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第149話 風を感じて

目的

◆異形の神ナイメリアの顕現を阻止する。

◆ナイメリアに囚われた人々を解放する。

◆アイリーンを倒す。

==============================================


「小僧、こいつが報酬だ」


 粗末な革袋を受け取るとその軽さについ視線を上げてしまう。


「何だ?」

「約束と違う」

「金目の物が見つからなかったんだ、仕方ねえだろ」


 それがリーダーの言い分だった。帝都地下迷宮に潜るパーティー、その臨時雇いの仕事。出来高に関わらず支払う取り決めを今になってこれだ。

 おおかた計画も立てずに潜ったのだろう。あんな浅い階層で見つかる物はもうたかが知れてるのに。


「だいたいお前の責任だろうが。大した宝も見つけられねえでよ」


 それは責任転嫁だろう。俺は頼まれた範囲で鍵開けや調査を請け負っただけ、宝の有無は別の話だ。


 だが強面の冒険者が三人も並ぶと言い返せない。金に困ってたとはいえ外れクジを引いたな。どこのギルドにも入ってない野良パーティーなんてこんなものだ。


「お前らもたいした仕事はしてねえだろ」


 そこで獣人の男が割って入る。そいつは仲間の一人から金をむしり取ると俺に放ってきた。


「足りねえだろうけど持ってけ」

「……サンキュ」

「おい俺の金……」

「あんだぁ?」


 獣人と他のメンバーがいがみ合う。元々空気の悪いパーティーだったけど長続きしなさそうだな。取る物は取ったし、さっさと立ち去ることにする。




 後日、例の獣人と酒場で出くわした。


「坊主、酒はまだ早いぞ」

「仕事を探してるのさ。あんたの仲間はどうした?」

「フンッ」


 解散したらしい、思ったとおりだ。


「浅いところでコソコソ稼ぐのが精一杯な連中だ」

「もうこの迷宮は四層ぐらいに行かないと稼げなくなったよね」

「……坊主、ここに来て長いのか?」


 こんな小僧が慣れたようなこと言うのが不思議なんだろう。こう見えて何年も迷宮に潜ってるんだよ。


「オレと一緒にもう少し深く潜ってみないか?」

「俺みたいな小僧でいいのかい?」

「腕が良いのは前の仕事で分かってるからな」


 実際に組むとなると別の問題が浮上するのは明らかだが、実力を評価されるのは単純に嬉しかった。そうして俺はこの獣人としばらく仕事をすることに決めたのだった。


==============================================



 ――ゴシャアッ!


 壁に打ち付けられて無様に転がる。軽く当てられただけでこの様、ベッシやクロエとの訓練が役に立たない。

 想定通りだ。ガロと正面からぶつかって敵うはずがない。


「ウィル、そのまま寝てろ。お前を殺したくはねえ」


 俺を見下ろしながらガロが言う。優しいね泣けてくるよ、でもそうはいかない。


「……立つのか」

「お前を止めるよ」


 ……塔が揺れる。上ではファリエドがアイリーンと激しい戦闘を続けている。時間はかけられない。


 ガロ……迷宮で見たどの魔物より恐ろしい魔獣。ゴッツは手負い、俺が戦うしかない。


 有利な点があるとすればガロは弱ってきている。友を取り戻す、その代償に自らを捧げ、消滅が近いんだ。


「諦めろ!」


 ガロが飛ぶ。暴風のような襲撃を回避、転がりながら反撃――は狙えない、ガロの方が遥かに速い。獰猛(どうもう)な牙が襲う、これも(かわ)すが避けきれず蹴散らされた。


 下層に落ちそうになるが何とか踏みとどまる。短剣を掠めることすらできない。それだけガロは強い、俺の積み上げてきたものなど到底及ばないほどに。


「諦めるなオズワルド!」


 ――ゴッツ。傷を負った老体を立ち上がらせて声を張り上げる。明らかに無理をしている、だがその目はまだ生きていた。


「往生際の悪いジジイ……」

「ハンッ、小僧が調子に乗ってんじゃねえわ」


 ゴッツの目が語る。今度こそ、次は俺も行く。


 持てる力を振り絞る。ゴッツのハンマー、力は落ちている。だがそれはガロも同じこと、隙はできる――。


「舐めんじゃねえ!」


 突進するガロ、ゴッツをハンマーごと弾き飛ばした。まだそんな力が残っているのか。


「まだまだぁ!」


 血をまき散らしながらゴッツが踏ん張る、こっちも負けていない。


「うらああぁぁぁ!」

「ジジイが!」


 ゴッツのハンマーが薙ぎ払う。――だが半歩遅い、ガロは跳躍してそのまま襲いかかる。


 しかし――。


「どっせい!」


 これは誘導、ハンマーが急角度で跳ね上がりガロの胴を打ち上げた。


「グッッッ」

「これで――っ」


 だがガロの勢いは止まらない、伸ばした前脚がゴッツを打ち払った。


 ゴッツが床を転がる。ガロは血を吐く。そして俺はその背後に飛び掛かる、ドリームズ・エンドをガロに――。


 衝撃。そして一転。ガロの後ろ蹴りですっ飛ばされたのだと気付いたのは少し後。あの体勢から反撃できるのかよ。


 だが立つ。立てる。立ち上がれる。


「……まったく、ガロは優しいな」

「あぁん?」

「俺には手加減してくれるんだから」

「お前が弱いからだ」

「そんなガロだから止めたかった。俺だってお前の友達のつもりだぜ」

「……」


 短い沈黙は一瞬で破れた。黒い体が眼前に迫ると俺を押し倒す。


「友達と思うなら頼む」

「ぐ……!」

「もう、これ以上、立ち上がるんじゃねえ!」


 慟哭のような叫び。ガロの辛さはひしひしと伝わる。だが目の前に来た千載一遇のチャンス。

 伸ばせ腕、短剣で狙え。ドリームズ・エンドで付けた傷、そこからもう一度ガロの体を切り裂け。


「動くな!」

「――っ!」


 腕を抑え込まれた。ゴッツは、まだ立ち上がれないか。チャンスが遠のく。


「ガロォ!」


 これが最後なのに届かない。ガロの体が益々崩れていく。傷口も徐々に広がって――。


「……腕?」


 見間違いか。ガロの傷口から人の腕が伸びている。かすかに発光するそれは、生まれ出ようとするようにもがいた。


「何だ、どうなって!?」


 瞬間、光が俺たちを包んだ。




 ……光が収まると目を疑った。側に男が立っている。粗末な服に覚えのある容姿。


「まさか……」


 ガロの友人、奴隷の男。それが目の前にいる。


「ガロは?」


 いる、すぐ側にうずくまっている。だがこの状況は……ガロの願いが叶って彼を呼び出したのか。ならばガロは代わりに……。


「お、お前……」


 立ち上がったガロに男が歩み寄る。


「ガロ」

「オ、オレの願いが、叶った。ずっとお前に……」

「違うよ」


 男から否定の言葉が優しくかけられた。


「叶ったのはガロの願いじゃない、俺の願いさ」

「な、何を言って……?」

「ガロ、お前は知らなかっただろうけど、俺はずっと側にいたんだよ。消えてしまったんじゃない、お前の中に溶けて一緒だったんだ」


 男の手が黒い毛皮をなでるとガロの目に涙が溢れる。


「ずっとガロと話したかったんだ。この場所のおかげかな、ようやく望みが叶った」

「オレは……オレはお前に謝りたくて……」

「謝ることなんて何もないさ。お前と共に草原を駆けていろんな場所に行った。海を越えて広い世界を知った。俺は自由になれたんだ」

「……すまねえ……」

「だからもう自分を責めないで。お前を助けに来てくれた仲間に背を向けないであげて」


 徐々に男の体が透けていく。それと対称にガロの崩壊は止まりつつあった。


「行っちまうのか?」

「うん、あまり長く持たないみたいだ。今度いつ話せるか分からないけど、忘れないでくれ、お前は一人じゃないってことを」


 男は最後に笑った。友を労わりながら、光の粒となって消えた。風が吹く。熱はない、乾いた寂しい風が。


「ガロ……」


 もう災いの獣ではない、見慣れた獣人の姿に戻っている。ガロの夢は終わった。友の言葉によってガロ自身が選択したのだ。


 戻ってきた。<ナイトシーカー>のガロが戻ってきてくれた。


「懐かしい夢を見た後のような、妙な気分だぜ」

「もう……いいんだな?」

「ああ。行先を教えろよ、いつもみたいに」


 行先は上、塔の頂上。だがその前に……。


「ゴッツ!」

「やれやれ手間かけさせおって……」

「ボロボロじゃねえか爺さん」

「誰のせいだ犬っころ」


 まだ元気はあるが傷が気になる。忘れそうになるが超高齢のドワーフだ。


「お前たち二人で上に行け。ワシはここで休む」

「ゴッツ……」

「下からの追手は防いでやる。お前らはやるべきことをやれ」

「……すまない」


 元より命を捨てる覚悟の戦いだが、この先達の老人に頭を下げ、俺たちは上を目指す。


 残された時間は少ない。

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