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第1話 暗く深い地の底で

 体を支えるロープを(すが)るように握りしめ、壁面を優しく蹴りながら下へ、下へと降りていく。寂れた古城にはそこら中で煙が上がり、たまに獣の咆哮(ほうこう)が虚ろな空気を揺らす。


 目的の一角はかつて倉庫に使われていた区画だろうか。扉はすでに朽ちて名残を残すのみ。俺はそっと近づいて中を確認、ランタンの光が何らかの骨や肉片、そして人間の死骸を照らし出す。


 無人の城はあちこちが魔物の巣窟と化している。血と贓物の臭いがまだ残っていて鼻を突くが、俺は食べ残しの中にお目当てのものを見つけた。


 死骸の一つを確認。身なりは冒険者のものだが革の鎧が引き裂かれ中身が食い荒らされている。まだ腐敗は浅く、腕と脚が一本ずつ失われているが比較的原形をとどめている方だ。


 ――。


 悲惨な光景だけどよくあることだ。15にもならない小僧の俺だけど死者は多く見てきた。それでも死体に触れる時はいつまでも良い気がしない。


 ……首に下げられた金属製のタグ。<冒険者ギルド>に登録している証だ、刻まれた数字で個人は特定できるだろう。他に貴重そうな品は袋にまとめ、生前より軽くなった遺体を外に担ぎ出す。

 壁に垂れるロープを揺らして合図すると遥か上に獣人の犬顔が覗き込む。俺の仕事の相棒でガロだ。


「見つかったかウィル?」

「オッケー」

「よく見つけるなぁ鼻が良い訳でもねえのに」


 遺体を毛布でくるむと垂らされたロープに結び付け、再び合図するとガロが引っ張り上げてくれる。

 これが俺たちの仕事だ。遭難した冒険者や遺物を回収し届ける。夢と危険が渦巻く冒険譚の陰でせっせと働く縁の下の力持ちってところか。


 ――ッ。


 振り返った俺は物陰に目を凝らす。暗がりの中に確かにそいつはいた。


 ヒタ……。現れたのはダイアウルフ。狼に近いがそれを上回る体格。それでいて獣の柔軟さで音もなく近づいてくる。ここは奴の巣だったらしく牙をむいてご立腹だ。


 ダイアウルフが獲物を取り返そうと地を蹴る。俺たちにとっても大事な獲物だがここは避けるしかない。


「うおお!」

「どうしたウィル……おわっ!」


 ガロが呼びかけるも応える余裕がない。転がり起きてダイアウルフを見ると、引き上げようとしていた遺体にガッチリ噛みついていた。

 こいつはマズイ。急ぎダイアウルフを引きはがそうとするも、鋭い爪が頬をかすめると俺は尻餅をついてしまった。


 そんな俺に構わず奴はガロと綱引き状態になっていたが、そのうちに遺体の腕がブチブチと食いちぎられてしまった。


 これが自分の腕なら、そう思うと背筋が寒い。だが俺の目はかすかな光を捉えていた。――指輪。ちぎられた遺体の手に指輪が光っていた。

 ダイアウルフは獲物を一部取り戻すと俺を一睨み、そのまま持ち去っていく。


「無事かウィル!?」


 ガロが呼びかけるもそれどころじゃない。ちくしょう、あんなもの見せられたら追いかけるしかないじゃないか。少なくとも俺ことウィルの選択肢はそう決まっていた、他の奴は知らん。


「追いかける!」

「えっ、おい待てよ!?」




 静まり返った古城を走る。ここは完全な敵地、危険だけど奴を見失いたくない。


 そして見つけた。城の中庭にいるダイアウルフ。対して俺は城壁の上から奴を見下ろす。ちぎられた腕をどう取り返すか。元が自分のものだと奴は言うだろうが事情があるのだ。

 俺は城壁を這う(つた)に手をかけると息を吸い込む。


 ――七柱の神々よ! 名前以外詳しくない神様たちに祈りながら飛んだ。人助けのためなら誰か一人くらいは加護をくれるはずだ。


 ズシッ! 足から頭まで伝わる確かな衝撃。俺はダイアウルフの頭に見事着地を決めた。悲痛な鳴き声とともに腕がこぼれた、それを拾って即ダッシュを決める。


 再び城内へ、手持ちの武器は使い古した短剣一つ、戦えば勝ち目はないし競走でも負ける。だが城の内部をジグザグに逃げれば少しは時間を稼げるはず。


 まあそれでも追いつかれるんだけど。


「バウッ! ウォンウォン!」


 絶対食い殺してやるとでも言っているんだろう。背中に殺意満々な声を受けながら一心不乱に走る。次の分岐を右へ、――いや左だ。体を急旋回させて道を選択。背後の息遣いが近づいた気がするけど構わない。


 いた! 通路の先にうずくまる人影。そいつはおもむろに立つと無機質無感情な顔で振り返る。――スケルトンだ。兵士の鎧を着た骸骨、死してなお古城をさ迷う魔物の一体。そいつは俺を見つけると錆びた剣を振りかぶった。


 今だっ。俺が床に身を投じて転がるとダイアウルフが走り抜ける。一発踏まれたが許す。何しろ俺の代わりにスケルトンの剣を浴びてくれたのだから。


「ギャンッ!」


 別に奴らは同じ場所に住んでいても仲間じゃない。ダイアウルフとスケルトンが取っ組み合う隙に近くのレバーを掴む。

 古城の内部には様々な仕掛けが施され今も生きている。こいつを引っ張ると……。


 ――ガラガラガシャン!


 鉄格子が下りて通路を塞いでくれた。さあこれでトンズラさせてもらおう。


 階段を上がり城の上層へ出る。瞬間――。


「わっ!」


 剣が眼前を横切る。油断した、別のスケルトンがいたのか。床を転がり体勢を立て直そうとすると、それより速く風が吹いた。

 耳をつんざくような金属音とともにスケルトンがバラバラになる。顔を上げるとガロが斧を引っ提げてこちらを睨んでいた。


「バカ野郎!」

「ぐっ!」


 一発殴られた。視界がチカチカするけど甘んじて受けるしかない。


「そんな腕一本のために危ねえことしやがって!」

「……悪かったよガロ」

「お前みたいなデタラメな奴はすぐ死んじまうぞ、まったく」


 叱りつけぼやきながらも遺体はしっかり確保してくれていた。その後は二人で遺体を担ぎながら、近くの尖塔へ入ると階段を上に。


 息を弾ませながら上るとやがて薄暗く湿った空間に出る。先刻までの古城の風景や寂れた空はなく、代わりに石造りの通路が延々と続く。どうしてそうなっているのか聞かれても分からない。ここはそういう場所なのだ。


 ここは常識の通じない魔法のダンジョン、帝都地下迷宮なのだから。




 地上を目指して這い上がりようやく人気のある場所に出た。ここまで来れば後は楽なものだ。道行く人の多くは冒険者や傭兵、あるいは商売人や浮浪者など。地下迷宮が孕む危険と金に惹きつけられた連中ばかり。

 そのうち一人が遺体を運ぶ俺たちに視線をよこす。


「なんだ“モグラ”か」


 軽蔑混じりな言葉を投げかけてくる。“モグラ”とは冒険者の中でも回収や金拾い、遺跡荒らしなどを一括りにした呼び方だが、気に入らん。戦う奴ばかりが勇敢だと思っていそうな言葉だ。お前らも死ねば俺たちが拾ってくるんだぞ。


 ああいう奴らはスルーして遺体を安置所に運び込む。迷宮やその周りで死んだ人間はだいたいここに運ばれ、身元の確認と一時の保管、そして引き取り手がいなければ集団墓地に埋葬される。


「爺さん新しい遺体だよ」


 墓守の老人に遺体を引き渡す。老人は冒険者証を名簿と照合すると奥を指し示した。


「ちょうどこいつの仲間が来とるよ」


 安置所の奥、遺体の並べられたスペースに男二人、女一人のパーティーがいた。暗く重い空気。彼らに回収した遺体を確認してもらうと女が泣き崩れてしまった。


 一緒に回収した遺品も引き渡し手続きを済ませる。遺体、行方不明、遺失物の捜索には報酬が出るものの金額は少ない。だがそれも仕方ない、この手の依頼者というのは何かしら失敗した人たちなのだから。


 彼らも迷宮の下層を目指し、あの古城で魔物に襲われたのだろう。そのうち一人は逃げられず捜索を依頼していた、という感じか。


「あの、これ……」


 俺はダイアウルフから取り返した腕、その指にあった指輪を女の人に渡した。


「大事な物でしょう」


 同じ指輪が彼女の薬指にも輝いていた。女性は指輪を受け取るとまた涙を流し、仲間に慰められてもしばらく動けずにいた。




 俺たちは安置所を後にした。事件としてはままあることだ。それでも重苦しさを引きずる俺はまだまだ弱いのだろう。


「ウィル、これ以上一緒に仕事はできねえ」


 ガロの不意な言葉に足を止める。


「お前は後先考えがなさすぎる。もう組めねえよ」

「地下でのことなら謝っただろう」

「指輪のことだ。あんなもん返す必要はなかったんだよ。何のために魔物から命がけで取り返したんだ、バカ正直め」


 ガロの言うことはよくある。回収業は安い報酬で仕事をこなし、その代わりに物が一つ二つ消える。回収する側はチップだの危険手当などと呼び、依頼者側は問い詰めることもできずに終わる。ダンジョンなど危険地帯ではよくあることだった。


「ウィル、お前は腕は良いよ。けど命張りながら金はいらないだなんて、ここじゃただのバカだぜ」

「おまえに同じことは求めないよ」

「ああそうだな。だがオレにも稼げそうな相棒を探す権利がある」

「じゃあ、ここまでだな」


 驚きはそれほどでもなかった、遠からずそうなる気はしていたから。一声かけてくれるだけでも誠実な方だろう。


「あばよウィル、せいぜい命は大事にしな」

「ガロも頑張れよ。金貯まったら店持つんだったな」

「……じゃあな」


 それでガロと別れ俺は一人になった。

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