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第156話 ガロ

「邪魔するぜ」


 駐屯地の一角にある野戦病院。ここの患者たちの中には事件後の帝都で救助された奴らも含まれる。つまりはナイメリアに取りこまれた冒険者たちだ。


「……ガロじゃないか」

「ようカンセル、具合はどうなんだ?」

「まあ、悪くはないさ」


 体より心の方がへこんでそうだ。歪な夢とはいえ悲願が破れたショックは小さくないか。それを破ったのはオレたちだ、今はかける言葉もない。


「ハーキュリーも元気か?」

「もう問題はない。……だが迂闊だった、異形の神に乗せられてあんなことを……。処罰は覚悟している」

「それなら気にすんな」


 連中の多くはナイメリアと契約して信奉者になったわけだが、皇太子のおかげで不問ということになった。

 まあオレも一時は寝返ってたから助かるが、皇太子自身も取りこまれかけたことが大きいらしい。一歩間違えれば自分が世界を危機に陥れていたかもしれない、そんな感情が整理しきれていないのか。


 一方で幸か不幸か、自分のしたことをまったく覚えていない奴もいる。


「ポスポスヘイト博士、何か思い出せたか?」

「……いやダメだ。何だかすごいことを閃いた気がするのに、迷宮からの記憶が抜け落ちている」


 この博士が何を願ったかは聞いてないが、そっとしておこう。カンセルのように落胆するパターンもある。


 こいつらはまだマシな方で、重症なのがジェイコブだ。


「やあ狼さん、今日も天気が良いですね」

「……そだな」


 ベッドでぼうっとしているジェイコブ。こいつは帝都の事件はおろか自分自身のことまで全部忘れていた。

 それでいて憑き物が落ちたような顔をして、ある意味一番幸せかもしれねえ。夢幻の塔でのことを思い出すと歯ぎしりしたい気分だ。


 そういう連中の間を縫って歩いていくと、奥の方でけたたましい大声。


「爺ちゃん酒は止められてただろうが!」

「それだけは許してくれ、狼の小僧が土産にくれたんじゃい!」


 そこじゃゴッツが孫のティタンに酒瓶を取り上げられていた。


「お、おおうガロじゃねえか!」

「爺さん怪我は良さそうだな」

「あっ、お前だな爺ちゃんに酒渡したの!」


 ティタンを宥めようとするが、結局まとめて説教を受けるハメになった……。


「今度はバレにくい入れ物で持ってきてくれんかの」


 それでもティタンが帰るとんなことを言い出す爺さん。


「まったく貴様ら場所を弁えぬか」


 隣ではファリエドが一連のやり取りを渋面で聞いていた。


「……やはりウィルとオズワルドは手掛かりなしか」

「一応、地下の捜索も始まったけどな」


 ナイメリアが退散した後、迷宮はただの地下空間に戻ったみてえだ。それでも危険が全て去ったとは言い切れねえ、一層の小人を見かけたなんて話もある。だからまた冒険者が調査に入っていて、まだしばらく仕事はなくならないみてえだ。


「だが彼らは見つかるまい。もう旅立った、役目を終えたのだ」

「役目か……」


 それは迷宮を攻略することか? それともセレナやエドウィンを助けることだったのか?

 人間のやることは運命で決まってるなんて言う奴もいるがオレには分からねえ。ただあいつはもういない、それは確かな気がした。


「ホセの野郎も消えちまった」

「奴のことは結局、我々も理解しきれていなかった。奴の言った通り、もっと違う関係の結び方があったかもしれない」

「今さら言っても仕方ねえさファリエド。今頃は別の次元とやらで探求者に戻ってるだろうよ」

「けど大丈夫かよ、ナイメリアに報復されて死んだりしてねえか?」

「あり得ることだ。すでに異次元の塵となっていてもおかしくはない」


 異次元の塵かぁ。


「……いやしかし、奴が簡単に死ぬ姿が想像できぬ」

「じゃな、あいつなら塵になっても生きてそうな気がするわい」


 そうかもな。あんたら揃ってまだまだ死なない気がするよ。


「叔父上、ゴッツ陛下、お元気そうですね」


 そこで新たな見舞客にエリアルが来た。


「ようエリアル!」

「ガロも来ていたか」

「やっと捕まえたぜ、なあこの後で時間ねえか?」

「生憎と忙しい」

「そう言うなよ、ウィルから言伝(ことづて)があるんだ」

「ウィルだと?」


 その名前にエリアルが反応する。そう、あいつは決着を付ける直前に言い残していったことがあった。


 ――聖堂の近くにアイリーンの生家がある。


 エリアルなら知ってるというからスケジュールが空くのを待っていたんだ。




 帝都オルガは様子が一変しちまった。あの巨大な塔は一夜で消失し壊れた家なんかも元通り。まさに夢から覚めたって感じだが、事はそれだけじゃ収まらなかった。


 かつての侵食、迷宮が生まれた一件で殺されたはずの市民が突如戻ってきたんだ。こいつらはナイメリアへの生贄に捧げられていたそうだが、顕現(けんげん)が失敗したことで解放されたわけだ。


 そしてこっからがややこしいんだが……。


「エリアル、本当にこっちで合ってんのか?」

「おかしい、何かがおかしい……」


 エリアルの案内でアイリーンの家を探すものの全然見つからねえ。


「確かに聖堂の近くだった。なのに景色に覚えがない」

「つうか今の帝都は確かに変だ、以前と街並みが違う。まるで適当に配置したみたいだ」

「……これもナイメリアの影響か?」

「どういうこった?」

「過去と今、二つの帝都が同化してしまっているのだ」


 よく分からんこと言い出したぞ、エルフの話は分かりにくい。


「侵食によって異次元に囚われた帝都、そして地上で冒険者の街となった帝都、この二つが同時に存在しようとしてかち合った可能性がある」

「そんなことが起こるのかよ?」

「あくまで推測だ。ナイメリアの顕現はギリギリで阻止されたが、まだこの場は夢と現実の境界が曖昧なのかもしれぬ」


 それって大丈夫なのか不安になるな。……だがまあ良い面もあるかもしれねえ。侵食後に住み着いた連中も今や帝都の住民だ。どっちも帝都、同時に存在しても良いだろう多分。


 しっかし参ったな。てんで構造が変わっちまったとすれば最悪の場合、端から虱潰しに探すことになりかねねえ。


「……もう少し探してダメなら出直すか」

「ガロ、人手が必要なら声をかけてくれ」

「あんがとよ」


 次はセレナでも連れてくるか。人探しならウィルの方が得意なのにな。


 ……オレはまた色々大事なもんを失っちまった。だが前向いて歩いていくぜ、今はもう一人じゃないって分かってるからな。


 そうだろ?

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