第44話 異形の神々
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
「かつて世界は、このアルテニア大陸はいくつもの種族が多くの国を造り、時に争い、時に共存しながら繁栄していた」
賢者ホセは語る。歴史を見てきた男の言葉で。
「そこに魔王が現れた。奴は異形の神々をこの世界に呼び出すと、その力を借りていくつもの国を滅ぼした」
暗黒時代と呼ばれる時期だ。強大な魔王、その力の源が異界のものだと言われれば納得がいく。
「だが一人の勇者が現れた。エレアという人間種アルテニアン系の青年は、各地を巡り魔王との戦いを呼び掛けた。それに応じて多様な種族の仲間たちが集うと、勇者と共に魔王討伐の旅に出た。
彼に賛同した者たち。エルフの魔術師ファリエド、ドワーフの戦士ゴッツ、獣人の狩人タマ、ニンフの治療師キタサン、そして私、賢者ホセ。いずれも恐れを知らぬ精鋭たちだった」
「ファリエドにゴッツ……」
「知ってるのセレナさん?」
「その二人、今もエルフとドワーフの王様だよ」
そうか、二人とも長命種だから今も生きているんだ。そしてそれぞれ種族の王を務めているようだけど……帝国とは戦争になっているはず。それってかつての仲間同士が争ったようなもので、彼らの間に何があったんだろう。
「魔王が倒された時、異形の神々もこの世界から駆逐された。だがその勢力や信奉者は世に潜み、度々騒乱の火種となってきた。『異形神の乱』や『エグバート1世暗殺事件』については知っていよう」
「オレは知らん」
「後で歴史解説本を貸してあげよう。まあともかく……」
ホセがコホンと咳払い一つ。
「帝都地下迷宮は広大で深く、そこに膨大な魔力が流れ込んでいる。これほどの業は異形神が関わっている可能性が高い」
「では先生、いずれの異形神が背後に潜んでいると考えますか?」
「フム……前提として異形神は単独行動を好む者もいれば、複数で結託する者もいるし、時と場合にもよる。帝都を侵食しようと企てたほどだ、何人かの異形神が絡んでいる可能性も十分あり得るが」
そこでホセの落ちくぼんだ目が俺を向く。
「一つ確かなことがある。ウィルのおかげで明らかになったことだ」
「俺ですか?」
「君の短剣をエドウィン殿下に見せてくれたまえ」
俺が赤子の時から側にあったという短剣。ホセのおかげで貴重なアーティファクトであると分かった逸品だ。
「これがそうなのか……」
「その短剣の名は『ドリームズ・エンド』。夢に関わる魔法を打ち消す力があり、実際に迷宮の一部を破ることに成功した」
「夢……ということは」
「“夢幻の柱ナイメリア”。この異形神が関わっているのは間違いないだろう」
ナイメリア……それが黒幕の名前か。
「奴は夢を操り現実をも侵食する」
「その異形神が迷宮を生み出し、帝都を侵食し、臣民たちを飲み込んだ張本人ですか」
「エドウィン、それは少し異なる。異形神は主犯にはなりえないのだ」
「どういうことです先生?」
「奴らにはルールがある。妙な話に聞こえるかもしれないがね」
それからホセが話したことは少しややこしくて理解に時間がかかったが。
まず異形神という奴らは、この世界の住人に契約を持ち掛け、成立して初めてこの世界に力を行使できるそうだ。それは奴らが異界の住人であり基本的にこちらの世界には立ち入ることができないためだ。
ただ触手を伸ばすようにして限定的に侵入することはできる。そしてこちら側の住人と接触するのだ。
奴らが世界の境界を超えるには誰かの「許し」を得る必要があるという。そのためあらゆる欲望を刺激する取引を持ち掛け、「こちらへ来てよい」という許可を得ようとする。
そうして契約が結ばれれば奴らは大手を振ってこの世界に顕現することができる。……それが奴らを縛るルールであり性質となるようだ。
「では異形神と契約した人物、そやつが迷宮の支配者というわけですか」
「左様。その者は今も迷宮の深淵に潜んでいることだろう」
***
会談を終えた俺たちはエドウィンに挨拶して退出する。
「引き続き迷宮の探索に期待する」
そう言ったエドウィンの目には力が増していたように思う。何年も続く帝都解放の取り組みが進展したのだ、気持ちが昂るのだろう。
俺たちとしても目標が一つはっきりした。迷宮の支配者を見つける。そして異形神がこの世界に介入するのを阻止すれば帝都は解放される、そんな希望が見えた。迷宮を攻略すれば行方不明の皇帝についても何か分かるはずだ、きっと。
尚、異形神に関する部分は当面口外しないことになった。まだ証拠があるわけでもなく混乱を招くのと、奴らの信奉者がどこに潜んでいるか分からないからだそうだ。
「とんでもねえ難物を相手にすることになっちまったな」
ガロが渋い顔をして言う。そりゃまあ神と呼ばれるものが敵と言われればね。
この異形神という奴ら、何度か騒ぎを起こしているけどまだまだ謎が多い。確かなのはこちらの世界に並々ならぬ興味と野心を持っているということか。
話しながら仮皇宮を出口に向かう。そこに兵士から呼び止める声がかかった。
「ウィルという者は君か?」
「俺がそうですけど」
「面会を求めるお方がいる。同行してもらえるか?」
「はぁ……」
「私たちは先に行っていますね」
マリアンたちはそのまま進み、俺一人だけ奥へ案内される。そこは警護も固く明らかに要人が住まう場所に思えた。
「皇后陛下、お連れいたしました」
「ご苦労様です」
初老ぐらいの貴婦人がいる。皇后と呼んだのか、つまり皇太子の母親?
「皇后のマティルダと言います。我が子エドウィンから貴方の話を聞きました、エレア王子とそっくりな若者がいると」
「は、はい」
「もっと近くへ、私にもお顔を見せてください」
言われておずおずと歩み寄る。……落ち着いた気品のある女性だな。言われてみればエドウィン皇太子と似ている点があるかもしれない。
「固くならずともよろしいですよ。どうも貴方は他人という気がしません、その顔のおかげでしょうか」
「えっと、恐れ多いです」
マティルダ皇后はしばらく俺を観察していた。その表情には何と言うか、喜びや哀しみがない交ぜになったような、言葉にしがたい感情がにじんでいる。
「本当に……よく似ています」
「はぁ……」
「お若いのに危険な冒険をしていると聞きました。そんな貴方にこういうことを言うのは酷ですが、どうかエドウィンの助けになってあげてください」
「自分にできることでしたら」
「そして、貴方ご自身もどうか無事で帰還してくださいね」
***
エドウィンはホセを伴って私室に入った。執務室とは分けてあるのだが、持ち込まれた書類が机に積まれ脱いだ衣類もそのままになっていた。
「やれやれ、エドウィン」
「お恥ずかしいです先生。どうにも片付かないのです……」
「父に似てきたかな」
エドウィンの父、皇帝オズワルド。その比較にエドウィンはかすかに眉を動かした。
「先生、彼らと会ってみていかがでした?」
「中々腕の立つ冒険者たちだ。危ういところもあるが期待できる」
ホセの率直な感想だった。正直に言えば実力で並ぶ者なら探せば他に見つかるだろう。経験ならば上を行く者は多い。それでも可能性という点に光るものを感じた。
「特にあのウィルという少年には驚いた」
「何かある少年だとは思っていましたが、古代のアーティファクトまで持っていたとは」
ウィルが迷宮の一部を破った短剣『ドリームズ・エンド』。伝承では異形神の魔法を破るため造られたというが、誰がどのように造り出したかは謎に包まれ、また所在も分からないままだった。
「エレアにそっくりなことといい運命的なものを感じます」
「運命か……」
ホセの考えはいささか違った。運命というより作為的なものすら感じる。そしてウィルの容貌だが、エレア王子よりむしろエドウィンにより近いと思った。だが敢えて語りはしなかった。
「いずれにしろウィルは迷宮攻略の鍵となりうる」
「流れが変わりつつある。そんな気がします」
「だがエドウィン、今日私が話したことで気付いているかね?」
ホセの問いかけにエドウィンの表情が一瞬陰りを見せる。
「私も直に迷宮を見て確信が強まった。迷宮が踏破されれば、その秘密が明らかになれば、その時は帝国が傾く恐れもある」
「……理解しています。覚悟も」
「そうか。ならばいいが」
これから迷宮探索は新たな段階に進む。それは同時にエドウィンにとって覚悟の問われる時だとホセは考える。
「先生は今後いかがされますか?」
「そうだねえ……」
窓の外を見る。仮皇宮を出たマリアンたちの姿がまだ見えていた。