第11話 黄昏の古城
目的
◆冒険者ジョン・オーウェンを発見し連れ帰る。
第四層、今や守るもののない古城には魔物が蔓延っている。獰猛な獣ダイアウルフ、あるいは動く骸骨スケルトン、生ける死体ゾンビなどのアンデッドたち。中には死んだ冒険者が死霊化したものまで混じっていて、明日は我が身と戦慄させられる。
「我々が探すジョン・オーウェンは第五層から消息が途絶えたままだ」
今のところ引き返してきたという情報はない。五層に留まっているのか、そこで果てたか。いずれにしろこの四層も注意して見ていく必要があるだろう。
「ツバード、これを」
ベッシはジョンの宿舎から私物を持ってきていた。彼が履いていた靴、その臭いを獣人のツバードに覚えてもらおうというのだな。
「俺は猫型で犬ほど鼻が利くわけじゃないぞ」
「そう言わず頼む」
「臭い……」
「お願いします」
嫌々臭いを嗅ぐツバードを同情の視線で囲む。でも頑張ってくれ、お前の嗅覚が報酬にかかっている。
「五層に向かいつつ道中の痕跡も探す。行くぞ!」
歩きながらツバードが鼻を鳴らす。俺も隙あらば潜行して周囲を探るが、あまり回数重ねると集中力が切れるため注意しなくては。
精霊種の一種ドワーフ。彼らは優れた鍛造術と機械技術に魔法をかけ合わせた独自の文明を持つという。
ベッシによればこの古城はドワーフが建てるものと似ているそうだが、言われてみればその名残りは各所に見られる。城郭は帝都の城壁と比べて無骨で堂々とし、防衛機構、仕組みの分からない機械が各所に残されている。
ただ冒険者やモグラがあちこち荒らしてしまったので今はすっかり廃墟だが。
「お出ましだな」
四方から敵が現れた。スケルトン。剣を持ったもの、鎧を着たもの、朽ちたものと豊富なラインナップだが、共通しているのは侵入者を排除するという意志だ。
「俺の魔法で蹴散らす、それまで時間を稼げ!」
フォスを中心に陣形を組む。俺も短剣を構えてフォスの守りについた。
「奴らを近づけるな!」
アインとベッシが巧みな剣捌きでスケルトンを寄せ付けない。ライドの斧は次々と敵を砕いていく。カバーしきれないところはセレナとツバードが食い止め、やがてフォスが魔法の詠唱を完了した。
「ホーリーライト!」
フォスの杖から眩い光が放たれ、照らされたスケルトンたちが煙とともに崩れ落ちていく。
「聖なる魔法ってやつか」
魔法に詳しくないけれど、この手の魔法は聖堂である程度修行して神々の加護を受けなければ会得できないと聞いた。
「まだ来るぞ!」
「問題ない」
再び押し寄せるスケルトンたちに対し、今度はフォスの周囲にいくつもの光の玉が浮かぶ。
「スターライト!」
四方八方へ激しい光が走るとスケルトンたちを次々浄化、周囲を一掃してしまった。フォスって結構すごい魔術師だったのか。
「五層の番人を倒すために覚えた魔法さ」
「番人……そやつもアンデッドなのか?」
第五層の番人。目撃証言では“首の無い騎士”とされ、その姿から“デュラハン”などと呼ばれている。
「デュラハン……首の無い騎兵とか言われる伝承だな」
「でもデュラハンって幽霊なのか、妖精とも聞いたが?」
「いずれにしろ悪しきものなら効果はある」
アンデッドの群れは退けたが四層の脅威はそれだけではない。俺が前に追い掛け回されたダイアウルフ、それが今度は三頭も現れる。
「気をつけろ、ああ見えて素早いぞ!」
ダイアウルフは大型の獣だが素早くパワーも高い。俺たちの周囲を走り回り隙を見て牙をむく。
「ぬん!」
ベッシが噛みつかれた! ……と思ったが義手の方で無事だ。ベッシは噛みつかせたままダイアウルフを地面に叩き伏せ、そこにセレナが剣を刺し込む。
「犬好きなのに……」
セレナドンマイ。俺も犬は好きだ、コイツはデカすぎるけど。
「ファイアウォール!」
またフォスの新たな魔法、炎が壁状に広がるとそのままダイアウルフを炎上させた。のたうち回ったダイアウルフにライドの斧が振るわれ頭を砕く。
残りの一頭もアインが斬り伏せ殲滅完了。すごいぞ、俺なんか一頭でも逃げ回っていたのに。やはりこのパーティーはけっこう強い。
……それでも五層の番人を倒せるかは分からない。目的は人探しだが、時間がかかれば対決は避けられないだろう。
それ以降は魔物との戦いも減っていった。事前に組んだ進行ルートが正解だったな。それでも手掛かりを探しながらの歩みはゆっくりとしたものだった。
「……ちょっと待って」
途中、俺の感覚が何かを捉えた。確認に向かうとベッシも思わず走ってくる。
「ウィル、何か見つけたのか?」
「野営の跡だけど……」
魔物に荒らされた後か。残った荷物を探るとノートが見つかった。
「……若君とは関りなさそうだな」
ハズレだったか。期待させてしまって申し訳ない。
野営跡は見た目にも風化していて最近のものではない。一応回収できる荷物は回収し、地上に戻れたら届け出ておこう。
やはりジョンの姿は見当たらず、ツバードの鼻も反応しないまま五層への階段が見えてくる。
この日は早めに野営となった。フォスが魔力を消費したこともあり、五層での捜索に万全を期すためだ。
「番人を討伐できれば貴族に取り立てられるんだがなぁ」
「それって実際マジなのかよ?」
そういう話もある。冒険者の士気を上げるため帝国、貴族たちが結構な財を投入しているのは事実だ。
仲間たちが夢のある話に浸っている間、ベッシは黄昏にたたずんでいた。古城の老騎士というのはいかにも哀愁が漂う。
「ウィルか」
「ここまでは無事に来れましたね」
ウッズの離脱はあったがパーティー七人で五層に到達だ、悪くない行程だろう。
「お前のおかげでもある。若いのに中々のものだ」
「ガキの頃からコレで食べてきましたから」
ちょっと褒められて恥ずかしいけど背伸びした反応をしてしまう俺。
「そんなに早くから冒険をしてきたの?」
「あ、セレナさん」
セレナも話に加わってきた。俺の話なんてあまり人にしたことないんだけど、まあこういうのも良いか。
「俺は捨て子だったんですけどね。騎士崩れの冒険者に拾われて、あちこち一緒に旅して来たんです」
「育ての親が元騎士の冒険者か。どおりでお前にはどこか卑しいところがない」
「影響はあるかもしれませんね。読み書きも含めて色々教わりました」
「その人は今も冒険をしてるの?」
「死んじゃいましたよ、変なもの食べてそのままパタリと」
「あ~ゴメンね……」
気にはならないけど人が死ぬ話題はやめておこう、縁起でもない。
「でもベッシさん物知りですね。この城を見ただけでドワーフ族の城だって分かるんですから」
「それは理由がある」
「どんな?」
「来たことがあるのだ」
それはこの城に? 迷宮に? いや迷宮にドワーフの城があることが謎なんだけど。
「ワシは昔、帝国の騎士としてドワーフの城を攻めたことがある。今も忘れられぬ、この腕を失った戦場だからな」
「その義手はそういう……」
「あの戦場とこの古城は酷似している。何故なのか、それは今考えても始まらぬが……」
迷宮には元になったものがあるということか? それは造り主の正体につながるヒントとなるだろうか……。
「ウィルよ、いつかドワーフの国も旅してみると良い。だからこんな場所で死ぬんじゃないぞ」