第24話 ギルドハウス
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆賢者ホセの手掛かりを探す。
マリアンの指示で侯爵家の屋敷は修築と同時に改装作業を始めた。
「今日からここを私たちのギルドハウスとします」
「私たち?」
「私がギルドマスター、二人はギルドメンバーということで」
入れられてしまった。いや、これは渡りに船。強力なパトロンを得て俺たちも迷宮深層への挑戦をスタートできる。
改装により屋敷の玄関ホールを応接用ロビーとし、客間や食堂をメンバー向けに解放。蔵には日常生活だけでなく冒険、探索向けの物品を備蓄し始める。
「メンバー用に個室も用意しますので、準備ができたらこちらで暮らしてはどうでしょう」
「えっいいの?」
マリアンの提案にセレナさんが食いつく。
「ギルドメンバーなら誰でも住めますし、お金も取りません」
「金欠だから助かるー、宿代浮くし部屋もすごく良いじゃない!」
「セレナさん、前の仕事の報酬はどうしたんですか?」
「それは仕送りとか諸々の支払いでなくなっちゃった」
「はぁ……」
セレナさんどういう金遣いしてるんだろう。
着々とギルド設立が進む中、俺は屋敷を離れ無人の広場に来ていた。手には木剣を握り目の前に立つ騎士と相対する。
「かかって来るがよい」
鉄腕ベッシ。マリアンの供をして再び帝都に来ていた。片腕が義手なだけでなく今は片脚も思うように動かない。そんな老騎士が俺に剣の稽古をつけてくれるという。
「たあぁぁ!」
打ち込む。斬り込む。斬り払う。それをベッシは受ける、払う、斬り返す。
「げぼっ」
「甘い」
簡単に打ち倒されてしまった……。戦闘に関して俺はまだまだ半人前だと実感させられる。
「おうおう、やってるかい」
太い声と共に現れたのはメイド長キャサリン。ズシンズシンと音がしそうなしっかりした足取りで近づいてくる。
「ウィル君や、うちの人はこう見えて頑丈だから、思い切り打ち込んでやりなさい」
「え、はあ」
「よ、余計なことはいいから、お前はお嬢様の側にいなさい」
「弁当を持ってきてやったのさ。腰痛めるんじゃないよ、じゃあね」
言うだけ言って戻っていく巨大なお婆ちゃんメイド長。
「うちの人って」
「……あれはワシの妻だ」
「マジです?」
「北部ハイランドの出身でな。若い頃は女だてらに“熊殺し”と恐れられた女傑よ」
あれは熊も逃げ出すに違いない。などと一方的な共感を抱く俺。
「帝都が侵食された時など、まだ幼いマリアン様をキャサリンが抱えて逃げてくれた」
「すごい人なんですね」
迷宮に来てほしいぐらいです。
「ちなみにクロエはワシらの孫だ」
「ぶっ」
俺に足払いしてくれた人だ。周辺の人間関係が重くなってきたなあ。
キャサリンさんの弁当は美味しいサンドイッチでこれを食べながら休憩する。マリアンのギルドハウスが始動するまで俺は毎日こうした訓練を課されることになった。
「斥候役とはいえ戦う技術を身に着けて損はない。特に自分の身を守る技術はな」
「うん、俺も守られるだけは嫌だからね」
「……それとここだけの話、お嬢様はお主を騎士にしたいと考えている節がある」
「俺を騎士に?」
アインなどはそれを望んでいたけれど。あのマリアンが俺なんかを騎士に望んでいるとしたら、嬉しいような気恥しいような。
その後、二時間ほどかけて基礎訓練と打ち込み稽古をこなし、終わった頃には俺の方だけ息を切らしていた。
「なんだか俺、まだまだですね……」
「少しずつ慣れていけ。騎士見習いには少々遅いが、なあに人生は長いものだ」
騎士になるとは言っていないが、ベッシほどの熟達の騎士が手ほどきしてくれるのは贅沢なことだろうと思う。それから俺はしばらく風に当たり火照った体を休ませていた。
「お爺様」
そこで声がかかった。見ればクロエがいつの間にか来ている。
「来たかクロエ。この後は頼む」
「分かりました」
入れ替わりにベッシが帰っていき、戦闘の構えを取るクロエが残った。
「あの、これは?」
「次は私と体術訓練です」
「なんですと?」
そうは言うけど彼女はメイド服のままなんですが?
「その格好でやるんですか?」
「問題ありません」
「女の人相手に殴る蹴るってのはちょっと」
「問題ありません」
クロエの漆黒に近い黒髪が風に揺れる。さすがにちょっと舐め過ぎではないかと、俺は拳に力を込めた。
「行きますよ」
「どうぞ」
前にやられた件もある、ちょっと強めに行くぞ――!
ダメでした。一方的に打たれ蹴られ叩かれて、軽く地面に投げ落とされました。そもそもベッシとメイド長の孫だったね。予想できたね。
「立ってください」
「……無理です」
「そんなことで……いえ、今回はこれくらいにしましょうか」
そう言うとクロエは俺を置いたまま立ち去った。なんだかただ殴られただけにも思えるが。
……ベッシの孫か。ベッシの怪我のことで恨まれてないかな。もしそうだとして俺には何も言い訳できない。
***
そんな日々が続くうち、いよいよ改装工事に目途がついた。
「ウィル君もこっちに引っ越すんでしょ?」
「う、うーん」
どうにも微妙な反応になってしまう。長年使い慣れた寝床があるのと、こんな豪邸で集団生活することへの気後れかな。
「ウィル君てどこに住んでるの? 前に探した時も知ってる人がいないから礼拝堂訪ねてさ」
「……秘密の隠れ家ってとこかな」
「ふーん……。でもこの屋敷ホントにいいとこだと思うよ」
それはそう。今後の活動を考えればこっちに越した方が良いのだろうな。
帝都地下迷宮、第一層にやって来た。
「まさか迷宮の中に住んでいるのですか?」
クロエの声には若干の不信感が。
「ここは不衛生で治安も悪そうです」
「私もここはちょっとどうかなぁ」
セレナさんも頷いている。わざわざ付いてこなくてもいいのに。
「引っ越しというほど持ち物はないんだけど」
「お嬢様から手伝うように言われましたので」
「大丈夫、青少年の秘密は守るからさ」
「ないから、そんなもん」
相変わらずこの階層はごみごみしている。行き交う冒険者と商人、筋ものっぽい人。足下を駆け回る小人たち。そういった喧噪から離れ人通りの少ない区画まで歩く。
「誰かに見られてないか、見張ってて」
「見張るって?」
「秘密の隠れ家って言ったでしょ」
俺は石壁に手を這わせると小さなとっかかりに指をかける。順番があるんだ。一つまた一つと石をいじると壁が左右に開いた。
「仕掛け扉……まだこんなのがあるんだ」
第一層はほとんど踏破されているが、稀に未探索の区画が見つかることもある。ここはその一つだ。
「わぁ……」
セレナさんの口から声が漏れる。そこは小ぢんまりとして落ち着いた部屋になっている。
「窓がある」
ここは地下である。それなのに窓の外には木漏れ日が溢れ時間の移ろいがあるのだ。
「これも魔法の迷宮だからこそでしょうか」
「こんなところ独り占めしてたんだね」
だがそれも今日で終わり。一人で落ち着ける場所だったけどお別れだ。
たいして多くもない荷物をまとめる。クロエがテキパキしているけど下着とかは触らないで。
「子供部屋でしょうか。絵本などが多いですね」
「ここも誰かの住居が元になったのかも。帝都に住んでいた誰かの……」
四層にあるドワーフの古城のように。そう思ってからはこの部屋の素性を考えたこともあるが分からないままだ。
「セレナさん?」
「あ、ゴメン」
セレナさんがぼうっと見ていたもの。家族の肖像か、ところどころ欠けていて判別しにくい。迷宮が踏破されれば分かる日が来るだろうか。来ると良いな。