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第157話 アイリーン

 大きな空白がある。あたしは何年も眠っていたらしく、その間の記憶がぽっかり抜け落ちていた。最後に覚えているのは街が魔物に襲われる惨劇。そこからどう生還し、どうして数年ぶりに目覚めたのか、さっぱり分からない。


 その空白は寂しい風を心に吹かせる。何か大事なものを忘れている気がする。両親はあたしの目覚めを心から喜んでくれているのに。


 あたしは笑って見せた。周囲を不安にさせないために。両親の幸せそうな顔を曇らせないために。そうして笑っていると誰かの言葉がよぎる気がした。


 ――アイリーンが本当に笑う顔が見たい。


 あたしの本当の笑顔ってどんなかな、自分でも思い出せなくなっている。……あたしって何者なんだろう。そんな思いが強まってくる。




 数日で体が慣れてくると、母とともに外出してみた。


 久々に見る帝都の風景はどこか記憶と違う。実際前と色々変わってて困ることもあるみたいだけど、多くの人が今を喜んでいた。

 あたしが眠っている間、皆は不思議なところに閉じ込められていたらしいの。それが帝都で激しい戦いがあって、ようやく解放されたって。


 解放してくれたのが王子なのか皇太子なのか噂が多くてよく分からない。中には死んだはずの皇帝陛下が亡霊の軍隊を率いたなんてのもあった。


 そんな帝都を母と歩きながらお店を探す。とはいってもこんな時に商売してる人なんていないから、軍の配給を受け取って帰ることにした。


「東地区のピーターをご存じの方はいませんか?」

「帝都から逃れた家族を探している、誰か知らないか?」


 広場を通りかかると、行方不明だった親類や知人を探す人たちでごった返していた。この場所が帝都解放の戦いの場だったなんて話が嘘みたい。


 嘘みたいといえば、この街の地下に広大な迷宮が生まれたという話もあった。それを探索するために国中から冒険者が集まって街を賑わせて、その名残りが今の帝都にもあちこち見られる。


 噂の中にはもうこの街が首都じゃなくなるなんてものもあって、あたしたちだけ世間から取り残された感じもしちゃう。


「ここは一つガロの鼻で見つけなさいよ」

「女の臭い探せとか変態みたいなこと言うんじゃねえ」

「こういう時にウィル君がいたらなー」

「あいつにはもう頼れねえんだよ」


 ふと耳に飛び込んだ声に振り返る。チラリと見えた獣人、尖った耳の女性、人混みの中を遠ざかっていく。


 ――何だろう、急に胸がざわめく。その感覚の意味が分からないまま帰宅。でもあの二人の背中が頭から離れなかった。知らない人のはずなのに何故だろう。




 夜、ベッドで横になると夢を見た。そこであたしは神官をやってて冒険者のパーティーに加わるの。行き先は暗い迷宮、魔物と戦いながら深く潜る。発見もあれば失敗もあって悔しがり、でも笑いながら地上に帰る。


 向かうのはあたしの家じゃない、どこか大きな屋敷。仲間たちと互いに労いながら冒険の成果を語り合う。


 ……目が覚めるとあたしの家、見慣れた部屋の中。ここが帰る場所なのに、温かい家族がいるのに、何か足りないものがある。




 探そう。朝になって街に飛び出すと夢の足跡を追いかけた。記憶を頼りにあの屋敷を目指す。

 目星はついていた。あの豪奢な建物はきっと貴族の屋敷、富裕層の邸宅街、そのどこか。通りを突き抜け角を曲がる。


 やっぱり夢の通りだ。あと少し、ここを抜ければ――。


 ……そこにあったのは崩れた建物だった。誰もいない、何もない、見る影もないってこういうこと。


「……ハハ」


 本当に心が欠けたような気がした。この欠落はずっと埋まらないんじゃないかな。きっと……いや絶対、すごく大事なものだったはずなのに。


「にゃおん」


 うつむいた先に黒猫がいた。慰めてくれてる? いや餌が欲しいだけかな?


 その猫はもの言いたげに前脚で靴をなでると、小走りに駆け出した。


「早く、こっちだにゃ」

「……喋った」


 猫が言葉を話した。でも何故だろう違和感が少ないのは。あたしはフラフラと後に付いて行く。


 すると徐々に胸が高鳴るのを感じた。通りの風景に覚えがある。そういえば街の様子が前と変わっちゃったって皆言ってた。ならこの先に今度こそ。


「あっ――」


 立派な屋敷があった。ここだ、夢で見たのとだいたい同じ。


「おや、貴女は……まさか……」


 きょとんとした守衛の人たちに呼び止められる。けどあたしの足が勝手に動いて、そのまま門をくぐる。


「おい誰かお嬢様に!」

「アイリーン様!?」


 メイドの女性がびっくりしてる。そしてあたしの手を引くと建物の方に導いてくれた。


 そうだ、この人も知ってる、ここを知ってる。そう、あたしは――。


「アイリーン!?」

「お前、やっぱ生きて……!」


 皆が目を丸くして迎えてくれた。ガロ、セレナ、マリアン、クロエ、ベッシにキャサリン、皆知ってるあたしの仲間。


「みんなー!」


 両手いっぱい広げて走り出してた。足がもつれたけどそのまま飛び込む。


「本当に、本当に無事だったんですね!」

「マリアン、元気だった?」

「アイリーン、よがったぁよがったよぉ!」

「セレナ鼻水出てるって」


 あたしも涙がにじんで前がよく見えない。でも全部思い出した、忘れちゃいけないこと、かけがえのない仲間たち。


「ほらな、また会えただろ」

「ありがとガロ。それに……」


 皆を見回してあの顔を探す。


「ウィルは?」

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