第146話 光と闇の交錯点
目的
◆異形の神ナイメリアの顕現を阻止する。
◆ナイメリアに囚われた人々を解放する。
「フゥ……フゥ……」
どれだけ登っただろう。戦いながら回復しながらの移動は長いようで短く感じる。
「年寄りにこの運動はキツイわ」
「ゴッツがようやく老人らしいことを……」
多くの敵を振り切ってきた。知ってる者もそうでない者も、多くの夢の形を見てきた。
そして踏みにじってきた。
「これが最後と思って突き進むだけだ。行先が天国か地獄かは神々に任せるとしよう」
「それ、また誰か現れよったぞ」
階段の上に二人組。あれは知ってるぞ、よりによって……。
「ハーキュリー、ステファニー」
「来たかウィル、いや皇帝」
彼らも夢に取りこまれたか。いったいどんな契約を、見た目に大きな変化はないが。
「希代の魔術師にしてエルフの王、そして無双の英雄であるドワーフ王か」
「だがお前たちの戦いはここで終わる。もう老人の時代ではない」
「へっ、言ってくれるわヒヨッコめ」
殺気が走る。武器を構えた。――二人とも武器が違う。特にステファニーはあの杖の束じゃない。
一本の杖、たったそれだけだが尋常でない魔力が溢れている。
「貴様、その杖をどこで……いや問うまでもないか」
「二人はよく存じているだろう。これぞ伝説にある『夜の杖』だ」
まさか。それはあの魔王が所持していた杖じゃないのか?
「ナイメリアより授かった究極の杖だ」
「そしてこれが『光の剣』!」
ハーキュリーが剣を振るうと眩い光が迸った。あれも知っている、ホセの夢で見た。勇者エレアが神々より授かった宝剣。二人とも何て契約をしたんだ。
それでもファリエドとゴッツは動揺を見せない。ただちょっと不快そうだが。
「子供には過ぎたオモチャだな」
「所詮は紛い物じゃねえか」
「紛いかどうか、その老体で味わってみるがいい!」
ハーキュリー、上階からの急襲。分厚い鎧をまといながら恐るべき速さ。そのまま地面を抉る破壊力は投石機の如くだ。
「若造が稽古つけてやるわい!」
「そのしわ首もらうぞ!」
ゴッツとハーキュリーの激しい打ち合い。ハンマーと剣、いずれも豪傑同士の激突。外壁や柱をなぎ倒していく。
ハーキュリー、やはり英雄の名は伊達じゃない。ゴッツでも相当手こずるか。
「……ステファニーは!?」
上にいない。途端、俺とファリエドを黒い靄が包む。
「こいつは……!」
慌てて飛び退る、これに触れるとマズイ。
「ステファニー!」
「これは闇そのもの、全てを飲み込み無に帰す」
「そんな力がお前の求めるものだったのか!?」
ガロじゃないが魔術師って奴は……冒険者なら皆同じか、ハーキュリーの光の剣もそう。誰だって強い力に魅せられる、ナイメリアはそういう夢を見せる。
「さあ、闇の中で眠るがいい!」
夜の杖から闇が広がり周囲を漆黒に染めていく。
「オズワルド、私から離れるな!」
「防げるのか?」
「長くは持たぬ」
ファリエドが聖なる光を放って闇を退ける。だが周囲はもう闇だらけ、徐々に浸透してくる。
「二人とも暫し待っとれ!」
ゴッツの声が遠く感じる。これが闇か、音が、光が、温度が、感触が失われていく。何も感じなくなる暗闇。
「ファリエド……ゴッツ……」
勇者たちはこんなものと戦っていたのか。夢の中ではエレアが光の剣を掲げていた。だが今はハーキュリーの手の中、防ぐ手段がない。
「――光が」
一筋の光が闇を切り裂いた。
「しまった!」
ハーキュリーが持つ光の剣だ。強烈な閃光が勢いを増して闇を払う。
「ハーキュリー、この馬鹿!」
「す、すまない」
「ハッハッハッ、お前らには早いんだよ!」
ゴッツが誘導したのか、力だけじゃない老獪な戦術。
「今だ!」
隙を突いてファリエドの反撃。水が矢のように飛んでハーキュリーたちの顔面を打つ。怯んだところでゴッツがハンマーを叩き込むと重い鎧ごと階段を転げ落ちていった。巻き込まれたステファニーは少し哀れだ。
「優れた道具も使い手次第ということだ」
「五十年後なら分からねえがな」
長命種の感覚よ。
「そもそもあれほどの神器を楽して手に入れようとは」
「エレアの奴は神々の七面倒な試練を乗り越えたってのに」
老人トークを聞きながらフロアをまた一つ上がる。
「……無人か?」
敵のないフロア、だが静かな殺気が漂っている。
「気を付けろ、何かいるぞ」
ゴッツが神経をとがらせる。互いを庇いながら階段の方へ。
「来るぞ!」
警告――次の瞬間に風が通り抜けた。そして熱波、辺りに黒い炎が広がる。
変化の主はその威容を現した。燃えるような毛並みをした黒い獣。雄大でありながら災いを具現化したような怪物。
俺は知っている。こいつの正体を知っている。
「……ガロだな?」
「……ウィル……」
五層で見せた変身体、八層で見た獣の姿、それらとつながる。……だがこいつは今までの比じゃない正真正銘の魔獣だ。これがガロの本来の姿……。
「オズワルド、あれを知っているのか?」
「ああ……」
「あれは西の大陸に存在したという“災厄の獣”だぞ、どうやってこの地に来たのだ?」
「ふ、船で」
「船で?」
これもナイメリアとの契約か。だが俺に言葉を返した、意思疎通は可能なんだ。
「ガロ、道を開けてくれ。俺は最上階に行かないといけない」
「何のために?」
「……夢を終わらせ皆を解放する」
「……」
獰猛な目が俺たちを睨む。
「そいつは聞けねえ相談だ」
拒絶。そして来る、後ろ脚に力を込めて跳躍。フェイントも何もない正面からの突撃。
「下がれ!」
言いつつゴッツがガロを受け止め、そのまま高速で後ろへ。暴風のようになったガロはゴッツ諸共に階下へ落ちていった。
「ゴッツが押し負けただと!?」
俺とファリエドはかろうじて避けたけど衣服が裂けている。ガロ、本気で俺たちを倒そうとしているのか。
「ファリエド、ゴッツが下に」
「ここは奴に任せよう、我々は先を急ぐ」
塔に入った時の会話を思い出す。俺は例え一人になっても頂上を目指さなければ。
駆け上がれ。あのガロは危険だし戦いたくない。これ以上誰かと遭遇する前に。
「あれは――っ」
足が止まる。運命は逃がしてくれないらしい。
「……アイリーン」
「ウィル!」
神官服をたなびかせ、いつもと変わらない笑顔でそこに立っていた……。
***
ウィルさん、私は祈ります。遠くの貴方がたへ届くように。
貴方の道行が壁に当たってしまう時、その歩みが止まってしまわないように。
どうか貴方の旅が満ち足りた終わりを迎えられるようにと祈ります。