第45話 平穏で悩める日常
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
「ウィル君おっきろ~、朝だよ~」
今日も俺はメイドの誰かに起こされて一日が始まる。クロエが来る日は早く起きないとベッドから引きずり出されるのだけど、今日は……。
「……セレナさん?」
「夢じゃないよ~」
「どうしてメイドの格好」
「今日はメイドの仕事を手伝ってるの。どや」
似合うか、と言いたげにポーズを取るので素直に褒めておく。
「良いと思うよ」
「可愛い? カッコいい?」
「セレナさんでも仕事が出来そうに見える」
「こ、こいつめ……」
セレナさんは時間があれば飯屋とか酒場なんかで働いているのを見かける。ギルドの給金はそれなりにあるのだけど、前に実家への仕送りがどうとか言っていたしな。お金がかかるのだろう。
「そんでウィル君、クロエさんが用事あるみたいだったよ」
「クロエさん……」
クロエとは定期的な体術訓練の他、屋敷内で会うことも多いのだけど。未だにちょっと苦手だった。
黙々と仕事をこなして良い人なんだろうとは思う。でも感情が読みにくいのと、俺はどこか嫌われているのでは、なんて思いがあって距離を測りかねる。
「少し買い出しをお願いしたいのです」
それがクロエの用事だった。俺も仕事の手伝いをすることは珍しくない。それにしても今日の屋敷内はちょっと忙しそうだな。マリアンの姿も見てないし、それで買い出しを頼まれたか。
買い出しのリストは主に食料品や材料だった。市場で買い物を済ませた俺は、その足で鍛冶屋のドワーフを訪ねる。
「修理の件ならもう少しかかる。今ちょっと立て込んでてな」
「そっか、じゃあまた後日」
「すまんな。ところでお前、四層の地下要塞に行ったんだって?」
ドワーフの要塞から生還した件だが、広めたわけでもないのに少しずつ噂になっている。
「要塞の奥には何があったんだ?」
「何もなかった」
「何だって?」
同じ質問に俺はそう答えることにしていた。待ち受ける危険は説明したうえで、挑む労力に対する見返りはない、と。そうしておけば人々から忘れられていくだろう。
「……そうか、何もなかったならいい」
「おっちゃんはドワーフの掟みたいなのを守り続けてきたんだね」
「ああ、国を出ても一族であることに変わりはない」
「どうして帝都に出てきたの?」
「それはな……」
おっちゃんが磨き途中の剣を取り上げた。ドワーフ風の堂々した拵えに繊細な細工と異なる創意が同居した美しい刀剣だ。
「ドワーフは考えがちと固いからな、新しい創作ができねえのさ」
「なるほど、そういうものなんだ」
屋敷に戻ると庭でガロが木剣を振るうのが見えた。誰か知らない相手に打ち込んでいるけど、ギルドの入団希望者かな。<ナイトシーカー>も徐々に名が売れて参加希望者が現れるようになったけど、今のところお眼鏡にかなう人物はいない。
「これくらい受けられねえと深層で死んじまうぞ」
実力試験は落選のようだ。中にはマリアンの財力が目当ての奴も見受けられ、そういうのはガロにふるい落とされていく。
……何か声を掛けようかと思ったけど先日の失態で殴られたことを思い出す。今は止めておこう、俺はするすると屋敷に入った。
屋敷は相変わらずでメイドや使用人が忙しなく動いていた。マリアンも今は表であれこれ指示を出している。
「ああウィルさん、食堂でしたら今は使用できないんです」
「忙しそうだけど他に手伝うことはないかな?」
「いいんです、ウィルさんは休んでいてください」
とのことだ。仕事はないし迷宮にも行かない、例の飯屋で昼食といくか。
「ようウィル、見ないうちに体ができてきたな」
親父さんが言う通り、金欠時代に比べて筋肉と体力が増していた。屋敷の食事が良いのだろうが、それでもたまに馴染みの味が恋しくなる時はある。
「まだまだ育ち盛りなんで」
「仕事も順調らしいな。その割に表情は冴えないようだが」
よく見てるなあ。実際考えごと悩みごとはなくならない。
……賢者ホセの話を聞いて一つ進展したという感触はあった。迷宮の創造者、そして背後に暗躍する異形の神々。相手は強大だけど何をすれば良いかは分かってきた。
けど問題はこいつだ。俺は服の下の短剣に軽く触れる。アーティファクト『ドリームズ・エンド』。正体を表してちょっと目立つようになったから今は衣服で隠れるようにしていた。
どうして俺がこんな貴重品を持っているのか。理由は簡単、赤子の俺と一緒に捨てられていたからだ。誰が捨てた、俺の本当の親か。いったいどんな事情で俺を置いて行ったのか。
もう一つ、短剣の真名が明らかになってから“潜行”の精度が上がった気がする。何と言うか、馴染む。自然に意識を切り替えられるようになってくるんだ。
こうして考えると俺に不思議な力があるのはこのアーティファクトと無関係じゃあるまい。けど答えは確かめようがなく、色々な思考がグルグル回るばかりだった。
こんなことなら養父にもっと詳しく聞いておくんだった。食中毒でぽっくり死んでしまったのが悔やまれる。
飯屋を出た俺は考えながら歩く。そのうち巨大な建物の影を踏み、見上げた先には神々の聖堂が朽ちた姿をさらしている。
ここでアイリーンが発見され“奇跡の聖女”の伝説が生まれたんだな。少し足を延ばして遺体安置所まで行くと、今日はアイリーンが墓守爺さんの手伝いをしている。普段はノリが軽く何を考えているか分からないけど、仕事となると真面目で献身的なところがあるのだ。
遠くからアイリーンの横顔を見て、声を掛けようかと思ったけど邪魔しちゃ悪いか。立ち去ろうとした時、彼女がこちらに気付いて手を振るのが見えた。
……アイリーンの言う“お告げ”、「帝都でウィルに会え」という神託について尋ねたことがある。ただ当人もよく分からないという返事が返るだけで、その真意はまったく分からないままだ。
アイリーンのことは人として信頼できる。信頼したい。たとえあの日見た悪夢が記憶から消えなくとも。
人気のないところまで来ると腰を下ろして落ち着いた。そして考える。――どうして俺なのだろうか。
お告げで指名された少年。アーティファクトを持つ小僧。迷宮攻略の鍵となりうる人物、それが俺だという。
「俺とはいったい何者なんだ……」
「哲学でもしているのか少年よ」
「……クリフ爺さんか」
酒の匂いと共にフラフラと酔っ払いが現れた。