第41話 真名
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆賢者ホセの手掛かりを探す。
◆第四層ドワーフ地下要塞を探索する。
“アーティファクト”といえば曰くつきの不思議な遺物を指すことが多い。ある物は神話や伝承に語られる神々の遺産。またあるものは王家伝来の武具、魔術師の魔道具など様々である。
有名な例では数百年前に魔王が手に入れたという『夜の杖』、世界を闇に包もうとした恐るべき魔道具。その闇を祓ったのが勇者の『光の剣』で魔王の野望は打ち砕かれた。
いずれも伝説的な遺物、冒険者が求めてやまない幻の逸品だ。所有すれば強大な力を得るだけでなくある種のステータスにまでなる。
この古ぼけた短剣がそんな貴重品の一つだなんて、俄かには信じられないが……。
「刃の部分に小さく文字が刻まれているだろう。神代の文字で『ドリームズ・エンド』と書かれている」
「……夢の終わり?」
「私の推測が正しければ状況を打破できるかもしれない。君たち、帰還の魔法は使えるのだね?」
「巻物があるぜ」
「よし。ウィル君、この短剣を握り精神を集中しなさい。そして唱えるのだ、『ドリームズ・エンド』と」
「えぇ?」
「まだなのー!?」
背後ではアイリーンが敵を防いでいるところだ。迷っている時間はないか。
こういう時は“潜行”のために精神修行を繰り返してきたことが役に立つ。手の延長、体の一部と思え。短剣がいつも以上に手に馴染んでくる。
「……『ドリームズ・エンド』!」
短剣が光った。放しそうになる手を握り直し、そこで起きた変化に目を見張る。
形が変わっている。古ぼけた平凡な外見だった短剣が鋭さと美しさ、そして歪さの同居した意匠に様変わりしていた。
「真名が解放され本当の姿を現したのさ」
「これが俺の……」
「時間がない、そいつで地面を力いっぱい突き刺すのだ」
「わ、分かりました」
短剣を逆手に、両手で力を込めて……振り下ろす!
地面を突いた瞬間、七色の光があふれ出た。それと同時に周囲の景色が激変する。
「何が起きてやがる!?」
石と機械で整然としていたドワーフ要塞が塗り替えられていく。代わりに現れたのは古びた石造りの壁、第三層の地下水道と似た様式の空間だった。
「場所が変わった……?」
「賢者さん何が起きたの?」
「迷宮の魔法を破ったのだ。一時的なものだがドワーフ要塞の特性もここでは無効だ。急いで帰還の巻物を使いたまえ」
――私は帝国軍を率いてカタス・ギル城を攻めた。父の命令でもあったが、私自身も彼らを打倒する強い意志を持って戦いに臨んだ。
ドワーフたちの抵抗は激しく、表層の城郭を攻略する頃には多くの戦死者を出してしまった。恐るべきは彼らの団結力だ。
「アイリーン戻れ、帰還する!」
「わかったー!」
ドワーフたちは地下に広大な本拠地を持っている。それを滅ぼさない限り勝利ではない。だが地下に張り巡らされた迷路は極めて難解で、何度も兵を突入させるが戻る者はわずかだった。
「ちょちょちょっと、おっきいのが起き上がってくる!」
「俺が抑える、ウィルは巻物使え!」
ドワーフのガーディアンが起き上がる。あれこそ我が兵士たちを殺戮した恐るべき兵器。だがそれだけではない、屈強なドワーフ兵士たちの国を守る強い意志がこの要塞を支えているのだ。
私はドワーフの捕虜を引き出させ、要塞の秘密を吐かせようと脅した。だが彼らは頑として口を割らない。その瞳が同胞を裏切らないと語っている。諦めた私は彼らを解放し、要塞を封鎖するに留めて軍を引き上げた。その決定が父を怒らせるだろうことは想像できたが……。
「ウィル君!?」
「はっ」
肩を揺さぶられて気が付いた。俺はウィル、ここは要塞だ。今確かに誰かの記憶が流れ込んで意識が飛んでいた。
「危ない!」
声がした。アイリーン。同時にどこかで聞いた炸裂音が響くと、少し遅れて温かい液体が俺の頬にかかった。
「アイリーン?」
俺に覆いかぶさるようにして立つアイリーン。その口から血が漏れ出す。撃たれたのか?
直後、戻ったガロが俺やアイリーンをまとめて引っ張る。
「何やってんだウィル!?」
「いいから飛ぶよ!」
セレナさんの手に巻物、辺りが光に包まれる。帰還の巻物が発動し俺たちは空間を越えた。
***
ギルドハウスは沈黙に包まれていた。帰還を果たしたが達成感はない。
アイリーンが重傷を負った。帰還する直前に俺を庇ったせいだ。こちらに来てからセレナさんが応急処置をしたものの、誰が見ても厳しい状況だった。
「世話が焼けるぜ」
ガロは牙をぎりぎり言わせながら定期的に悪態をつく。俺はというと頬が痛い。戻ってからすぐガロに思い切り殴られた。あれは言い訳のしようがない完全に俺のミスだ。
「恐らくアーティファクトの副作用だったのだろう」
卓上の頭蓋骨、賢者ホセがフォローしてくれたけど今の俺には慰めにならない。
彼女は胸を貫かれていた。傷つけたのはドワーフスケルトンの飛び道具だろう。マリアンがすぐに専門の治療師を呼んでくれて、今は奥の部屋で治療中だ。待つことしかできない焦燥感、この事態を招いた悔しさに俺は腹の底が煮え返る想いだ。
「ウィルさん……」
ドアの開く音がして奥から治療師が姿を見せる。
「どうでしたか?」
「……」
駆け寄る俺たちに対して治療師は重々しく首を振った。
「残念ですが間に合いませんでした」
……治療師の言葉が頭の中でで反響し、体が水の底へ引き込まれるように重くなるのを感じた。