第15話 ジョン
目的
◆冒険者ジョン・オーウェンを発見し連れ帰る。
記憶が流れ込む。第五層に挑み命を落としたジョン・オーウェンの記憶が。
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仲間を一人失った。人喰い植物たちに捕らえられ救出できなかった。それは悔やまれる。だがここまで来た以上、何も成果を上げずに帰還することはできない。
ジョンには時間がなかった。
「やはり引き返そう」
それなのに仲間たちが弱気になっている。
「まだ五層は早かったんだ、一度戻って体勢を立て直そう」
「このままじゃ番人には勝てねえよ」
彼らとはそれなりに長い付き合いだった。帝都に来て冒険者となりようやく得た仲間。
実家からはジョンの消息を調べ金を送ってきたりもしたが、これは断っていた。オーウェン侯爵の名前なしでどこまでやれるか自分を試したい。だから自力で金を稼ぎ、鍛え、腕の立つ仲間たちとパーティーを組めるようにまでなった。
「番人を倒す。せめて何か奴らの手掛かりを掴む。それまでは帰らない」
ただ一つの帰還の巻物。帰らせないようにジョンが確保している。
「けどジョン……」
「何か証を立てたいんだ。俺の父親は病気で長くないと手紙があった。子供の頃からずっと見下されてきたが、死ぬ前に俺を一人の男として認めさせたい」
「……」
「馬鹿馬鹿しい」
厳しい言葉にジョンは視線を向ける。仲間の一人が冷めきった目で見ていた。
「所詮お前がやってることはガキの背伸びなんだよ。俺たちが何故お前と組んだと思う?」
「何を……言っている?」
「お前の父親が、侯爵閣下が頼んできたんだよ。息子を守ってほしいってな」
視界が揺れる。地面が崩れるような衝撃だった。
「だから冒険はここまでだ。諦めて実家に帰りな」
仲間が巻物に手を掛けようとする。
(これで終わり? 今までの冒険は何だったのだ?)
「ダメだ!」
その手を強く振り払った。
(このまま終われない。まだ帰れない。俺はあの人の掌の上で終わりたくない!)
「いい加減にしろ!」
「巻物を渡せ!」
もみ合いにまでなった。その中で誰が最初だったか、手に刃物を持ったのは。
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――っ! 記憶に激痛が広がり俺は意識を浮上させた。
「ウィル君、大丈夫?」
「……大丈夫、少しくらっとしただけで」
何てこった、この傷は敵じゃなく味方にやられたものか。ジョンも頑な過ぎたが仲間に殺されるなんて。連中を雇った侯爵の想いがこんな結末を……。
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起き上がれない。血が流れ過ぎたからか。
ジョンの命が消えようとしている。その一方で脳は冴えていた。血が抜けた分で熱も引いたのかもしれない。
(父上、全てはアンタの指図で……)
自分が男になれたと思っていた。今までの世界を抜け出したどり着いた帝都。それも父の庇護の下だったわけだ。
(馬鹿だな俺は)
今更気付いても遅いが、まだできることは残っている。
手荷物からノートを取り出した。冒険の日々が綴られた手記、その最後のページに何か残したかった。
(父上には……すまない、かな。マリアン……ゴメンよ。皆には、やはり謝りたいな)
書き散らした文に足りない気がした。何を書くべきか。
(……ありがとう)
ありきたりな一言だがこれで良い。後は誰かが見つけ、いつか家族に届けてくれたなら言うことはない。
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ジョンの冒険は終わった。いくつかの死と共に。だけど少なくとも侯爵家には一つの答えが、結末が与えられる。
「……あれ?」
まとめた荷物に何か足りない気がする。鞄がなくなっている、その中にあったノートも。
「嘘だろ……」
背中にぶわっと嫌な汗をかく。魔物にでも持ち去られたか。
「どしたのウィル君?」
「鞄がない、探さないと」
「ダメよ危険すぎる。これ以上は限界、もう帰還しないと」
正論というか他に選択肢のない意見。だがダメなんだ、アレを持ち帰らなければ。病気の侯爵には今届けてあげないと間に合わないかもしれない。
「セレナさんとベッシさんは遺体と先に帰還して。俺はなくなったものを探します!」
「そんなことさせられない。だいいち鞄が足りないって何故分かるの?」
これだ、俺にしか見えていないことは他人に納得させられない。説得しようがない。
「ウィル、その探し物は必要なものか?」
ベッシ。俺の言葉を聞いてくれるだろうか。無茶で馬鹿に思えるだろう。それでも俺は記憶で見たもの、ジョンのノートを見つけたい。
「必要です」
「分かった。セレナは若君と帰ってくれ、ワシとウィルはもう少し残る」
「ダメよベッシさん!」
「頼む」
「……」
ベッシの説得でセレナは渋々納得してくれたか。「ご無事で」と言い残すと、巻物を解いて光に消えていった。
「それでウィル、どう探す?」
「状況から見て魔物が持ち去った可能性があります」
あのデュラハンは別として、獣のような魔物が荷物を漁ることはあるだろう。地面をくまなく見れば足跡も確認できる。それを念頭に再び”潜行”して跡を追う。
「俺の周囲を警戒していてください」
――潜った。この場所の記憶、通りかかった魔物を探せ。
鳥類の魔物……遺体を軽くつついてから飛び立つ。歩く植物……遺体に種を植えていった、これは後で指摘しておかないと。大型の獣……草食で興味がなさそうだ。
――いた! 中型の魔物の影、ジョンの鞄をくわえていく。
「あっちだ!」
急ぎ走り出す。木を避け茂みを乗り越え、大樹の根本に隙間を見つけた。魔物が穴を掘って作った住処だ。
「確かか?」
「もうここに賭けます」
暗闇に向けて頭から突っ込む。それほど深い穴ではないはず、手の感触だけで前を探り進む進む。
そのうちに後方で剣の打ち合う音が聞こえた。デュラハンが襲ってきている?
急げ。何か触れた、ゴミだ。硬いものは骨か。土は邪魔だ。
「これか!?」
指先が革の感触を掴んだ。引っ張り出口へ戻る、間に合え!
出た! 一気に外へ、薄暗い森が明るく見える。そこで目にしたのは血を流すベッシの姿。
「あったのか!?」
「ありました!」
そしてデュラハンがいる。それも二人。ベッシが堪えてくれたおかげで。
急ぎ距離を取って巻物を紐解こうとする。だがデュラハンは容赦なく迫ってくる。――やられるか?
――シュッ。何かが視界を横切った。動物……いや魔物だ、こちらを見て威嚇している。この巣穴の主が怒ったか?
この闖入者にデュラハンも一秒足を止める。それだけで十分だった。
「帰還だ!」
視界が光に満たされた。体が浮遊感に包まれる。音がなくなり全てが遠ざかった。