第16話 招待
旧帝都市街地。俺はいつもの飯屋で変わり映えのない食事を注文する。硬いパンに小さな器のスープ。並べてくれた親父さんが怪訝な顔で俺を見る。
「ウィル、噂は聞いてる」
「噂って?」
「デカい仕事をこなしたみたいじゃねえか。その金でもうちっとマシなものを食べたらどうなんだ?」
「コレはマシなものじゃあないと」
「細かいことはいいんだよ、育ち盛りの体は大事にしな」
忠告はありがたく受け取るけど、今は目の前の質素な料理を胃に押し込む。
あれから二週間が経った。ジョン・オーウェンの捜索は一応完了と成り報酬として大金が手に入った。
だが今のところ一切手を付けていない。俺の中で心の整理が付かず、手柄を手柄と認められずにいた。
***
迷宮を脱出した俺とベッシは気付けば宿の一室で倒れ込んでいた。側にはセレナとマリアンたちの姿。転移の魔法が成功したんだ。
「ベッシ……!」
俺はほとんど無事だったがベッシが血塗れである。寄り添ったマリアン、その顔はすでに泣き腫らしていた。
「傷の手当てを急いで!」
「これしきの怪我で。それよりお嬢様、お渡ししたいものが」
回収した鞄がマリアンの手に渡る。すぐ側にはジョンの遺体があった。彼はベッドに横たえられ、周りで付き添いの騎士たちが涙を堪えている。覚悟はしていただろうが僅かな希望も打ち砕かれた、そんな涙だ。
八人のパーティーのうち四人が死亡。目的のジョン・オーウェンは生還ならず。俺たちの探索行はそうして終わった。
***
心の整理がつかない。それは俺の判断が間違いだったんじゃないかということ。
ベッシの傷は思ったより深かった。命に別状はないと聞かされたが、俺が無理を押した結果としてベッシに重傷を負わせてしまった。
やはり俺は誰かと組むべきじゃあないのかも。またしばらくは一人で迷宮に潜りその金で食っていくことにしよう。
「あれ……」
大通りで見覚えのある顔。一緒に迷宮へ潜ったウッズだ。結局彼は背中の怪我も後遺症なく回復したようだった。
……そのはずだが背負った大きな荷物が気になる。
「おお、ウィルか」
「ウッズ、その荷物は」
「ああ……故郷へ帰ることにした」
故郷。ウッズはライドやフォスらと同郷同士のパーティーだったと聞く。
「ライドたちが死んじまったからな、ここらが辞め時だ」
「そっか……」
「俺はお前のおかげで助かったが、こうなるなら五層で一緒に戦いたかったぜ」
例え死ぬとしてもか。そういうものか仲間ってのは。
「待ってくれ、ライドの剣がある。故郷に」
「それはお前が持ってればいい」
「ウッズ……」
「妙なもんだな、御曹司の死体が戻ってくるために新たに死体が四つだ。自業自得だけどよ」
抑えきれない感情をにじませつつウッズは帝都を去っていった。
冒険者を長く続けていけば大抵は年齢、体力の限界、そして死によって阻まれる。一財産築いて引退できる者なんて一握りだ。
そしてまた一人関わりのあった冒険者が引退した。ジョンを裏切った連中も帝都で続けていくことはできないだろう。
それでも冒険は終わらない。誰かが去りまた新たな冒険者が危険を冒しに訪れる、そういうものだ。
夕方、帝都の外れで黄昏る。街の大部分は寂れたままで一人になるには丁度良い。
だが空気を読まない酒の匂いが俺の鼻をくすぐる。
「ようワル坊」
「ウィルだよ」
道化じみた格好のクリフ爺さんだ。タイミング良いのか悪いのか分からないな。
「また浮かない顔をしていやがるな、誰かの葬式でも行ってきたか? それとも酒場のねーちゃんに恋人でもできたか?」
「知るかい。仕事が上手くいってないだけだよ」
「大仕事を成し遂げたばかりじゃないのか?」
「あれは成功とは言えないよ。俺は反省しかないと思ってる」
判断ミスもそうだが、結局皆で五層の壁を甘く見ていた。危険と知りつつも上手く避けながら目的だけ果たせないか、そんな楽観があった気がする。
……止めようか、死んだ仲間たちは何も言えない。
「そういう時は酒でも飲んでパーッと騒げば憂さも晴れるわ。ホレ一杯いってみ」
「まだ酒はちょっと……」
「お前はよくやったさワル坊」
「爺さん何も知らないだろ」
「お前さんのことはよぉく知ってるぞ。昔からウジウジしてたが責務から逃げることはない、そういう奴だってな。ハハッ」
そこまで長い付き合いでもないだろう。いやどうだったかな、長いかも。酒臭い笑い声を聞いていると、その間だけは悩みも小さくなったように思えた。
また朝が来た。だらしなく起き出した俺は仕事を探しに街を巡る。
俺にはまとまった金ができた。これを元手に余所で仕事を探す道もある。もっと安全で安定した仕事を。だが心の整理がつかないうちは元の生活を続ける。保留と言われればそこまでだが俺はこうする。
そう思って訪ねた遺体安置所、そこで俺の足が止まる。
「馬車……」
馬車が停まっている、それも上流階級が乗ってそうな良い奴が。またどこかの貴族が身内を探しに来たのだろうか……。怪しみながら安置所に入ると今度は別の驚きで口が開く。
「ウィル君、元気してた?」
セレナだ。共に地下へ挑んだエルフの女剣士。意外な再会に心なしか気分が晴れる。
「セレナさん、どうしてここに?」
「君を探してたの」
「俺を?」
「ねえ、仕事が忙しくなければサンブリッジまで出かけない?」
サンブリッジ――帝都の隣町で遠くないがちょっと目を丸くしてしまう。
かつての帝都が侵食された後、臨時の政庁が置かれたのがサンブリッジだ。皇族、貴族、大臣たちが逃れてくるのに合わせ人が集まり、今や仮の首都と呼んでもいい。
「マリアンが会いたがってるよ」
「彼女もサンブリッジに……」
マリアン・オーウェン。ジョンの妹で捜索の依頼主だった少女。結局ジョンとは生きて再会すること叶わず、悲しみにくれながら帝都を後にしたのだが。
彼女が俺なんかに会いたがるとは、仕事を終えたらそれっきりかと思っていた。所詮は風来坊の小僧と侯爵令嬢では住む世界が違う。でも、それでも、こうしてセレナが訪ねてきたことには何か意味がある。
「行きます」
サンブリッジに行くことで一つ整理がつくかもしれない。それがどちらに振れるか分からないが、この帝都でモヤモヤしているより建設的だろう。