第26話 奇跡の聖女
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆賢者ホセの手掛かりを探す。
その日、ギルドハウスの庭で訓練が行われていた。
緊張感走る中、セレナさんとガロが訓練用の武器を構えて向き合う。セレナさんは右手の片手剣を前に出し左手はフリーにしてある。これは剣と魔法を組み合わせるスペルファイターに多い構え方だ。
一方のガロは斧と盾。獣人の戦士は荒々しいのが多い印象だけど、ガロは盾や色々な武具も器用に使いこなすタイプだったりする。
「ヒュッ」
息を吐きながらガロが踏み込む。横に薙ぎ払う一撃、相手が女性でも遠慮ない。これをセレナさんは体を逸らして避け、流れるような動きで回り込む。
セレナさんの反撃。右、左と軽やかに舞うような剣は見た目に優雅だが、ガロの盾に阻まれて有効打とならない。
どちらも決め手を欠く攻防は体力面でガロが一つ優勢か。セレナさんはフットワークを使うが簡単に隙を見せるガロでもない。ただ、ここで魔法を使えばセレナさんが有利だろうな。
勝負は武器のみ。互いに集中力も鋭さを増し、合図したかのように同時に踏み出す。剣はセレナさんが速い。いや、ガロが受けに回ったか。盾で受け止める自信があるんだ。
セレナさんの体重を乗せた斬撃、ガロは盾で防御。防ぐだけでなく反動を利用して反転、下段の回転斬りで足下を狙う。
だが当たらない。セレナさんは空中に飛び上がっていた。盾に防がれた瞬間に反撃を予測していたんだ。
二人の間に距離が空くのを見てベッシが手を上げる。
「そこまで」
「やるじゃねえかエルフ」
「貴方も。意外と技術も高いのね」
今のところ二人の感触は悪くないようだ。ウンウンと頷く俺は地面に倒れ伏している。
「ウィル様も負けてはいられませんよ」
今日も俺はクロエに容赦なくしごかれている。ここのところ毎日体が痛く、たいした成果も感じられないのが辛い。
「僭越ながら、ウィル様は目は良いようですが、体がついてきていません。生き残るには痛みで覚えていただかないと」
「そういうもんですか……」
「私より祖母の方が上手く教えられるかもしれませんね」
「祖母……キャサリンさん」
キャサリンの雄大な体躯を思い浮かべると心臓がキュッと縮む。
「いや、クロエさんの指導良いと思います。これからも頼みます」
「そうですか……?」
まあ実際、クロエには怪我の治療やマッサージまでしてもらい、日々のお世話と合わせて感謝するところも多い。ただ組み手には容赦がなく、時々恨みでもあるんじゃないかと思ってしまうよ。
「ウィルは先導してればそれでいい」
「ガロ……でもなあ」
「オレとセレナである程度の敵は突破できる。しかし三人で深層を歩き回るのは無理だぜ」
それはそうだ。前の八人ですら五層で返り討ちに遭っている。戦力も準備も足りない。
「やっぱり魔法使いが必要かな。セレナさんも扱えるけど専門職がほしいところだ」
一口に魔法と言ってもその内容は多岐にわたり、それだけに様々なところで助けとなる。敵への攻撃、味方の治療や援護。結界などによる防御、毒や呪いの除去。周囲の探知や危険物の鑑定など挙げれば切りがない。
それらを扱う魔法使いも一緒くたにできるものでなく、魔術師、神官、精霊使い、中には死霊術師など怪しいタイプもいる。なお俺たちが探すことになる賢者ホセだが、賢者とは魔法使いの分類というより尊称に近い。それだけ魔法や世の知識に精通し尊敬を集める人物、なのだと思う。
「魔法使いか……面倒な性格した奴が多いんだよな」
ガロが嫌そうに言うが、これから先の探索になくてはならない人材だ。何か伝手を探したいところだが。
「俺には魔法使いの知り合いがいなくて。ガロは?」
「同じく。良い使い手ほど取り合いになる、出来立てのギルドに来るような奴は稀だろ」
金で引き抜くという手もあるが、できれば避けたい。引き抜かれた側から恨まれる恐れがあるし、その金はマリアンに頼るしかないわけで。
そのマリアンが丁度良く話に加わってきた。
「役に立つか分かりませんけど噂を聞きました。なんでも“奇跡の聖女”と呼ばれる神官様が赴任してくるとか」
「聖女だって?」
“奇跡の聖女”……俺も少し聞いたことがある。
かつて帝都が侵食された際、街は魔物に制圧され解放するのに一ヶ月の時を要した。逃げ遅れた人々の生存は絶望的と思われたが。
奇跡は起きた。朽ち果てた聖堂の中で生存者が発見されたのだ。
「これが奇跡の聖女伝説ね」
「その少女は聖地イズコカの大聖堂に預けられ、神官となるべく修行をしていたそうです」
「それが帝都へご帰還するってわけか」
伝説のように語られていた人物がにわかに生活圏へ舞い込んでくるのは不思議な感じがする。とは言っても俺たちにはあまり関係ないような……。
「待ってマリアン、その人を誘おうってこと?」
「いえその、あくまで噂を聞いただけです」
「まあどんな奴かも知らねえし、奇跡を起こすような女がオレたちに興味持つか分からねえが」
それが現実。あくまで俺たちには遠い世界の話である。
でもセレナさんは深く考えずに率直な意見をくれた。
「面白そうだし見てみるくらいはいいんじゃない?」
というわけで皆と見物に来た。赴任とは言うけど帝都の聖堂は放棄されていて、あの墓守爺さんのところを訪ねたそうだ。聖女様が遺体の管理や埋葬をするのかな、普通の聖職者の仕事だな。
「うわ、すごい人だかり」
遺体安置所にけっこうな見物人が集まっていた。
「前が見えねえな」
「まるでお祭りみたいですね」
「マリアン、あんまり離れないでね」
俺たちの想像以上だ。軽はずみな見物を後悔し始めたが、そのうちに周囲の会話が耳に飛び込んでくる。
「なんでも<ユリシーズ>と<ライブラ>が勧誘に来ているそうだぞ」
……それが原因の一つか。
「それってかなり強い人たちだったよね?」
「ああ、二大巨頭とか言われてる奴らだ」
さすがというか行動が早い。恐らくその聖女について事前によく調べ、高く評価したうえで動いたんだろう。これが出来るパーティーか。
「それで聖女さんはいるの? スカウトされるの?」
「なんも分からねえ。ちぇっ、あのメイド婆さんがいればこんな人混み」
諦めて帰った方が良いか、なんて思い始めた時だ。前方からざわつきが波のように押し寄せる。
「出てきたぞ!」
安置所から出てくる人物が二人。一方は屈強な戦士。もう一方はエリート然とした魔術師。
佇まいで分かる。二大巨頭の優れた冒険者でありスカウトだ。
「どっちがスカウトしたんだ?」
野次馬たちが尋ねるも、二人は冴えない表情のままその場を後にし群衆だけが取り残された。
「聖女はいないのか?」
「顔見せろよー」
得るところのない野次馬たちが騒ぎそうになった時、安置所から墓守爺さんと、そして見たことない女が姿を現す。
「死者の前であるぞ、静かにせんか!」




