第37話 機械仕掛けの深淵②
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆賢者ホセの手掛かりを探す。
◆第四層ドワーフ地下要塞を探索する。
夢で出会った謎の少女「メア」。敵意は見られなかったがどう考えても異質だ。周囲を信用するなとか助言めいたことを言っていたが、彼女自身が何より怪しい。
信じるとか信じないとか正直分からない。それよりも明確な疑問がある。どうして俺なんだ?
この帝都地下迷宮における俺の意味とは。俺は何者なんだ?
ドワーフの地下要塞に進入して二日目。変化のない景色を延々と歩き続け地図を埋め続ける時間。
「ここは前に来たんじゃない?」
セレナさんが通路の装飾を指さした。そこに俺が付けた目印がある。
「戻ってきたの?」
「ちょっと待って、現在地を確認してみよう」
目印や通路、曲がり角などを照合して地図上の位置を確認。すると俄かに頭痛がしてきた。
「……分からなくなった」
「え」
「地図を描き間違えたかも」
「おいおい頼むぜ」
なんてこった、もう一度周囲の確認からやり直しだ。
そんな中で別の問題が浮上する。魔物の存在だ。鎧を着たスケルトンがちらほらと現れるようになった。一体はさほど脅威じゃないけど集中力が削がれて余計迷いそうになる。
「片付けたぜ」
「体形と装備から見てドワーフの兵士かな」
「死後も要塞を守ってるのね」
それを迷宮が再現しているということか。まさに堅固だドワーフ地下要塞。
地図を描き直し、敵を退け、手掛かりを探す。徒労感の中で二日目は終了した。
「気にしないでウィル君、こういうものなんでしょ?」
気を遣われながら一夜を明かし、目が覚めて三日目。俺たちは更なる衝撃を受ける。
「……また何か違う」
「コイツは何か変だぞ」
描き直した地図まで役に立たなくなっていた。さすがにおかしいと思い足を止めて周囲を観察する。するとガロの耳が何かに反応した。
「……遠くで物の動く音がする。石のような重い音だ」
現場に向かい音の発生源を探る。根気強く状況を見守っていると、突然迷路の壁が動き出した。
「まさか迷路が動いてる?」
「構造が変わる迷路ってわけか」
それなら地図を描いても間違いが起こるわけだ。
「これがドワーフ要塞の難関たる所以ということかな」
「観察を続ければパターン掴めるかもしれねえけど、かなり時間がかかるぞ」
「食料も限りがあるし、一旦切り上げた方がいんじゃない?」
こうして最初の要塞侵入は壁に突き当たった。だけど仕組みが一つ分かっただけでも収穫だ、次はそれを念頭に対策を練ればいい。
「引き上げよう。帰還の巻物を」
皆で集まって巻物を解き放つ。……そのはずなんだけど反応がおかしい。
「あれ、どうしたの?」
「巻物が、魔法が発動しない」
正確には発動しているけど途中で止まっている感じか。
「何これ、他の巻物は?」
「こっちもダメだ」
「え……」
急速に嫌な空気が立ち込めてくる。そこにセレナさんが手を上げた。
「セレナさんどうぞ」
「思ったんだけど、ドワーフってエルフと長い争いの歴史があるの」
「うん」
「エルフといえば魔法が得意なんだけど、この迷路はその魔法対策がしてあるんじゃないかな」
「つまり、魔法が使えない?」
「魔法は今までも使えてる。多分、空間転移系の魔法を阻害してるんじゃないかな」
確かに、どんな関門を造ろうとも魔法で飛び越えられちゃ意味がない。そのための対策も含めた防衛機構ということか。
「……これがドワーフ要塞の難関たる所以」
「賢者が死んだのもコイツが原因かもな」
生存率の低い理由が分かった。奥へ踏み込むほど脱出できなくなる構造。俺たちはドワーフ族の叡智に捕らわれてしまったのか。
「どどど、どうしよう。てゆーか巻物使ったことになるの? 高いものなのに今ので台無しになったりする?」
「セレナ落ち着こー」
目に見えて青ざめてるセレナさん。多分俺も同じ顔色をしてる。そんな中アイリーンはいつもどおり落ち着いてるな。最近の若い子ってこういうものなの?
「とりあえずご飯たべない?」
アイリーンの提案で俺たちは急遽飯を食べることになった。この頃には乾いた非常食がメインだけど、手を動かし腹に入れていくと心も落ち着くもんだな。
「思ったんだけど、この迷路をドワーフたちはどう行き来してたんだろう?」
「確かにねえ。敵を阻むにしてもやり過ぎよ」
その辺りもドワーフがひた隠しにする秘密ということか。でも今は解読してる時間もヒントもない。
「選択肢は限られる」
「入口に戻るか、出口に邁進するかだな」
戻る場合ある程度の地図があるため脱出できる可能性はある。一方で出口、つまりゴールを探すのはリスクが高い。そもそもこの迷路に明確なゴールがあるのかすら分からないのだから。
「俺は引き返すべきだと思う」
「そうだね、無理しない方が」
「待て、静かにしろ」
急にガロが指を立て周囲に耳を澄まし始めた。
「大勢の足音が近づいて来る」
ドワーフのスケルトンか。今までにない数、それだけ深みに入り込んでたということか?
「来るぞ!」
曲がり角から現れた、手に様々な武器を持って襲い掛かってくる。
先頭を切ったのはガロ、スケルトンの顔面に盾を叩き込み崩れた所に斧を振り下ろす。一撃、スケルトンは鎧ごと砕かれバラバラに。
続いてセレナさん、火炎魔法を放ってガロを援護、スケルトンたちを寄せ付けない。そうして時間ができた間にアイリーンが魔力を貯めて一気に放つ。激しい光がスケルトンを包み込むと瞬く間に灰と化した。
俺は後ろで待機。戦闘力のない身は辛い。でもその間に“潜行”で周囲を探っておいた。今なら敵が集結する前に安全な場所へ抜けることができる。
「皆、こっちだ!」
敵を一掃して離脱。囲まれる前に逃げろ。
……危険は脱したが安心できない。今後次々と襲撃を受けながら脱出することになるのか。
「しんど……」
「なんとかしねえと。地図もっかい見せろ」
「でもさっきのでまた現在地が分からなくなった」
状況は悪化する一方。アイリーンなんか俺の目の前で船をこぎだしてるし。
「アイリーン、少し休んだら?」
「え。――ああ今ちょっと神様の言葉を聞いてたの」
「……そうなの。何て言ってた?」
「道を教えてくれるって」
マジなんでしょうか。
「んなことで道が分かったら苦労しねえよ」
「待って、もっと感度上げるから」
そう言うとアイリーンはスッと脱力、目は虚ろになり口もぽっかり開いた聖女。
「……この先を右」
ふらふら歩き始めた、転ばないよう手を引いてあげる。
「おいおい行かせるのかよ?」
「うーん、でもアイリーンの魔力とか実際すごいし、お告げもあり得るかも?」
「神様、早くしろ、言ってる」
しばらく付いて行くとその足が急に止まった。
「敵、いる、ここで待つ」
「……確かにスケルトンの足音がするぜ」
身を潜めて待っていると、曲がり角の向こうからスケルトンの団体がやってきた。こちらには気付かず走り抜けていく。
「……もういいってさ」
「これは……」
確かかも。涎垂れてきてるけどマジ聖女。
おかげでしばらくの間は敵に遭遇することなく進むことができ、やがて周囲の気配が変わってくる。
「反響音が違う。近くに広い空間があるな」
「……神様もぉ、そろそろだってえ」
「そろそろって、俺たちが近づいてるのはいったい」
「へあ、待って」
アイリーンがキョロキョロするのと同時にガロの表情が険しくなった。
「マズイな、複数の方向から足音だ」
音は徐々に大きく数を増していき取り囲まれようとしている。どうやらドワーフの深淵はここからが本番、ということらしい。