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第27話 啓示

目的

◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。

◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。

◆賢者ホセの手掛かりを探す。

「死者の前であるぞ、静かにせんか!」


 墓守爺さんの一喝で群衆は静まり返る。見物に来た俺たちも反省。


「えぇ、オホン。この中にウィルは来ていないか?」


 次に放たれた言葉で小さなざわめきが起こる。その波は徐々に伝播して、俺は周囲の視線に囲まれることとなった。


「いるぞ」


 ガロが俺を摘まみ上げて示した。我ながら体重の軽さに複雑な気持ち。

 遠くに墓守爺さんが俺を指さすのが見える。それを受け隣の女――あれがもしや聖女か?――が走り出した。

 長い髪と法衣とあとなんかを揺らしながら女が走る。群衆が避けて道を作りさながら伝説の一幕。俺が対象という点を除けばだが。


「貴方がウィルね!」


 弾けるような声だった。ガロに下され、俺は戸惑いながら頷く。


「確かに俺がウィルだけど」

「本当に会えた!」


 反応する間もなく女の顔が目の前に。そのままダイブ、両腕で俺をホールドしながら体重を預けてくるので全力で踏ん張った。

 頭が真っ白になる、なんなんだこの人。


「ちょちょちょっと何してるんですか!?」

「ストーップ、公衆の面前だよ!」


 周りでマリアンとセレナさんが騒がしい。本当に何が起きてるんだ???



***



 集まっていた野次馬たちを帰らせ、ひとまず礼拝堂に腰を落ち着けた俺たち。


「あたしはアイリーン、神様からお告げを受けて帝都に来たの」

「あっはい」


 なんかヤバいのが来たぞ。場に沈黙が流れた後、皆の視線が俺に集まり何とかしろと言っている。


「ええと、そのお告げって何を言われたの?」

「んっとね。『世界が闇に包まれる。その前に帝都でウィルって子に会いなさい』って言われたの。本当に会えるなんて思ってなかったからうれしー」


 そーなんすか。

 ちなみにここで言う神様とは<七柱の神々>と呼ばれるものだ。海の神、大地の神というふうにそれぞれに支配する領域と担当分野を持ち、この世界に均衡をもたらしているんだとかなんとか。


 なおこれら善なる神々とは反対に災いをもたらすという神々も存在し、その恐ろしい力を崇拝する信者も少なからず存在した。だけど帝国の宗派が整理される過程で異端、邪教のレッテルを貼られすっかり弾圧されてしまったとか。

 俺たちの知る神々とはそういう選別を経てまとめられた、各民族、宗派のごった煮というのが実情のようだ。


「それで、ウィルはここで何をしてるの?」

「……冒険者、迷宮探索」

「ふうん。じゃ、あたしもついて行く」


 話が早い、とかいう話じゃない。元々戦力として淡い期待を抱いていたのは事実。だけど実物に会ってみて少し考えてしまう。


「ええと、ここは私が話を聞きましょう」


 ここでギルドマスターたるマリアンが口を開いた。


「ウィルさんは私たちのギルドに所属しています。ですのでアイリーンさんも当方へ参加していただける、ということでよろしいですか?」

「あーそうなるんだ。うん、いいよそれで」


 軽っ。


「でもしばらくはお爺さんの仕事手伝おうかって話してたんだけど」

「ワシのことなら気にせずともよい。ここは大聖堂からも見捨てられ、ワシが勝手に居残ってるだけの場所だ」

「大聖堂とかぶっちゃけどうでもいいの。お爺さん一人で大変そうだから手伝いたいの」

「そうかね。気持ちは嬉しいが、あんたの力を必要とする者たちがいるみたいだぞ」


 ちょっと待って、今考えてるとこ。

 俺たちは一旦外に出て話し合った。


「おいなんだアレ、お告げとか言ってるけど頭大丈夫か?」

「でも悪い人じゃなさそうだよ」

「そりゃまあな」

「それに、どうせ俺たちも普通とは言えないメンバーだし」

「……それは違いねえな」

「え、どゆこと?」


 身元不詳の小僧、長続きしない獣人、犯罪歴の多いエルフと来ている。今さら神がかりハッピーギャルが加わったところで闇鍋パーティーから変わることもない。


「ギルドの門は開く。後は能力次第だぜ」

「マリアンはそれでいい?」

「ええ、皆さんがよければ」


 これで話がついた。……個人的には、彼女の言うお告げに俺の名前があることも気になっているんだよな。



***



 そしてギルドハウスにアイリーンを迎えることとなった。


「すごい、ここ貴族地区じゃないの。あたし来るの初めて!」


 喜ぶアイリーン。そうえいばこの人は侵食前の帝都で暮らしていたんだったな。


「キャサリン、すぐ部屋の手配をお願いします」

「それで聖女さんよ、あんた何ができる?」


 ガロの問い方はちょっと直截だがアイリーンは気にする風もなく応じてくれる。


「聖地で修行してきたから、治療術とかお祓い、防護魔法なんかも覚えて来たよ」

「ふうん、神官の基本的な術は扱えるか」


「新たな客人か」


 そこにベッシが顔を見せる。杖を突いたその姿を見てアイリーンが立ち上がる。


「足を怪我してるの? 診せて診せて」

「いや、これは前に負傷した後遺症でな……」


 ベッシの説明に構わずアイリーンが傷跡を診る。


 治療術という魔法はけして万能ではない。基本は対象者の治癒力を高めて怪我の回復を速めるものだ。しかし骨、靭帯、筋肉、神経などに形成不全が起こる可能性が大なり小なり付きまとう。なので専門家の下、傷口をよく調べながらの治療が最善とされる、らしい。


 それも常に時間との勝負であり、ベッシの場合は傷の深さもあって後遺症が残ってしまったのだ。


 ……アイリーンはこれをどうするつもりだ。ベッシから話を聞きつつ、手で触れ、やがて治療術の光が辺りを包んだ。


「ちょっと痛いから」

「フグッ」


 老騎士の顔がにわかに強張る。痛そうだけどさすが老練の騎士、わめいたりしない。


「これは……!?」


 えっ、まさか。ベッシが両脚で立っている。


「治っている!」

「ホントかいアンタ!?」


 ベッシとキャサリンが一緒になって驚いてる。夫婦で素直に喜びある姿に思わず頬が緩む。そして密かに驚きが大きいのは魔法に通じているセレナさんだろう。


「どう思います?」

「……すごい、というより異質よ。後遺症の治療は普通、大きく切り開いて再建するものなのに、魔法だけで改善するなんて」


 どうやら“奇跡の聖女”という評判に偽りはなく、とんでもない逸材を招き入れたかもしれない。


「昔失った腕も生えてこないだろうか?」

「えーそれは無理」



***



 今日もまた慌ただしい一日だった。アイリーンとの驚きばかりの出会いが済むといつもの訓練が待っていたのだが。脚が回復したベッシが調子に乗って俺を元気に指導するのだ。

 ……でも良かったな。ベッシの脚のことは俺にとって心の引っ掛かりだったから。というわけで今日は体の痣が多い。風呂に入ると沁みるからタオルで体を拭きつつ夜風に当たっていた。


「ん?」


 急に体が薄い光に包まれ痛みも痣も消えていく。


「治してあげたよ」

「アイリーン……ありがと」

「いつもそんなになるまで訓練してるの?」

「まあね。俺が一番弱いから」

「ふーん。でもこのパーティーに必要なんでしょ?」


 そうだと良いんだけど。けっこうな実力者が揃って俺だけ見劣りしないか心配になってきた。


「アイリーンは、その」

「なーに?」

「奇跡って……」


 彼女が聖女と呼ばれることになった一件。侵食された帝都からの生還。その実態は何が起きていたのか、尋ねてみたいがやめておこう。彼女にとって壮絶な体験だったはずだ、好奇心で踏み入った質問をすべきじゃない。


「いや、俺に会いに来たと言ってたけど、本気なの?」

「本気だよ、ずっと会えたら良いなって思ってた」


 会えたら良いな、か。屈託ない顔で言うなあ。


「あたしのことはもう色々聞いてると思うけど」

「う、うん」

「帝都で何故か生き残っちゃったあたしは、ずっと誰かに生かされてる気がしてた。神様のお告げなんて言うけど、変な声が聞こえてくるのって怖いし、あたしってどーなっちゃったんだろう……って悩んでたんだけど」


 そうか、こう見えてけっこう悩んだんだな。そりゃそうだ。


「でもウィルに実際に会えたから、お告げは確かだったし、あたしが生き残ったことに意味はあるんだって思えるようになったよ」

「そっか……。俺なんかが期待に添えるか分からないけど」

「だいじょーぶ。初めて見た時、なんだか安心したから」

「安心?」

「悪い人じゃなさそうだって」


 悪い人じゃない、か。無難な誉め言葉だよね。だけど真正面からそんなこと言われて悪い気分はしないのだった。

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