表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/164

第15話 ジョン

目的

◆冒険者ジョン・オーウェンを発見し連れ帰る。

 記憶が流れ込む。第五層に挑み命を落としたジョン・オーウェンの記憶が。



==============================================


 仲間を一人失った。人喰い植物たちに捕らえられ救出できなかった。それは悔やまれる。だがここまで来た以上、何も成果を上げずに帰還することはできない。

 ジョンには時間がなかった。


「やはり引き返そう」


 それなのに仲間たちが弱気になっている。


「まだ五層は早かったんだ、一度戻って体勢を立て直そう」

「このままじゃ番人には勝てねえよ」


 彼らとはそれなりに長い付き合いだった。帝都に来て冒険者となりようやく得た仲間。


 実家からはジョンの消息を調べ金を送ってきたりもしたが、これは断っていた。オーウェン侯爵の名前なしでどこまでやれるか自分を試したい。だから自力で金を稼ぎ、鍛え、腕の立つ仲間たちとパーティーを組めるようにまでなった。


「番人を倒す。せめて何か奴らの手掛かりを掴む。それまでは帰らない」


 ただ一つの帰還の巻物。帰らせないようにジョンが確保している。


「けどジョン……」

「何か証を立てたいんだ。俺の父親は病気で長くないと手紙があった。子供の頃からずっと見下されてきたが、死ぬ前に俺を一人の男として認めさせたい」

「……」

「馬鹿馬鹿しい」


 厳しい言葉にジョンは視線を向ける。仲間の一人が冷めきった目で見ていた。


「所詮お前がやってることはガキの背伸びなんだよ。俺たちが何故お前と組んだと思う?」

「何を……言っている?」

「お前の父親が、侯爵閣下が頼んできたんだよ。息子を守ってほしいってな」


 視界が揺れる。地面が崩れるような衝撃だった。


「だから冒険はここまでだ。諦めて実家に帰りな」


 仲間が巻物に手を掛けようとする。


(これで終わり? 今までの冒険は何だったのだ?)


「ダメだ!」


 その手を強く振り払った。


(このまま終われない。まだ帰れない。俺はあの人の掌の上で終わりたくない!)


「いい加減にしろ!」

「巻物を渡せ!」


 もみ合いにまでなった。その中で誰が最初だったか、手に刃物を持ったのは。


==============================================



 ――っ! 記憶に激痛が広がり俺は意識を浮上させた。


「ウィル君、大丈夫?」

「……大丈夫、少しくらっとしただけで」


 何てこった、この傷は敵じゃなく味方にやられたものか。ジョンも頑な過ぎたが仲間に殺されるなんて。連中を雇った侯爵の想いがこんな結末を……。



==============================================


 起き上がれない。血が流れ過ぎたからか。

 ジョンの命が消えようとしている。その一方で脳は冴えていた。血が抜けた分で熱も引いたのかもしれない。


(父上、全てはアンタの指図で……)


 自分が男になれたと思っていた。今までの世界を抜け出したどり着いた帝都。それも父の庇護の下だったわけだ。


(馬鹿だな俺は)


 今更気付いても遅いが、まだできることは残っている。

 手荷物からノートを取り出した。冒険の日々が綴られた手記、その最後のページに何か残したかった。


(父上には……すまない、かな。マリアン……ゴメンよ。皆には、やはり謝りたいな)


 書き散らした文に足りない気がした。何を書くべきか。


(……ありがとう)


 ありきたりな一言だがこれで良い。後は誰かが見つけ、いつか家族に届けてくれたなら言うことはない。


==============================================



 ジョンの冒険は終わった。いくつかの死と共に。だけど少なくとも侯爵家には一つの答えが、結末が与えられる。


「……あれ?」


 まとめた荷物に何か足りない気がする。鞄がなくなっている、その中にあったノートも。


「嘘だろ……」


 背中にぶわっと嫌な汗をかく。魔物にでも持ち去られたか。


「どしたのウィル君?」

「鞄がない、探さないと」

「ダメよ危険すぎる。これ以上は限界、もう帰還しないと」


 正論というか他に選択肢のない意見。だがダメなんだ、アレを持ち帰らなければ。病気の侯爵には今届けてあげないと間に合わないかもしれない。


「セレナさんとベッシさんは遺体と先に帰還して。俺はなくなったものを探します!」

「そんなことさせられない。だいいち鞄が足りないって何故分かるの?」


 これだ、俺にしか見えていないことは他人に納得させられない。説得しようがない。


「ウィル、その探し物は必要なものか?」


 ベッシ。俺の言葉を聞いてくれるだろうか。無茶で馬鹿に思えるだろう。それでも俺は記憶で見たもの、ジョンのノートを見つけたい。


「必要です」

「分かった。セレナは若君と帰ってくれ、ワシとウィルはもう少し残る」

「ダメよベッシさん!」

「頼む」

「……」


 ベッシの説得でセレナは渋々納得してくれたか。「ご無事で」と言い残すと、巻物を解いて光に消えていった。


「それでウィル、どう探す?」

「状況から見て魔物が持ち去った可能性があります」


 あのデュラハンは別として、獣のような魔物が荷物を漁ることはあるだろう。地面をくまなく見れば足跡も確認できる。それを念頭に再び”潜行”して跡を追う。


「俺の周囲を警戒していてください」


 ――潜った。この場所の記憶、通りかかった魔物を探せ。


 鳥類の魔物……遺体を軽くつついてから飛び立つ。歩く植物……遺体に種を植えていった、これは後で指摘しておかないと。大型の獣……草食で興味がなさそうだ。


 ――いた! 中型の魔物の影、ジョンの鞄をくわえていく。


「あっちだ!」


 急ぎ走り出す。木を避け茂みを乗り越え、大樹の根本に隙間を見つけた。魔物が穴を掘って作った住処だ。


「確かか?」

「もうここに賭けます」


 暗闇に向けて頭から突っ込む。それほど深い穴ではないはず、手の感触だけで前を探り進む進む。


 そのうちに後方で剣の打ち合う音が聞こえた。デュラハンが襲ってきている?

 急げ。何か触れた、ゴミだ。硬いものは骨か。土は邪魔だ。


「これか!?」


 指先が革の感触を掴んだ。引っ張り出口へ戻る、間に合え!


 出た! 一気に外へ、薄暗い森が明るく見える。そこで目にしたのは血を流すベッシの姿。


「あったのか!?」

「ありました!」


 そしてデュラハンがいる。それも二人。ベッシが堪えてくれたおかげで。

 急ぎ距離を取って巻物を紐解こうとする。だがデュラハンは容赦なく迫ってくる。――やられるか?


 ――シュッ。何かが視界を横切った。動物……いや魔物だ、こちらを見て威嚇している。この巣穴の主が怒ったか?


 この闖入者にデュラハンも一秒足を止める。それだけで十分だった。


「帰還だ!」


 視界が光に満たされた。体が浮遊感に包まれる。音がなくなり全てが遠ざかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ