か言ってるけどそんなもん売れん! 金が売れる!
「アイリーン大丈夫か!?」
「ちょ、ちょちょ待ってしんどい!」
アイリーンが遅れてる、よし逃げずに戦おう! そして売ろう!
「魔法はいける!?」
「あの大きさじゃ半端な魔法は通じない、時間がいる」
「ならもう少し行けば……!」
もう少し行けばなんじゃいウィル君! いつも何か見えてる感じだけどこっちにゃ分からんのじゃい!
「ジャンプ!」
えっ。皆飛んだ、足下には落下式の罠、私だけ急ブレーキ、後ろにはゴーレム。やっべ。
「セレナさん!?」
……捕まった。金ピカのゴーレムが伸ばした手で掴まれた。えちょっと待って、今の私って黄金を身にまとってるのと同じじゃない?
「黄金は私のもんだ!」
わずかな間の後、閃光が私とゴーレムをもろとも粉砕した。