第143話 ユースフ
目的
◆夢幻の塔に侵入する。
◆異形の神ナイメリアの顕現を阻止する。
◆ナイメリアに囚われた人々を解放する。
◆賢者ホセを倒す。
「ファントムミラーはその人の求めるものを映し出す魔物だ」
その鏡に映るのは一つのパーティー。勇者エレア、魔術師ファリエド、戦士ゴッツ、狩人タマ、治療師キタサン、そして賢者ユースフ。
伝説の勇者パーティー。魔王を討伐して世界を救い、やがて分裂した仲間たち。
「これがホセの求めているもの?」
「でも何で顔がないにゃー?」
そこが謎だ。前に見たホセの夢ではハッキリ顔も見てきたのに、この鏡に映る彼らは全員そこだけ潰れている。
「ハハァン、そういうことか」
得心したようなゴッツ、その表情には何とも言えない感情がにじんでいた。
「ホセ、おめぇは思い出せねえみたいだな」
「……」
「俺たちが笑ってる顔をよ」
笑顔――。
「これを見ればホセ、おめぇの願う夢とやらもだいたい想像がつく」
「勇者の旅のやり直しといったところか」
志を共にしながらも分かり合えなかったという彼ら。その旅を、戦いを、最初からもう一度?
「……そうだ、ナイメリアの力で過去すら塗りつぶす」
「今さら埒もないことを」
「埒もないだと?」
ホセの表情が険しくなる。記憶する限り初めて見せる感情の揺らぎだ。
「ファリエド、ゴッツ、考えたことがないのか。何故我々の旅はあんな結果に終わったのか、違う未来はなかったのかと。平和が訪れた途端に種族間、国家間の争いは再燃し、我らのか細い絆も断ち切られた。エレアは人心の乱れに絶望して覇者となる道を選んだ。私は……エレアを止められなかった」
「ホセ……」
「エレアだけではない。我々に絆はなかったが皆それぞれに素晴らしい連中だった。何か一つ違えば我友になれたかもしれない。争わなくともよかったかもしれない」
だからやり直そうと願ったのに、鏡に映る彼らは笑っていない。彼らが笑う姿を思い出せないのだ。
「ホセよ、過去に戻ることができるかは知らぬ。やり直したとて未来が変わるとは限らない」
「そのためにワシらの現在まで否定される筋合いはない」
「お前たちはそれでいいのか。大陸で繰り返される争いで同胞がどれだけ死んだ、無辜の民がいくら死んだ、何度希望を裏切られた?」
「それでもワシらは懸命に生き抜いてきた」
ファリエドとゴッツはハッキリとホセを拒絶した。
「子供たちが生まれ、育ち、自立していくのを見守り続けた。確かにその全てが幸福な生を送ったわけではない。だがいずれも唯一無二の命であり、彼らと出会えた私の人生にやり直しなど必要ない」
「おめぇなら分かるはずだ。帝国を、エレアの子孫を見守ってきたおめぇになら」
「……」
ホセが目を閉じる。俺も思わず過去の記憶が去来した。幼き日にホセが先生となってくれたこと。彼が語る勇者との旅路。世界の広さ、世の中の複雑さ、多くを教わってきた。
「その通りだ」
「ホセ……」
「歴代の皇帝、皇族、良い者も悪い者も皆、すべからく幸福になってほしかった」
俺の目がホセと合う。
「オズワルド、それにウィル。君に願いを叶えてほしい、消えてほしくなどない」
それは恩師として、仲間として偽りない言葉だろうと思う。
「……ありがとうホセ。だけど答えは変わらない」
俺の答えにホセは落胆と諦めが入り混じった顔になる。
「それでよいのか。数十年の歩みが潰えて今日にも消えてなくなる、そんな人生でよいのか?」
「ホセの言うとおり後悔ばかりの人生さ。だけど無駄じゃなかった。ここに集まってくれた人たちを見ればそう思える。人は手を取り合えるんだと分からせてくれた」
「所詮は一時の夢だ。脅威が去ればまた憎み合い争い始める」
「俺は信じるよ」
目を逸らさない。もう答えは得ている。
「この世界の人々は時に争いながら、それでも少しずつ互いを知り、いつか分かり合える時が来る。たとえ遠い未来であっても俺は信じてる。勇者エレアの願いはその名と共に時を超え、世代を超えて人々の中に生きているはずさ」
だから無駄ではない。勇者たちの戦いも、俺たちのあがいた歴史も。
「……そうか、君は人生の終わりに信じることを学んだのだな」
もうホセに滾るような魔力は感じない。熱が遠のいていくのを感じる。
『ホセ、何を手こずっているか?』
空から響く声が大地を揺らす。
「ナイメリア!」
『ホセよ、我はそなたの渇望に応えた、狂おしいほどの切望に惹かれ契約してやったのだ』
「主よ……」
『邪魔者を退け夢を叶えよ。それが奴らのためにもなるのだ』
「は……」
『時は近い、もう間もなくだ』
震動、地面が、空気が、空間そのものが揺れる感覚。同時に空がひび割れ裂け目ができ、異質な空間が覗く。
あれは異形の神々がいる異次元だ。ナイメリアの顕現が近づいてこちらと向こうの世界の境界が薄くなっているのか。
「何だあれは!?」
誰かが指さした。空の裂け目から巨大で恐ろしい瞳が俺たちを見下ろす。……あれがナイメリアの実体? 写し身なんかとはまるで別物だ。
「化け物だ……」
「か、敵うはずがない……」
超越した存在を前にして膝を折る者たちがいる。あんなものがこちら側に出てきたらどうなってしまうんだ?
『我は地上に顕現する、世界を夢で塗り替える、そなたら全員の夢を愛でてやろうぞ』
「……待っていた」
時間がない。早く夢幻の塔に突入しなければ。だがホセをどうすれば――。
「この時が来るのを待っていた」
呟きが聞こえた。同時にホセの手が光る。あれはさっきも見た光、賢者の杖を取り出した時のように何かが現れる。あれは――。
「ドリームズ・エンド!?」
砕かれた俺の相棒。光の粒となったはず。賢者の杖と同じで自由に復元できる仕組みなのか。
そして飛翔するホセ。裂け目に向かい合うとドリームズ・エンドを突き立て、思い切り引き裂いた。
『ギャアァァァァ!?』
ナイメリアの悲鳴。天が落ちてくるかと思うほどの揺れ。そして空の裂け目はより大きく口を開けていた。