第34話 メイキュウガニ③
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆賢者ホセの手掛かりを探す。
◆第四層ドワーフ地下要塞を探索する。
「おいおい、何だこりゃ?」
三層も終わりに近づいた頃、ボロボロになった冒険者パーティーと遭遇した。その様はまさに敗残兵といった有様だ。
「き、気をつけろ、この先に巨大なメイキュウガニが……」
「前にもあったなこんなこと」
あの蟹め討伐もされずに同じ場所を縄張りにしていたか。
「その鎧、あんたら<クラブアーマー>か?」
「えっ、この人たちが?」
私設ギルドの中でも特異な存在、蟹の魔物を素材にして戦うという集団だ。それが巨大メイキュウガニに挑み敗北したようだった。
「くそっ、蟹の専門家である我々が負けるとは……」
「小さい方の蟹が負けたってことだな」
「ガロ……」
「お前さんたち、この先に行きたいのか?」
一人装いの違う中年男がいた。冒険者というより学者肌の風貌、武器でなく本を携えた風変わりな人物。
「オッサン何者だ?」
「ワシはポスルスウェイトという者だ」
「ポ、ポスポスウェイト?」
「ポスルスウェイトだ。ポスルスウェイト博士と呼んでも良いぞ」
どこかで聞いたことのある名前、確か<冒険者ギルド>を設立した人物の名前じゃなかったか?
「まさか冒険貴族の」
「知っておるか。ポスルスウェイト伯爵、その傍系だが子孫だ」
「伝説の冒険者の子孫……!」
「まあワシは研究者で、ギルドの方は本家が仕切っておる」
こんなところで意外な人物と出会うものだ。いやこんな場所だからか?
「迷宮や魔物を調べているが、あいにく腕自慢とは言えなくてな。だから<クラブアーマー>を雇ったのだが返り討ちだ」
「怪我人を治療しましょうか?」
「それは大丈夫だ、応急手当はしてある。お前さんたちも無理せず迂回すると良い」
ポスラスウェイトの忠告に俺たちは視線を交わす。
「今から迂回すると数時間歩くことになる」
「でも前の捜索と違って急ぐわけじゃないしね」
ただポスレスエイトは忠告に留まらず革袋を一つ取り出した。
「自信があるなら奴を倒してみると良い。<クラブアーマー>に渡すつもりだった成功報酬を分けてやるぞ」
「ウィル君、考えがあるって言ってたよね?」
うわぁセレナさん目の色が変わった……。でもまあ、あの巨大な怪物をこのまま放置するのは危険だし。
「考えはある。上手くすれば退治できると思うけど、まず皆にも敵を確認してほしいかな」
「んじゃ一つ仕掛けてみるか」
怪物に対峙する。俺たちは慎重に奥へ進んでいった。
「うわー、武器が散乱してるよ」
アイリーンの言う通り惨憺たる敗北だ。死体は見当たらないが生還したのか水中に引き込まれたのか。
「それで蟹は?」
「おそらく……」
近くの水場で水が波打ちだした。やはり来た。巨大な塊が浮上して俺たちに姿を見せる。
「でっっっか!」
「おっきすぎでしょ!」
ガロとアイリーンがさすがに驚く。30フィートを優に超えるかという超巨大な。
「あれ、大きくない?」
「ちょっと待って前より大きい」
「はぁっ!?」
記憶より一回りか二回り大きい。そして前脚のハサミ。片方が小さく不釣り合いだ。
「とにかく逃げろ!」
狂暴なハサミが振り下ろされ床の石を砕く。俺たちは一目散に逃げ出して元いた場所まで引き返した。
「ハァ……ハァ……」
「おいウィル、前よりデカいってマジで言ってるのか?」
「ハサミも違ったし、別の個体かもしれない」
「あんなのが他にもいるのかよ」
だとしたらこの階層は危険が増してることになるな。困る。
「いや、メイキュウガニでもあんな巨体はそうそういない」
意見を挟んだのはポスルズウェートだ。
「ウィルといったか。君が遭遇した個体が脱皮し成長した可能性もあるということだ」
「でもあの蟹、ハサミの大きさが左右で違ったんですよ。前はそんなことなかった」
「蟹は自ら脚を捨てることもある。そして脱皮すると失われた部位が再生するのだ」
そういう生態なのか。あの時は折れた剣の破片が奴の前脚に食い込んでいたが、俺のせいで傷が深まったか。その脚を切り捨てて再生したのがあの姿……。
「博士しつもーん」
「何だね神官っぽい子?」
「あの蟹って美味しいの?」
「美味いぞ」
美味いんだ。今は役に立つ情報じゃないけど。
「いずれにしろ更に手強くなったってことだろ。ウィル、本当に何とかなるのか?」
「大丈夫、皆の力を貸してほしい」
ここは自信を持って断言する。このメンバーなら可能だ。
「特にアイリーンが鍵になる」
「あたし?」
準備はできた。立ちはだかる巨大メイキュウガニを打倒する。
「まずセレナさんは魔法で牽制して」
「了解」
駆け込んだセレナさんが火炎魔法を速射する。ここは威力より速度優先で敵の気を散らす。
これをメイキュウガニは小さいハサミで防ぎにかかった。大小のハサミを剣と盾のように器用に扱うな。
そのままメイキュウガニは反撃に転じる。近づいたセレナさんへ攻撃用のハサミを繰り出すが、ここにガロが飛び込んだ。
「おりゃあ!」
ガロは大きな石材を抱えてハサミに放り込んだ。ガリッと鈍い音がしてハサミが止まる。
これで攻撃の手は封じた。……と思ったのだが、前以上に凶悪となったハサミは石をミシミシと圧する。
「砕かれるぞ!」
「もう少し頑張れ!」
ここで俺も走り込み手にした縄を投げつける。狙いはもう一方のハサミ、これに引っかけて全体重をかける。
メイキュウガニの動きが数秒止まった。
「アイリーン!」
「ハーイ!」
満を持してアイリーンが走る。手にした杖にはすでに魔力が充填済みだ。これをメイキュウガニの口に突っ込むとそのまま魔法を発動した。
「シールドウォール!」
瞬間、メイキュウガニの口から光が零れた。その輝きは急速に増し、ほどなく生々しい破裂音が下水道に響き渡った。
「えっぐ……」
ガロがドン引き。巨大なメイキュウガニは内側から破裂し、グロテスクで良い子に見せられない光景が広がっている。それほど強烈な一撃だった。
一撃というが別に攻撃魔法ではない、前にファントムミラーを粉砕した防御壁だ。アイリーンの膨大な魔力は防御壁すら物質の領域に達して岩をも砕く。これを敵の体内で展開すればどうなるか、結果はすさまじいことになった。
「蟹臭い……」
俺たちは蟹の体液やらハラワタまみれで、我ながら今回限りにしたい戦法だった。勝利したのに喜びは小さく、戦いの虚しさを分からせてくれるような、そんな結末だった。