第29話 闇の中
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆賢者ホセの手掛かりを探す。
……それでどうなったっけ?
俺は薄暗い部屋で目を覚ました。記憶が飛んでいる。ここは何処だったか、何をしていたのか。
「マリアン……? セレナさん……?」
目が慣れてきた。周囲には誰もいないが見慣れた造りや調度品が見える。ここはギルドハウス、マリアンの屋敷だ。
「ガロ……アイリーン……ベッシ……」
少し歩いてみたけど屋敷は静まり返っていた。普段なら夜でも使用人の働く姿があるのに真っ暗だ。そろそろ何かおかしいと気付く。
「……灯りを」
言いつつ手を構えるとランプが現れ火が灯る。なるほどなるほど。
「夢か」
俺にはそういう癖があった。最近やっていないが“潜行”の能力が生む副産物というか、妙な夢を見ることが多い。過去の出来事が再現されたり、他人の記憶が流れこんできたり、その中で俺は自分の思う通り動くことができた。
……そうだ思い出してきた、俺たちはギルド結成のパーティーをしていたはず。何処かで寝てしまったのか、するとコイツは誰かの夢や記憶を垣間見ているパターンかもしれない。
「また他人の心の内を見てしまうかも……」
仲間を持つ以上は覚悟していたが、前にも仕事で組んだ仲間が内心俺を嫌っていたり、その人物の悪い側面を見せつけられたりしてきた。
これを避けるため一人を好むようになったと言ってもいい。だが俺は仲間と力を合わせると決めた、腹をくくったんだ。何を見ても漏らさない、動じない、そして人間関係の向上に努力する。以上。
――コツコツ。
足音。ここに来て初めて人の気配を感じた。物陰に身を隠すと息を殺して相手を探る。
「兄様……兄様方どこですか?」
それは小さな少女だった。……マリアンに似ているけどずっと幼い。
「兄様、戻って来てください。私だけでは……」
今にも泣きだしてしまいそうなマリアン。これは彼女が未だ家族の死を引きずっている夢だろうか。無理もない、傷が癒えるには早すぎる。
「誰です?」
しまった、前に出過ぎて見つかった。
「あれ、貴方は……ウィルさん?」
「そ、そうだよ。こんばんはマリアン」
「ウィルさん、兄様を見つけてください。帰ってこないんです」
そのお願いに俺まで胸が締め付けられる。だけど表向きは優しい笑顔を保ってマリアンの手を取った。
「分かった探してみるよ。マリアンは部屋で休んでて」
「でも私……」
「大丈夫、俺に任せて」
ことさら自信ありそうな顔でマリアンを落ち着かせ、寝室まで連れていく。
……しかし真っ暗で歩くと怖いものだな。この状況でキャサリンに遭遇したら絶対ビビると思う。マリアンが俺の手を強く握るから――夢だから感触はないはず――俺もしっかり握り返してあげた。
さらに歩くと暗がりにかすかな光が見えた。部屋のドアがちょっとだけ開いて光が漏れている。ここは確かアイリーンの部屋じゃないか。
「よいですかアイリーン」
声――だがアイリーンではない。屋敷内でも聞いたことのない声だ、知らない誰かがアイリーンと会っている?
でもそういう夢、他人のプライベートだ。引き返そうとしたが、部屋から漏れる声がやけに頭に響く。
「あのウィルという少年は危険です」
なんて?
「彼の信頼を得なさい。そして隙を見て排除するのです」
――ガタッ。思わず物音を立ててしまった、気付かれたか? そもそも夢の中でバレたりするんだろうか?
かすかに軋む音でドアが開く。隙間からこちらを覗く人の目。夢なのに全身鳥肌の立つ感じがして、マリアンを抱え走り出していた。
ハァッ、ハァッ、何の話をしてたんだアイリーン。俺が何だって? 変わった人だと思ってたけど夢の中でも変だぞ。
――クチャッ、クチャッ。
嫌な音がして振り向く。廊下の隅で何か黒いものが動いて見えた。
「……ウィルさん、あ、あれは?」
「ガロなのか?」
尻尾や耳からそう判断した。俺の声に反応してこちらを向くガロ。――ピチャリとまた何かの音。目を凝らして見てみると床に何か落ちている。窓から差し込むかすかな光、照らされているのは……人の手か?
「ウィル……」
「ガロ、お前何を……?」
「見たな?」
ガロの爪が俺に伸びる。逃げろ――マリアンを連れながらじゃ無理か?
ガクンと体が傾く。痛みはない。気付けばガロは消えている。……マリアンの姿もない。
「大丈夫ウィル君?」
俺はセレナさんに後ろから抱えられるように支えられていた。助けてくれた、のかな?
「君は私が守るから」
頼もしい言葉だけどマリアンが気になる。いや、夢でのことだから現実では無事なんだけど。
「……だから君の秘密が欲しいの」
「え?」
「君には何か大事な秘密がある。それを教えてくれない?」
どういう意味。まさか俺の“潜行”のことか?
「もしかしたら、君がいれば私の目的が叶うかもしれないから」
「セレナさん……?」
「そうすれば、あのエドウィンも」
エドウィン、皇太子? 何が言いたいんだ? 皆どうしちまってるんだ!?
ガタンッと屋敷全体が揺れた。地震か。かなり大きい、屋敷が激しく軋んでる。セレナさん逃げないと、マリアンに皆も。
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「ウィル様?」
「あ……」
目の前にクロエの顔。感情に乏しい彼女が少し心配そうな表情。
「申し訳ありません、酷くうなされていたので」
「いや、助かりましたホントに」
ここはパーティー会場の大広間、俺はソファで眠っていたらしい。パーティーは楽しかったはずだけど酒でも飲んじゃったか、記憶が曖昧になっている。
「皆さん疲れて眠ってしまわれました」
確かに、ところかまわず寝ている人が多い。酒瓶がそこらに転がってだいぶ飲んでたみたいだな。マリアンも深く眠りについたままキャサリンに担がれていく。
……セレナさんやガロ、アイリーンたちも今は眠っている。それぞれに寝室へ運ばれているが、皆はどんな夢を見ていたんだろう。
「片付けは任せてウィル様もお休みください。それとお酒はまだ早いですよ」
「は、はいぃ」
クロエは準備に片付け酔っ払いの世話とテキパキこなす。俺より少し年上ぐらいだと思うけど頭が上がらないな。強くてちょっと怖いけど。
部屋に戻るとすぐにまぶたが重くなる。また怪しい夢を見ないかという恐怖はあったが、睡魔には勝てず俺は再び眠りについた。