第18話 エドウィン皇太子
サンブリッジの中枢に構えられた仮皇宮に俺はやって来た。というより連れてこられた。
「セレナさんは皇太子の家来だったんですね」
「家来というより雇われてるの。殿下は色んな人材を役立てようと側に置いてるから」
アルテニア帝国皇太子エドウィン・ランキャスター。帝都が魔に侵食される直前、老齢の皇帝に代わって政務を取り仕切っていた人物で、事実上の皇帝と言っても差し支えない。
彼は帝都を追われつつも各地の軍を結集して帝都市街地を奪還。その地下に広がる迷宮に対しては冒険者たちによる攻略を奨励している。
そんな雲の上の人が俺なんかに会ってくれるとは光栄の極み、という気分にはなれない。実際のところ雲上人過ぎて未だに騙されているのではと疑ってしまう。
「殿下がお待ちです。……こちらへどうぞ」
衛兵さんがチラッとこっち見た。やっぱり視線を集めて場違いな気がするぞ。
仮皇宮の中をセレナに案内されるうちに身分の高そうな人たちとすれ違う。その時も変な目で見られ、中には妙に姿勢を正す人までいた。何なの? マリアンが選んだ服が目立つのか?
「セレナです。客人をお連れしました」
セレナの呼びかけに扉が重々しく開く。待ち構えていたのは皇太子と従者たちが数人。彼らもまたキョトンとしたり、ギョッとしてる人までいた。
皇太子はというと……目を見開いてやっぱり驚いていた。そして側の人に何かヒソヒソと話す。何が言いたいですか、地獄ですか。
「ご苦労だったセレナ。そなたがウィルだな」
「あ、はい」
すでに精神力を使い果たして気のない返事をしてしまった。
「緊張せずともよいと言いたいが難しいだろうな、庭に案内せよ」
きれいな庭だ。往年の宮殿とは比較にならないのだろうけど十分に見事だと思う。くつろげるようテーブルと椅子も用意され皇太子と向かい合って座ることに。
「オーウェン侯爵のために尽力してくれたと聞いている。彼は帝室にとっても良き家臣だった、私からも礼を言わせてくれ」
「め、滅相もございません」
「若いな、噂通り若い。その歳で迷宮の五層まで潜り生還するとは、なかなかのものだ」
「それはセレナさんや他の冒険者のおかげでもありますが」
この皇太子、年齢は30後半くらいだろうか。短めの黒髪と少々の口ひげを生やす落ち着いた風貌。少し話した程度だけど偉ぶらなくて接しやすい。紅茶なんか滅多に飲んだことないが、だんだんこの席が良いものだと思えるようになってきた。
「どこで技術を身に着けたのかな?」
「どこと言いますか、養父が冒険者でして。各地を旅するうちに色々学びました」
「ふむ、養父も良い冒険者だったのだろうな」
「どうでしょうか。元は騎士だったのに務めを辞めてしまったようです」
「ほほう、いずれの騎士だろうか?」
「たしかモーナイネンとかいう伯爵に仕えていた、と聞いてます」
会話にも次第に余裕が生まれ視野も広がってくる。そうすると皇太子の顔が妙に気になった。何だろう、この人を見ていると妙な既視感に囚われる。前にどこかで見ただろうか。
……衛兵が駆け寄ってきて会釈する。
「殿下、エレア王子が参られました」
王子? この席に王子まで一緒になるの?
「父上、お呼びと聞きましたが何でしょう?」
10歳ぐらいの少年が庭に入ってくる。あれが皇太子の子息エレア王子か。
その顔を間近で見て俺は我を忘れた。
「……」
「あれ、この人は……」
それはエレアも同じだった。……似ている。俺たちはまるで兄弟のようにそっくりだ。
「父上」
「エレアよ、この若者はな」
「隠し子ですか父上!?」
「違う!」
小さい自分がいるようで不思議な感覚がする。皇太子もそう、ヒゲがなければ俺と親子のように見えただろう。
自分がそんな顔をしていたなんて。普段は泥で汚れていたり髪をちゃんと切らないことが多い。まさにモグラのウィル。マリアンとセレナも昨日初めて気付いたのだろう。……そして服を着せて遊んだな。
「よいかエレア、私の隠し子ということは断じてない」
「殿下本当ですかー?」
「セレナは黙っておれ」
「残念です、僕にも兄がいたのかと思ったのに」
兄弟か……。俺は赤子の頃に養父に拾われたが、自分にも肉親がいるのだろうかと考えたことはあまりない。いや、考えないようにしてきたのかも。
「王子、このウィル君は冒険者なんです。このあいだ私と一緒に迷宮へ行ったんですよ」
「冒険者というか回収業が多いんだけど……」
「あの迷宮にか、すごいのだな!」
エレアを加えた会談はにぎやかなものとなった。彼は俺の冒険譚を聞きたがり目を輝かせるので、つい話に熱がこもってしまう。
「なあウィル、迷宮探索のコツはなんだと思う?」
「コツですか……難しいですね。自分の場合は勘が働くような感じですので」
「僕もできるなら迷宮へ挑んでみたい」
「エレア、それはお前のやることではない」
皇太子はジョン・オーウェンのこともあるから冗談にならないだろうな。その皇太子の目が俺に向く。
「ウィルよ。そなたは今後も迷宮へ挑むつもりかな?」
「今後ですか……」
その問いに少し考える、最近まさにそのことで悩んでいたから。ここサンブリッジに来るまでは。
「私はそなたとの出会いに奇妙な縁を感じた。我が子と瓜二つであること、何か意味があるのではないかと思ってしまう」
「それは自分も同じような気分です」
さすがに実は親子だったなんてことはないだろうが。
それでもこの繋がりには予感を感じる。帝都をマリアンたちが訪ね、迷宮に潜り、その後で皇太子親子とまで面識を得た。この道がどこまで広がるだろうか、そんな気持ちが芽生えてくる。
「自分は迷宮に挑みます。いつかもっと下層まで行き、多くの謎を解き明かしてみたい」
「良い答えだ」
今までは食っていくために迷宮へ潜るモグラだった。だけどこの奇縁の行きつく先に興味がある。迷宮へ挑もう、もっと深く、もっと本格的に。モグラではない冒険者として。
「ならばウィルに頼みたいことがある。とはいえ契約というほどでもないが」
「何でしょうか?」
「頭に入れておいてほしいのだ。私の父、皇帝オズワルドが行方不明であることは知っているな?」
それはよく知られたことだ。侵食された帝都を奪還した時、皇帝の姿は見当たらず生死も定かでない、完全な行方不明状態だと言われている。
「もし見つかるとすれば地下迷宮の可能性がある。よって私は父の捜索を重要目標に掲げてきた」
「必ず何か手掛かりを見つけます」
「そしてもう一人重要人物がいる。ホセという賢者だ」
賢者、すごそうな呼び名が出てきた。
「ホセには迷宮の謎を解明するよう頼んでいた。何者が造り出したのか、いかなる力によるものかなどを。だが潜ってしばらくすると音信が途絶えてしまったのだ」
「遭難でしょうか。どれくらい前のことです?」
「もう一年以上経つか」
申し訳ないけど死んでるパターンかな、これは。
「状況は苦しいと言わざるを得ない。しかしホセならば何らかの調査記録を残しているはず。それを回収してくれれば報いよう」
「分かりました、その点も調べてみます」
「頼む。そなたには期待しているぞ」