第47話 五人目
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
「……お名前をどうぞ」
その日、新たな入団希望者が<ナイトシーカー>のギルドハウスを訪れた。
「ホセという。こちらはペットのマイケル君」
「にゃあ」
全身をローブに包み覆面をした魔術師だった。黒猫まで連れてその怪しさは磨きがかかっている。
「どのような仕事をしていましたか?」
「賢者の仕事を。より具体的に言うなら宮廷で顧問のような役割と、大陸各地で学術的研究調査をしていた」
マリアンの質問にすらすらと答える怪しい入団希望者。
「賢者ホセさん、何してるの?」
「ウィル君、これが面接以外のいずれかに見えるなら私は来る場所を間違えたかな?」
「いや、入団するって本気で言ってるの?」
「本気だとも」
「にゃあ」
「このネコモドキまで……」
元々迷宮の調査をしていたホセだ。しかし一人での調査に限界を感じ、同行者として俺たちに白羽の矢を立てたらしい。
「私では迷惑かな?」
「いや、もっと実績のあるメンバーを当たる手もあったんじゃあ」
「私の正体を知られると面倒なことになる。それなら既知の君たちこそ望ましい」
「ああ、リッチだものね」
賢者と呼ばれるこの男の正体は二百年以上生きる魔術師だ。その正体は帝国の重要機密だけど俺たちはすでに知っている。
「一度正体がバレると素性を隠すのに苦労するのだ。具体的には変装し名を変え、ほとぼりが冷めるのを十年単位で待たねばならない」
「そこまで問題になるんだ……」
「それが理由の一つ。そして私は諸君の腕前を結構買っているのだよ」
「俺たちを?」
勇者と共に戦った男に評価されるというのは悪い気がしない。ただまあ、褒められたからといって物事には順序がある。
俺はマリアンや他の仲間たちも集めて話すことにした。
「エドウィン皇太子も了承しているようですし、断る理由はないと思いますけど」
「いやでもお嬢さんよ、賢者とまで言われる奴がオレたちと同じ給金でギルド働きするのか?」
「お金や条件に拘りはないようです」
条件は他のメンバーと同等で構わない、その代わり工房を造らせてほしい。……というのがホセの提示した条件だった。
「もう世俗のことには興味ないってか」
「もういいんじゃない、待ちに待った魔法使いの加入でしょ?」
「だがセレナ、オレたちはあいつの魔法の腕前を見たわけじゃない」
「うーん、それはそうだけど」
「そういう訳で腕前を見せてもらおうか」
屋敷の庭でガロが腕組み仁王立ちする。
「悪く思わねえでくれ、希望者にはテストを課すことになってるんだ」
「構わないとも。特別扱いを求めては迷惑だろうしね」
テストには協力者を呼んである。
「こちら<クラブアーマー>のリーダーでカンセルさんです」
「巨大メイキュウガニから削った甲殻で新作の鎧を造ったぞ!」
「あれに魔法で攻撃してみろ」
台の上に固定された甲殻製の鎧。俺たちの倒したメイキュウガニから削り出した甲殻を革や鉄板と合わせたものだ。刺々しい見た目に反して甲殻を細かく加工してあり、体の動きに柔軟に対応できるようになっている。素人目に見ても職人の逸品だな。
「どんな魔法でもいいのかね?」
「ああ、好きな奴でいい」
「ふむ」
頷いたホセは少し考えた後、そっと鎧に手をかけた。
「これでいいか」
言うや否や鎧の一部が粉々に弾け飛んだ。何だいったい?
「俺の鎧が!?」
「何の魔法だ?」
「分子分解、何でも砕く魔法と思ってくれたまえ」
……そんな魔法があるのか、これが賢者の知識。
「強度は十分。だが魔法を練り上げる時間さえあれば、このように破壊するのは不可能ではない。魔法対策をすれば更に生命を守る鎧となるだろう。方法としては付呪師に魔法をかけてもらうか、抗魔法作用のある薬品を塗るなどがある」
「ううむ、そこまでは検討していなかったな」
「一層精進するといい」
第一関門は難なく突破された。ガロは少し色を失ったが次のテストに移る。
「防御魔法は使えるな? こいつを防いでみろ!」
「クラブハンマー!」
また新作か、蟹のハサミ型したハンマーが出てきた。この凶器をホセはどうやってしのぐか?
「ほう、当たればひとたまりもないな」
「よけても構わねえぞ」
「いや防ぐとしよう、動き回るのは得意じゃないのだ」
「行くぞ、怪我しても恨むなよ!」
引き続きカンセルがテストを引き受ける。武器防具の実験も兼ねているんだろう、それだけに不甲斐ない結果に終わりたくないはず、凶悪なハンマーを大きく振りかぶった。
「すりゃっ!」
「――っ!」
止めた。ホセが片手でハンマーを軽々防いでいる!
「な、何がどうなって」
「すごいよ、防御魔法を手のひらだけに集めて最小限の力で防いでるの」
セレナさんには分かるようだ、舌を巻いて驚いている。アイリーンとは逆の発想だな。
「俺たちの新作がまるで通用しないだと……」
「なあに、テストという定められた状況が有利に働いただけのこと、実戦であれば同じようには行くまい。魔術師を相手にする時は魔法を使わせないこと、あるいは魔法を上回るパワーでねじ伏せることが肝要だ。君が全力で打ち込んできていれば私も別の選択をしたことだろう」
協力しに来てもらったカンセルが助言を受ける立場に変わっているな。これも賢者の力か。
「カンセル君、君の武具も戦いもまだまだ伸びしろがある。今後も精進したまえ」
「あ、ありがとう、よく分からない魔術師」
カンセルは去りテストは終了。ガロも唸りながら認めざるを得ない様子だ。
「分かった、あんたすげえよ」
「これで私も仲間に加えてもらえるかな?」
「合格だ、まあよろしく頼むぜ」
ガロの手がバシンとホセの肩を叩いた。ホセの姿が視界から消えてカラコロと軽い音がする。
視線を下げれば賢者の骨がまたバラバラに転がっていた。
「あ……」
「見ての通り体は頑丈と言い難くてね、力仕事は君たちに任せるとしよう。ところで組み立ててくれないかな?」