第141話 あの夏の日に見た太陽のような
目的
◆夢幻の塔に侵入する。
◆異形の神ナイメリアの顕現を阻止する。
◆ナイメリアに囚われた人々を解放する。
◆賢者ホセを倒す。
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薄暗い書庫に魔法の光球を浮かべる。これを散りばめて程よい明るさにすると、一心不乱に本を読み漁る。それが私の日常だった。
魔術師である師父の書庫は膨大な知識で溢れかえっていた。果たして一生かけても読み切れるかどうか。そもそも師父すら全てに目を通したのか疑わしいが。
扉が開く音。入ってきたのはあの男だ。最近訪ねてきた客人、名前はエレアと言ったか。
「これが魔術師殿の蔵書か、すごいものだな」
まだ少年らしさを残した冒険者風の男。数日接しただけだが好青年と呼んでいいだろう。均整の取れた肉体は無駄なく鍛えられ、歩く姿一つ取っても熟練者の風格を持つ。その瞳には太陽の輝きがあって見る者を引き込む力がある。
そんな若者が師父を訪ねたかと思うと、魔王を倒す、そのために協力してほしいなどとぶち上げたのだ。
「ユースフだったね。君のお師匠さんには同行を断られたよ」
「だろうな」
さもありなん。高齢なのもあるが世捨て人同然の方だ、今更魔王と戦う旅などする気ににならないだろう。
「その代わり好きなものを持って行ってよいと言われたのだが」
エレアは本の山を見てため息を漏らす。
「どれが役に立つのか俺にはとんと分からない」
「素人には無理だろう」
「率直な物言いだね。だから別のものを借りることにした」
それは何だ、杖かローブかチャームか。冒険者なら誰でも欲しがる魔道具、だがその仕組みまでは分からずに使っている素人が多い。
「君を連れて行きたい」
「……私は物ではない」
「お師匠さんの許しは得ている」
……まったくあの人は相談もせずに。
「お断りする。私には時間がないのだ」
「日がな一日魔法の勉強か」
「正確な表現がいるな。魔法、神秘、この世の理、その他様々なものを追求している。だが人間の限られた一生で極められるものはたかが知れている、こうして話す時間すら惜しい」
「ふーん」
ふーん、か。この男は勉学に励んだことがないな、きっと。
「私を馬鹿にしているな?」
「まさか、君は俺の百倍は頭が良いさ、多分」
「その言い方が馬鹿にしている」
「面倒な奴だな。でもいい、その知識を外の世界で役立ててみないか?」
役立てるときた、分かりやすい発想だ。人のため正義のため、世界のために役立つべき。
「世界がどうなろうと私には関係ない。世は移りかわる。魔王も滅びる時が来れば勝手に滅びるし、人が栄える時は勝手に栄え、やはり滅びる」
「どうも君は頭だけで物事を考えてるようだな」
頭以外のどこで考え事をするというのか。どうせ心で感じろとでも言うのだろうが。
「エレアとか言ったな。知りたいものだ、君の腹の内を」
「何だい?」
「魔王と戦うのは何のためか。正義のため、それとも名誉、あるいは魔王に替わり世界を手に入れるためか?」
「う~ん」
考え込んでいる。これはダメだ、深く考えたこともなかったらしい。
「……これのためだ」
そう言ってエレアが取り出したのは小さな、出来の悪い人形だった。
「何だそのガラクタは?」
「お守りだよ、子供が俺に持たせてくれた。その子は村を滅ぼされ、深手を負いながらも俺にこいつを持たせてくれた」
「……」
「その子たちを襲ったのが何者か分かるか? 魔物でも魔族でもない、魔王に与した人間たちだ」
ああなるほど、なるほどな。
「俺はそいつらを退けるので精一杯、子供は夜が明けると息を引き取った。俺はそんな子たちをこれ以上増やさないために戦う。だがそれは人を殺すということだ。魔物だけでなく魔王に味方した人間をたくさん殺すことになる。俺はそんな戦いを正義と呼ぶつもりはない」
故に即答しなかったという訳か。短い会話でこの男の性質はだいたい分かった。
危うい。純度100%のガラス玉、そしてそれは既に多くの瑕がついている。
「エレアよ、そんな正義も名乗れない戦いに私を誘おうという訳か」
「そういえばそうだな。じゃあ名誉とか報奨の方は君が手に入れてくれ」
「お断りだ」
「あ、そう……」
子供みたいにしゅんとする奴だ。実際精神的にはまだ子供なのかも。
「エレア、私は君のために戦おう」
「……は?」
「君は何だか危なそうだから、私が手を貸してやるというのだよ」
「褒められていないことは分かる」
「それに外の世界にも少し興味ができた。私の探求心を満たしてくれることを期待する」
「それは大丈夫だ、世界はまだ見ぬもので溢れているから」
ニッと笑うエレアの瞳はやはり輝いていた。その笑顔を忘れないつもりでいた。いつまでも、ずっと……。
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前に出る。立ち向かう相手は賢者ホセ、探求者ユースフその人。俺なんかじゃ天地がひっくり返っても勝てない相手だが行くしかない。
「オズワルド、私に挑むつもりなら愚かの極みなのだよ」
「……分かってる」
「やれやれ、君は歴代の皇帝たちの中でも出来の悪い生徒だった」
「……それも分かってる」
容赦のない言葉が身に沁みる。そうさ、俺は父の治世をふいにしておきながら何も成せなかった暗愚だ。
「だが期待だけはしていた」
「期待だと?」
ホセは肉体を取り戻したことでその表情も読み取れる。今の奴は穏やかでいながら哀しそうな顔をしている。
「ホセ、いったいお前の狙いは何なのだ?」
「それを知ってどうする、今さら翻意させられるとでも? それともただの時間稼ぎかね?」
時間稼ぎ、それもあるさ。時間がないのに引き延ばすという矛盾。だがこの間にファリエドが、ゴッツが、レイヴァインたちが立て直すことができれば……。
「待ちたいならば結構、私も付き合おう」
「え……」
様子がおかしい。思えばホセの戦い方は受け身で積極さを欠く。先にファリエドも触れていたが、やはり……。
「ホセ、大結界への備えは」
「フッ、私が何も講じていないとでも思ったかね?」
……先まで読まれている、敵に回すとここまで厄介な奴だったか。
『ホセ……賢者ホセよ』
――っ。辺りに重く寒々しい声が響く。初めて聞く声、だが覚えのある感じ。
「ナイメリアか!?」
空で五色の雲が蠢く。それはまるで何かの目玉のごとく俺たちの頭上で渦巻いていた。