第35話 メイキュウガニ④
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆賢者ホセの手掛かりを探す。
◆第四層ドワーフ地下要塞を探索する。
「酷い有様だのう」
戻った俺たちにポスレスウェイト博士はちょっと呆れ顔だった。
「とにかく魔物は退治したから」
「うむ、アレを倒すとは大したものだ」
「あぁ酷い、どこかで体洗わない?」
ホント、蟹のいない水場で頭から水をかぶりたいとこだ。
そんな俺たちに博士からまだ話があるようだった。
「お前さんたち、汚れついでにワシの調査に立ち会わないか?」
横たわる巨大メイキュウガニの死骸。それをボルスルウェイトは巻き尺でサイズを計っていく。
「44フィートというところか。これほど大物となるには普通三十年以上かかる」
「三十年? でもこの迷宮は」
「そう、せいぜい七年前に出現したものだ」
「じゃあ外から入り込んだのかな」
「そうでもない。この“メイキュウ”という名は我が先祖が付けたものだが、地下迷宮にしか生息しない固有種なのだ」
へえ、そこまで限定的な種だったとは知らなかった。
「ならどうしてこんな巨大に?」
「そこだが、魔物たちは魔力を得ることで成長が促進される性質を持つ。この迷宮が魔物たちを育み、数を殖やしているのだろう」
「それで際限なく湧き出してくるわけか」
「しかしこれほど急成長させる迷宮は初めてだ。それだけ強力な魔法で造られているに違いない」
さすが学者、迷宮の謎の一旦が見えた気がする。
「じゃあ迷宮で魔物を養殖したら大儲けできるのかな?」
「セレナ、どうして誰もやらないか考えろっての」
確かに、魔物が制御できなくなって失敗する未来が見える。
「ハッハッハッ、実際にやろうとした奴はいるさ」
「ホントなの博士?」
「だが周囲の住民が不安がってな、徒党を組んで潰してしまった」
「おぉぅ……」
これが人類か。
「どれ、味も見ておこう」
「おい博士、生で大丈夫かよ」
「あたしもあたしも」
「アイリーンはステイしてろ」
「ウボェェェェッ、魔力の風味がえぐい!」
どうやら大型化する過程で魔力を貯め込み食用に向かなくなったようだ。養殖の夢も泡となって消え……まあ食用がダメでも素材としては良いものだ。こいつを使ってまた薬が作られたり、甲殻で鎧を作る人が出るんだろう。
「博士よう、魔法で造られた迷宮とは言うがいったい何者が造ったんだ?」
ガロの突っ込んだ質問。それが分かれば苦労はないだろうけど、ポスルスヘイトは少し考えて返答する。
「そうさな、規模から言って人間種にできることではない。500年生きたエルフの魔法使いならば可能かもしれんが」
「500年って帝国建国より前かよ」
「魔王の時代より前かもね」
「だがそれも現状を見た上での考察だ。迷宮が更に深部へ続くことを考えると、答えを出すにはまだ早い」
深部……ベッシの考察では十階層に至るとも言われる迷宮だ。五百年もののエルフ以上にヤバい存在がいるとしたら何者か。皇帝の亡霊説、魔王復活説など色々囁かれてはいるが果たして……。
「それはそうとして。<クラブアーマー>に払う予定だった報酬を半分、お前さんたちに支払おう」
「通りすがりなのにいいんですか?」
「危険に見合った報酬だ、受け取ってくれ」
「そのことなんだが……」
声を掛けてきたのは<クラブアーマー>のメンバーだ。
「俺たちの報酬も受け取って構わない。代わりにこのメイキュウガニを譲ってくれないか?」
「それはいいですけど、先を急ぐし」
「ありがとう、コイツを素材にして我らは更に強くなるぞ!」
喜ぶ<クラブアーマー>の面々。何故そこまで蟹の甲殻に拘るのかは分からないが、彼らもまた迷宮に魅了された人々なのかもしれない。
***
ポスルスウェイト博士たちと別れた俺たちは、少し場所を変え適当な水場で体を洗うことにする。
「あー早くすっきりしたい」
「アイリーンここで脱いじゃダメ! 男はあっち!」
セレナさんに押しやられ二手に分かれる俺たち。
「しっかしセレナよ」
「なあにガロ?」
「博士の話どう思うよ、この迷宮が500歳のエルフが造るレベルって話」
「分かんないよ、私だってそんな歳のエルフに会ったことないし」
精霊種は寿命が長いけど、それでもエルフで500年、ドワーフが300年辺りで限界と聞く。更に長命となると魔族が千年とかなんとか。
「今のエルフ王が400歳ぐらいじゃないかな。それより上の世代は度重なった戦争で希少だと思うよ」
「そういうもんか。まあ仮にエルフだとして、帝都の地下で何やってるのか謎だが」
「それもそうだ」
結局、全ての謎を解き明かすには最下層まで攻略するしかないのかな。いったい何年先になるか、生きてたどり着けるのか。……いや、俺はマリアンに生きて帰ると約束したんだから前向きにしてろ。
やがて俺たちは第四層に至る。第三層までは<クラブアーマー>が露払いになっていたため楽に到達できたが。
「うわー、本当に地下にお城があるんだ」
アイリーンの初見らしい反応。だがここからが本命、ドワーフ地下要塞は俺たちだって未知の領域だ。そこに挑み賢者ホセの手掛かりを掴む。<ナイトシーカー>にとって初めての大仕事の始まりだ。