第36話 機械仕掛けの深淵①
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆賢者ホセの手掛かりを探す。
◆第四層ドワーフ地下要塞を探索する。
目的の地下要塞だが、すでに入口も見つかってるため侵入するのは難しくない。問題はその中身で、最深部を見た者は生きて還れないとの噂だ。
「生還しねえなら誰が言ってんだよ」
「噂ってそういうものだから」
「あっ見えてきた!」
古城の深部まで達するとその入口はあった。正直なところ俺もここに来るのは初めてだ。
雄大にして無骨な門が堂々と待ち構えていた。表面は本来金色らしいが時を経て鈍く輝いている。これはドワーフ族が造る特殊な合金で、強くて柔軟ときている。古城にある遺物は粗方むしり取られてしまった中この門だけは悠然と佇んでいた。
「開くぞ」
扉は分厚く重いが鍵は破壊されて久しい。これを押し開けるとちょっとカビ臭い空気が漏れてきた。
「……深そうね」
「トイレとかどーしよ」
「そのへんでしろ」
「行くよ」
この地下要塞は長大な迷路になっていて、そのうえ危険な罠が無数に仕掛けられているという。第三層と同じく俺の働きが鍵になる。
――“潜行”。早速内部に意識を巡らして迷路の構造と罠の存在を感知。……おいおい、そこらじゅうにあるな。
「俺の後に続いてくれ」
先頭を切って迷路を進む。床のスイッチはけして踏まない。壁にみだりに触らない。怪しいものは動かさない。それを徹底させながら進む。
「ねーウィル。罠が発動したらどうなるのか気になる」
「絶対触んないでって言ってるよね?」
「軽い罠でいいから見物しちゃダメ?」
うーんこの人、好奇心猫が死ぬ。
「ウィル君、今のうちに実物の罠を見てもらうのも良いんじゃない?」
「……まあ確かに。俺もドワーフの仕掛けには詳しいってほどじゃないし」
比較的安全そうな罠で実践してみようか。
「これは床のスイッチを踏むと壁の穴から何かが飛び出す仕掛けだ」
「おー」
「毛布を丸めて投げる、下がってて」
包んだ毛布をせーので投げた。スイッチが入ると壁の中でかすかな機械音がする。音で気付きにくい精巧な仕掛けだな。
そして作動、壁のあちこちから槍か弓矢か――いや、光線が走り毛布に突き刺さる。
「こいつは!?」
思ってたのと違う!? 熱線の集中攻撃で毛布は丸焦げになってしまった。……これがドワーフの技術、魔法と機械を組み合わせた高度な仕掛けだ。俺たちはそれを声もなく見届けるのだった。
「……ヤバ」
「ひえぇ……」
「コイツは帝国の軍隊も諦めるわけだぜ」
皆が眉をしかめる中でアイリーンだけは目を輝かせてる。
「すっごい、ドワーフってこんな仕掛けも作れるの!?」
ずっと大聖堂に押し込められてた彼女からすれば、外の世界や迷宮は驚きの連続なのかもしれないな。感心してるところ悪いけど仕掛けは解除なり破壊なりしておこう。
「ところで迷路の出口には何があるのかな。ドワーフが出てきたりして」
「あるいは五層に下りれるかも」
「いずれにしろ危険地帯に見合う宝の一つや二つねえと割りに合わねえぜ」
なまじこの迷宮には法則性がないから読みにくい。普通、迷宮というのは侵入者を阻むことが目的だろうけどここは何か違う。言葉にしにくいけど違和感を感じるんだよな。
しばらく進むと行き止まりに突き当たった。“潜行”してある程度は道順を把握できても広範囲まではカバーできないし、あまり連続で“潜行”すると神経が参ってしまう。
「別の道を当たるか」
「賢者はこんな迷路のどこで死んでるやら。ここまでさせといて手掛かりなしとか、やめてほしいぜ」
悪態をつきつつも地図を作り、罠の位置や目印になる事物など書き込んでいく。時間が経つにつれ地図は大きく、俺たちは深く入り込んでいく。
「死体だ」
「完全に白骨化してやがるな」
道中でこういったものも見つかる。遺体にはどこかの私設ギルドのメンバーを示す記章があった。
「賢者ではないか……」
「回収できるものは回収していってやろうぜ」
迷宮の中では昼夜の感覚がなくなるので、腹具合など見ながら行動を決めることもある。セレナさんは照明魔法などで地味に消耗しているし、俺も神経を削ってきた。よって今日はここらで野営することに。
……まあ俺の毛布は罠で焼けたんですけど。
「ウィル~一緒に寝る?」
アイリーンが俺を手招きする。それでいいのか聖女さん。いや、この呼び方は好きじゃないんだったか。
「ダメダメ、青少年の何かが良くないからダメ!」
「でもさセレナ、あたしのせいでウィルの毛布焼けちゃったんだし」
「う~~ん」
石と金属の要塞内は底冷えするから毛布なしはキツイんだけど、これはいいのでしょうか?
……結局押されてアイリーンと毛布にくるまってしまった。ガロは「ガキだしいいだろ」なんて言ったけど、それはそれでモヤっとする。
アイリーンに対しては背中を向けて寝た。余計なことを考えないよう、それと他人の夢を見ないよう念じつつ、疲れが俺を眠りに誘っていく……。
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……ここは何処だ? 薄暗い場所で目を覚ました。確かドワーフの要塞に入って……。
「お兄ちゃん、おはよう」
「!?」
急に声を掛けられ飛び退いてしまった。振り返ると見覚えのある女の子がいる。
「な、なんなんだ!?」
「怖がらないで、ここは安全な場所だから」
「君は誰だ、確か前に一度……」
「私はメア、今遠くからお兄ちゃんの夢に語りかけてるの」
「夢に?」
普通じゃないのはすぐ分かるけど言ってることが突飛過ぎる。今まで幾度も他人の夢を垣間見てきたけど、その逆は初めてだ。この子の言ってることが本当ならばだが。
「それよりお兄ちゃん、この迷路は危ないからこれ以上進まない方が良いよ」
「……危険は承知の上だよ、やらなきゃいけないことなんだ」
「私はお兄ちゃんに傷ついてほしくないから言ってるの」
「どうしてそんなことを?」
「お兄ちゃんのこと、何だかとても気になるから」
このメアという少女、幼女と言ってもいいぐらいか、敵意はないようだけど怪しい。俺は探るように言葉を選ぶ。
「遠くから語りかけてると言ったけど、君は何者でどこにいるんだい?」
「それは言えない。誰かに聞かれちゃうから」
「秘密なわけか」
「うん。でもお兄ちゃんなら教えてもいいよ」
……メアの目が俺を真っすぐ見ている、飲み込まれそうな不思議な瞳だ。そして彼女の手が伸びる。俺はついその手を取りそうになり……。
パチッ! 触れようとしたメアの手が火花とともに弾かれた。
「痛っ」
「メア!?」
「……邪魔する人がいるみたいね」
メアの可愛らしい目が一瞬冷酷に鋭くなるのを俺は見た。
「お兄ちゃん、今夜は帰るね。忠告しておくけど、周りの人たちをあまり信用しない方が良いよ」
「どういう意味だい?」
「そのうち分かるわ」
メアの体がふわりと浮いて遠ざかる。追いかけようとした俺の手を誰かが引っ張る感じがした。見る見るうちに少女の姿が小さくなり、やがて消えてしまった。
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「すぴー」
「……」
寝相の悪いアイリーンのおかげで目が覚めた。
「メア……」
夢に見た少女の名前を口にしてみる。最初に見たのはファントムミラーの幻の中。あれはただの幻覚ではなかったんだ。彼女の話したことを思い出しつつ、アイリーンのとぼけた寝顔を眺める。
守ってくれたのかな。まさかと思いつつ、まだ少し時間があるようなので二度寝を決め込むことにした。