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第31話 鏡像

目的

◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。

◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。

◆賢者ホセの手掛かりを探す。

◆亡くなった冒険者の残した地図を解読する。

 部屋を調べて分かったのは死んだ冒険者が<冒険者ギルド>に登録していること。後で問い合わせれば身元は分かるだろう。


 今はセレナさんとガロが書き置きに描かれた地図を、それこそ穴が開きそうなくらいにらんでいる。


「暗号とかの難しいものじゃなさそうね」

「自分用のメモってところか。目印書かれてるな」


 そんな二人を尻目にアイリーンが囁く。


「ウィルは隠されたお宝なんてあると思う?」

「この部屋を見た限り、あまり稼げてる冒険者とも思えないかな。他に考えられそうなのは盗品や禁制品の隠し場所とか」

「あぁーそっち系もありえるんだ」


 だとすれば巡廻任務の範囲内だ、止めることでもないかな。


「分かったぞ!」


 ガロが地図をビシッと指さす。


「一層の地図と重なる場所がある、隠し場所はここだ!」

「よし行ってみよう!」

「……巡廻も忘れないでね」


 その後の俺たちは速足になって巡廻しつつ目的地に向かう。


「ようガロじゃねえか、新しい仲間か?」

「お、おおう奇遇だな。若い連中の案内をしててなあ」


 知り合いと会ってもそそくさと離れ。


「オ客サン、ナンカ買え、ヤスクスル」

「今急いでるの」


 闇市の小人に絡まれたり。


「あっ猫だー!」

「ダメー、それは魔物!」

「二層の魔物が上がってきてるぞ!」


 ネコモドキを追い払ったりしながら目的の区画に近づいた。


「もう少しだね」


 ウキウキで前を歩くセレナさん。角を曲がったところに鏡があって、その中の俺も思わず苦笑していた。



***



「……?」


 霧がかかったような、ぼんやり白く温かい空間に出た。ここは何処だ、俺は何をしていたっけ。つい最近にもこんなことがあった気がするな……。


「■■■■■」


 急に声、とも言えないノイズがして振り返る。そこには……なんだ?


 人の形をした異様なものが立っていた。まるで粗いモザイク画のような判別不能な存在。魔物、と考えたがこんな奴は見たことも聞いたこともない。


「■■■、■■■■■」


 また何か喋っている様子だが聞き取れない。敵意はなさそうだが俺は距離を保った。


「おかしいわね」

「……!?」


 別の方向から声がした。今度は小さな女の子が立っている。ワンピースを着てちょっと大人びた感じの少女だ。


「お兄ちゃん、どうしてこの魔法にかからないの?」

「魔法?」

「貴方の心を覗いて、一番会いたい人に会わせてあげる魔法」

「それって……」


 モザイクの謎生物を指さす。


「これのこと?」

「そう。会いたい人はいるのに上手く思い出せないみたい」

「何でそんなことが」


 分かるのか、なんて聞いている場合か。この女の子絶対に普通じゃない。


「お兄ちゃん不思議だね。この迷宮に来る人たちの中で一番気になる」

「……君はいったい」


 ひた、と女の子の小さい足がこちらへ動くので、思わず後退る。危険だ。俺の経験とか直感だの全てが逃げろと警鐘を鳴らしている。


「怖くないよお兄ちゃん、ホラ」


 差し出された手。引き込まれるような気がした。そうだ、“潜行”してこの子が何者か探れないか?


 腰の短剣に手をかける。それを見た女の子の目が見開かれた。


「どうしてそれを……」

「それって?」


 ――ビシッ。


 その時、周囲の景色がひび割れ音と共に崩れ出した。


「……」


 女の子は俺から離れ、気付けばあのモザイクの化け物も消えていた。


「また会おうね、お兄ちゃん」



***



「あ、気付いた?」


 アイリーンだ。彼女の杖が壁にかけられた鏡を粉砕している。


「鏡……ファントムミラーか!」

「ねえウィル、これなんなの?」

「こいつは鏡の魔物なんだ。人の欲しいものとか会いたい人の幻を見せて、心の隙間に入り込もうとする」


 普段は二層に潜んでる奴が一層に上がってきてたか。さっきまでの光景は全て幻。そもそも迷宮の通路にどうして鏡があるのか気付くべきだった。


「ガロとセレナさんは……」


 二人もそれぞれ鏡に見入って涎をたらしている。鏡には何か人のようなものが映っているが……。


「二人はどうなっちゃうの?」

「このままだと魂を取り込まれる」

「それってヤバいじゃん」


 すぐに鏡を割って二人を解放した。だが俺より長くかかったせいか回復が遅い。


「アイリーンは鏡を見なかったんだね」

「見たよ?」

「じゃあどうして無事なの?」

「さあ。何ともなかったけど?」


 ……神官の加護かもしれない。ともかくアイリーンがパーティーにいて助かった。


 だがまだ危機は去っていない。潜んでいたファントムミラーがふわふわと姿を現し、俺たちを取り囲もうと迫ってくる。


「くっ、数が多い!」

「う、おぇ……」

「ガロしっかり!」


 ガロとセレナさんがフラフラしていて、この数の敵をしのぐのは難しい。


「ウィル、皆と一緒に伏せて!」


 アイリーンが言うや否や何かの呪文を詠唱し始めたので、俺は二人をかばって床に伏せた。


「シールドウォール!」


 詠唱とともに光が発せられ、そして石やガラスの砕けるような音が耳を打ちまくった。


 ……キーンと痛む頭を抱え、どうにか周囲を見回すと。


「うわ」


 俺たちの周りで円状、いや半球状に通路が抉れ、ファントムミラーたちは粉々に砕かれていた。


「ふう、上手くいったみたい」


 アイリーンが勝利の笑顔を浮かべているが、俺は色々腑に落ちるのだった。

 普通、シールドウォールの魔法は薄い光が壁のようになって魔性を弾く、結界魔法の一種だ。だがアイリーンのそれはもはや物理的な力となって周囲を破壊していた。


 なんというか、彼女は魔力の塊なんだ。あらゆる魔法がアイリーンの手にかかると暴力的な効能を発揮する。そして幻惑などへの抵抗力も人並み外れているようだ。

 それが“奇跡の聖女”と呼ばれる者の力、神々の恩寵が宿っているのか。……その力で何をするつもりなのだろう。前に見た夢の内容が今も忘れられない。


 それでも俺はアイリーン対して言うべき言葉がある。


「ありがとう、助かったよ」

「フフン、どーいたしまして」




「この辺かな……」


 ようやく目的地にたどり着いたが、ガロとセレナさんに元気はない。魂を取られかけたこともあるが、調子に乗って死にかけた情けなさをひしひしと感じているようだ。第一層は安全と油断した結果でだけど俺も似たようなものだな。


「隠し部屋があるみたいだ」


 俺が仕掛けを見つけると、壁が開き秘密の空間が露わになる。


「なんだこれ、本棚?」


 そこにはけっこうな量の本、紙束、筆記用具などが積まれていた。


「隠してたのは本?」

「まさか禁書……黒魔術とか邪教崇拝じゃないだろな?」

「……別の意味で危ないものかも」


 手に取った本には『麗しの女性冒険者特集』、『紳士向け女戦士読本』、『種族別・職業別、冒険者の魅力』等々怪しいタイトルが付けられていた。


「<ライブラ>のエース、ステファニーの日常に迫る……って?」

「なんじゃこりゃあぁ!」


 セレナさんの叫びが空しく響き本が叩きつけられる。


「まさかこいつは」

「知ってるのかガロ?」

「社交界や裏社会で秘密のファンクラブが存在すると風の噂で聞いた」

「じゃあ例の冒険者はその一人……」


 装丁のしっかりした本もあれば手製の粗いものまで様々。少し読んでみると、市井での取材に留まらずパーティーに加わって観察し、果ては私生活に踏み込んだものまであった。これはちょっとやり過ぎでは……。


「挿絵まであるぜ」

「ウィル君にはまだ早いね」

「なんすかそれ」

「あっ」


 呆れながら物色しているとアイリーンが不意に声を上げる。


「あの時の幽霊が来てる」

「それって持ち主の」


 慌てて本を閉じる。アイリーンは俺たちに見えない幽霊と何やら話し始めた。


「変態幽霊はなんて言ってる?」

「本を燃やしてって」


 それが幽霊の最後の願い。愛した本を、自分でも書いてみた本や記録を、衆目にさらされぬよう抹消してほしいという願い。




 夜中、俺たちは墓守爺さんを訪ねる。記録を調べると例の冒険者はすでに埋葬されていた。死因は転落死、迷宮内のどこでどのような状況だったかは謎だが触れないでおいた。

 そして持ち込んだ本を密かに焼却処分してもらう。


「まるで焚書だのう」

「無理言ってゴメン」


 炎がひっそりと夜の闇を照らす。本の山が様々な想いを載せ燃えていく。


「セレナさん、何か隠してない?」

「……バレたか」


 セレナさんはイタズラ小僧みたいな顔しつつ本を取り出す。


「それも燃やして」

「うぅ、マニアが買いそうなのに……」

「ダメだから」


 こうして今夜一人の幽霊が天に旅立った。俺は夜空に舞い上がる煙を見上げる。落ち着いたところで鏡の中に見た幻を思い出したが、あれは何を見せたかったんだろうか。疑問は煙とともに星空へ消えていく。

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