第151話 灯火
目的
◆異形の神ナイメリアの顕現を阻止する。
◆ナイメリアに囚われた人々を解放する。
◆ジェイコブを倒す。
「消えろ、滅びろ、神に仇なす者どもよ!」
異形と化したジェイコブ、狂ったように腕を振り回す。それも三本、四本、無造作に、触れるもの次々に打ち砕かれていく。床も壁も、柱も足場も。フロアが崩壊していく。
「うおおおおウィルお前だけでも上行け!」
「んなこと言っても!」
「掴まれ!」
ファリエドが精霊を呼び出して浮遊する。それに掴まって難を逃れるが。
「すまぬ、二人は重い……!」
「だよなあ!」
耐えきれず急降下、そこにジェイコブの拳が迫る。
「飛び降りろ!」
飛ぶのか、手を放して落下、直後に猛烈な破壊の衝撃が突き抜ける。
「ファリエド!?」
「王様!?」
やられたか? 確認する間もなく床に落着、転がりながら体勢を整える。
「ウィル立てるか!?」
「何とか……」
ガロは上手く着地したらしい、腕を引かれて立ち上がった。
――光。振り向くとジェイコブがこっちに狙いを。口から得体のしれない光が発している。
「マズイぞ!」
放射、魔力の奔流。全力で飛ぶ。衝撃、爆風。
――ゴゴォン!
激しく床を転がったが生きてる、まだ生きてる。ガロはどこだ。
「逃げろ!」
ガロの声、安堵、だがそうじゃない。ジェイコブが這い寄ってくる。
化け物のように開かれた掌。逃げられない、捕まる――。
「ごふっ!」
掴まれた。何て力だ、骨の折れる音が聞こえた気がする。
「神に刃向かう愚か者よ、報いを受けや!」
「後で受けてやるさ!」
ドリームズ・エンド、ジェイコブの手に突き刺すと亀裂が走り一挙に蒸発した。
「おおぁぁぁっ!?」
苦悶の叫びを上げるジェイコブ。その隙に遠くへ……。
「う……」
全身に痛みが、腹の底から血が逆流、思わず吐き出す。赤いな、などと他人事みたいに思ったが、俺の人生はこの色に塗れてきたんだと思い返す。
そして倒れた。ここまできて……動けない……なんて……。
風が顔をなでる。ジェイコブの放射で外壁が破られていた。帝都市街は遥か下、どこにも闇が広がっているけど。
「火が……」
町にぽつりぽつりと炎が燃えている。戦いの跡か。そしてもっと遠く、城外の野営地は篝火で煌々と輝いて見えた。
あの中に多くの人々が生きている。市民が、兵士が、様々な種族たちが。マリアン……皆……。
「立ちやがれウィル!」
叫ぶ声が聞こえる。顔だけ上げると黒い獣人が見えた。ガロがジェイコブに飛び掛かっている。
「かぁーったくお前ら、まだこんなとこにいやがったか!」
ドスドスとやって来たのはゴッツ。傷が痛むだろうにまだ戦うつもりだ。
「何だ、まだ生きていたか」
ふわりと降りてきたのはファリエドだ、彼も無事だったらしい。
「ケッ、てめぇより先に死ぬかい」
「誰のおかげで延命していたと思ってる」
「ジジイども口より手を動かせや!」
三人がジェイコブに向かう。あの猛威に怯まず立ち向かっていく。
いや、三人じゃない。上から魔力の塊が降ってきて――。
「ごおぁっ!?」
ジェイコブを直撃した。今の一撃は。
***
「王様!?」
あたしは思わず叫んでいた。エルフの王様が攻撃をまともに受けた。ウィルとガロは下に、でもこっちの方が急を要する。
降り立って瓦礫の間にファリエドを見つける。
「あ……」
そこにはもう一人いた。エルフの女性、でも実体じゃない幻。
「……サーリア皇妃?」
その人は小さく頷いたみたいだった。帝都の監獄に囚われ続けていた皇妃、それがどうしてここに。
「サーリア……」
ファリエドは無事だった。そうじゃない、サーリアが治してくれたんだ。
「すまない、私はお前を苦しめてしまった。許してくれなど言えぬ……」
うなだれるファリエドの肩にサーリアの手が触れる。優しく何か囁いたようだった。
やがてサーリアは消えていった。後にファリエドの涙が残る。
「……そなたはアイリーンだったか」
「あ、はい」
「私は戦いに行くが、そなたはどうする?」
「あたしは……」
ずっと頭に靄がかかってたみたい。ううん、分かってるのに目を逸らしてたんだ。あたしの望みが歪んでるのに考えないようにしてた。これまでもずっとそう。
「私とて幾度も悩んだ。迷った。後悔し続けた」
「……」
「心に従え。そなたには仲間がいる、けして放すな」
一際大きな震動。下の戦いも激しく続いてる。ファリエドはそこへ向かって降りていった。
……心に従え。欠けた心でもいいのかな。あたしの一部はここじゃないどこかで今も眠ってる、そんな気がずっとしていた。
また迷ってる。たくさん失ってきたからかな。でも一つだけ確かなのは、これ以上失いたくないってこと。
「……行こっか」
いつの間にか背中に生えてる翼、これを何となくで広げ宙を舞う。行こう、後の責任は皆に取ってもらおう。あたしも謝るからさ。
下層へ向けて吹き抜けを急降下、戦ってる、皆まだ頑張ってる。
「ジェイコブ……!」
戦おう。乗り越えよう。一人ぼっちだったあたしが初めて得られた仲間と共に。
***
――アイリーン!
「来るのが遅えぞ!」
「ごめんってばーガロ!」
宙を舞いながら魔力放射でジェイコブを抑え込むアイリーン。四人の力であの強大な化け物と渡り合っている。
戦ってる。まだ皆頑張ってる。そんな時に俺は……。
『立ち上がって』
声が聞こえる。誰だ、よく知る人ではない。
『あと少しです皇帝陛下』
俺を呼んでる。もがくように、探るように手を動かすと誰かが握ってくれた。
それを頼りに体を起こす。すると視界に飛び込む若い男。
「君は……」
幽霊のように体が透けている。帝都に突入した際に同じものを何度も見た、記憶の欠片が実体を持った存在たち。
『陛下、私の家族に良くしていただき感謝いたします』
「君は……もしやジョン・オーウェンか?」
『お久しぶりです陛下、少年の頃に拝謁して以来でしょうか』
マリアンの兄、オーウェン侯爵家を継ぐはずだった男。彼も迷宮で命を落としたんだ……。
そのジョンに支えられて立ち上がる。俺の頭は痛みも忘れ考えていることがあった。
「ジョン、君たち迷宮で死んだ者もナイメリアに囚われているのか?」
『……私どもは異なります。魂は天に召され、思い出だけがこうして形を取っているのです』
「……そうか」
分かってはいたが、かすかな期待は露と消えた。
『御気になさいますな。私は己の意志と愚かさで迷宮に挑み死んだのです。その亡骸は陛下が見つけてくださりました。マリアンは……きっと強く生きていってくれると思います』
「ああ、彼女はとても強いよ。クロエたちもいるし」
そこは意見が一致した。やがてジョンの体は徐々に色を失っていく。
「行ってしまうんだな」
『申し訳ありません、私にできるのはこの程度』
「ありがとう、おかげで戦えそうだ」
『勝ってください、陛下』
そう言い残して消えた。ジョン・オーウェン、主従として、あるいは冒険者同士、同じ時を生きたかもしれない男。
彼が俺の心に息を吹き込んでくれた。それでまた燻りかけた灯火が熱を増してくる。
前に進め。