第46話 巡りゆく優しい時間
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
「元気にしてたかワル坊?」
「ウィルだよ」
クリフ爺さんはいつもどおりの千鳥足だ。でも良いところに来たな。
「なあ爺さん、いつか俺のことを昔から知ってると言ってたよな?」
「おうともさ」
「じゃあ俺の養父とも知り合いだったのか?」
俺を拾った養父は冒険者であり元騎士。この酔っ払いでホラ吹きな爺さんとどこで繋がっているのか分からないが。
「奴とは昔つるんだ仲でなあ。二人でちょっとした悪だくみなんぞしたものよ」
「悪だくみって……」
「それがお前を拾ってからは子育てに夢中になりよった。子供をあちこち連れまわして、ちといい加減だったがまあ悪い奴じゃなかったわい」
「ふうん……それで、俺のことについて何か言ってなかった? 俺を拾った時のこととか」
「それを聞いて何が知りたいんだ?」
「何でもいい。俺は自分のことを知らな過ぎるから」
今まではそれでもいいと思っていた。自分がいつどこで生まれ、誰の子供であるか。何故捨てられどう拾われたか、考えてこなかった。
でも最近になって気付いた、それは関心がなかったのでなく余裕がなかったからだ。今日何を食べどう生き抜くか。危険を乗り越えわずかな金を稼ぐ日々。
それが多くの出会いと環境の変化、何より迷宮という空間が自分を問う切っ掛けをもたらした。
「生憎だが、あいつがお前に話した以上のことは知らぬ」
「そっか……」
「ま~あ気にするな。誰もお前の過去を知らんということは、今から何にでもなれるっつーことだ!」
「何だか話の方向が変わってる気がするけど」
「それに『自分が何者か』なんてことは人間が一生かけて追うテーマだぞう」
まだ早いわ、とでも言いたげなジジイ。酔っ払ってるのにマトモそうなことをのたまう。
「まあちょっと急いで考え過ぎだったかも」
「頭空っぽの方が夢詰め込めるってもんよ」
「それができたら楽なんだけどなあ」
「コツを教えてやろう、酒と女と冒険さ」
「最後だけもらっとく」
ちょっとブラブラし過ぎて日が傾いてきた、そろそろ屋敷に戻るとしよう。少し急ぎ足で帰ってくると門のところで守衛の騎士たちが待ち構えていた。
「帰ってきたなウィル、お嬢様がお待ちかねだぞ」
「マリアンが?」
何か用事でもできたろうかと玄関をくぐる。すると今度は使用人の皆が総出で俺を迎えてくれた。
「ハッピーバースデー!」
「え?」
「おめでとうございますウィルさん」
マリアンだ。ハッピーバースデーってそれは。
「俺の誕生日?」
「履歴書にも書いてましたよ。だからこっそり準備していたんです」
「……」
「あれ、何か違ってました?」
「マリアン、あれはその、適当に書いたというか」
養父が俺を拾った日だ。正確な誕生日は分からないままで、だから年齢も適当に数えている。そういうことを申し訳なさそうに伝えた。
「良いじゃないですか、それが誕生日で」
「良いのかな?」
「その日、ウィルさんは養父の方と出会い、そこで生まれたんですよ。間違いなく誕生日ですって」
「そっか……」
今まで誕生日を祝われたことなんて皆無だし、自分には無縁なイベントだと思ってきた。だから反応に困るけど、ここにいる人たちの気持ちは素直に嬉しい。
「ささ、食堂へ。ケーキと料理も用意していますから」
食堂は宴会モードになっていた。クロエやキャサリンたちメイドが行き交い、セレナさんやアイリーン、ベッシたちも揃っている。
「ほれ、グラス持てや」
「ガロ……」
「お前もこれで十五だ、ぐいっといきな」
「ガロがこういう宴会に乗ってくれるとは意外だね」
「酒を飲む口実には丁度良いぜ」
グラスにはベッシがワインを注いでくれた。
「我ら侯爵家の騎士一同、お主がジョン様を見つけてくれた恩を忘れぬ」
「これからはマリアン様を盛り立ててくれ」
「おいおい、まだ騎士になったわけでもないのに」
騎士になる予定があるわけじゃないけど、彼らから認められているようで急に感情がこみ上げてきた。ワインはまだ数回しか味わったことがないのだけど、ここは勧められるまま飲み干す。口と頭に熱いものがぐっと込み上げる感覚。
「よーし、これからはウィル君とも差しで飲めるね」
「今夜は朝まで飲もっか!」
「そこのお二人、悪の道に誘わないであげてください」
セレナさんとアイリーンをクロエがたしなめる。何だかそんな風景も大事なものに思えてしまう。
俺が何者かは分からない。でも今の俺にはここが居場所なんだ。ここが帰って来れる場所なんだ。それがこんなに嬉しいことだなんて少し前までは想像もしなかった。
「ちなみに皆の誕生日は?」
もらうだけでは申し訳ない、皆の誕生日も確認しておかないとな。
「私はねー、もう過ぎちゃったの」
「じゃあ来年、約束ですよセレナさん」
「あたしは半年ぐらい後かなー」
「オレのなんか祝わなくていいぞ」
「そーんなに恥ずかしがらないの、ウリウリ」
セレナさんとアイリーンがガロを挟んで突っつく。するとクロエが近づいてきて俺の耳に囁いた。
「ちなみに、お嬢様の誕生日まであと91日です」
「クロエさんっ」
それだけ言ってクロエは仕事に戻っていった。それは大事な情報だ。俺は心のカレンダーに予定を刻み込んでおいた。
そして俺は初めて食べるようなケーキをほおばり、皆と談笑しながら夜を過ごした。この日のことを俺はずっと忘れないだろう。何があっても。




