第140話 賢者
目的
◆夢幻の塔に侵入する。
◆異形の神ナイメリアの顕現を阻止する。
◆ナイメリアに囚われた人々を解放する。
◆賢者ホセを倒す。
ホセが血を流している。レイヴァイン伯爵の不意打ち、思わぬカードの出現。
ところでオズワルドの記憶が戻ったことで思い出したけど、忘れてた。父が伯爵を捕らえ、そのまま監獄に置き去りにしていたこと、エドウィンにも伝えていないし誰も覚えてなかった。
「伯爵、君まで邪魔をするのだね」
「これでも帝国の禄を食む身分だから。だろう陛下?」
その目は「恩赦よろしく」と言っている気がした。気まずい、忘れていたなんて言えない。
「しかしホセ、その姿。これしきの攻撃で血を流すとは、人間の肉体の脆いことよ」
「……」
「不死身の体を捨ててまで君が何をしたいのか……気にはなるが口を封じるとしよう」
瞬間、レイヴァインの体が再びコウモリに化けた。無数のコウモリがホセを通り過ぎ、牙と爪が襲いかかる。
「……っ」
急にホセの動きが止まった。その背後で伯爵は悠々と人型に戻る。
「……血の刻印か、伯爵」
「左様、君に付けた傷に私の血を含ませた。微量だが効果はあったようだな」
ホセの傷口から漏れた血が紐のようにまとわり付いている。吸血鬼の技か、動きを封じ込めたようだ。
「生きた体が仇となったね、賢者と呼ばれた男が呆気ない」
伯爵の手から血が滴ると鋭い刃の形になった。
……ホセが死ぬ? 勇者と共に世界を救った男が。帝国を支えてきた賢者が、世界を渡り歩いた探求者がここで死ぬ?
今の彼は倒すべき敵だ。それでも拍子抜けと抵抗感を同時に感じていた。
「伯爵、離れろ!」
ファリエドの声で我に返る。これは警告だ、ホセはまだ死んでなどいない。
「案ずるなエルフ王、ここまで来れば……」
そう口にした伯爵が一瞬固まった。俺も同じだ、よく見るとホセが何かしている。
広げた手の平に薄っすらとした光。見る間に収束して輝きを増すが、あれは何かの形を取っている。棒状の……杖か?
「レイヴァイン伯爵!」
――視界が光で満たされた。遅れて耳に爆音。
「おい皇帝、くたばるんじゃねえぞ!」
ゴッツの声で意識を取り戻した。辺りにはまだ砂埃が漂っている。
「ホセの魔法か?」
「ああ、ファリエドが防がねえと危なかった」
「ガボッ、グホッ……」
「うおっ!?」
ギョッとした。レイヴァイン、胸から上だけになって転がっていた。
「ううむ油断した、奴にはアレがあったのだ」
「そんな状態でも死なないんだな吸血鬼って」
よく見ると肉体が再生を始めている。だがしばらくは動けそうにないか。
「それより皇帝、あれを見ろ」
ゴッツの声に警戒がにじんでいる。煙が晴れてホセの姿、その手には奴が呼び出した杖が。
「ホセが杖……初めて見た」
魔術師や神官が杖を使うことはよくある。中にはステファニーのようなマニアも。だがホセは今まで手ぶらで戦ってきたのを思い出す。
「皇帝陛下、魔術師にとって杖がどういうものか分かるか?」
「……魔道具、そして武器」
杖は魔力の集中に役立つだけでなく、杖自体が持つ力が所有者に寄与することも多い。あとは直接殴るとか、権威的なものとかか。
「奴のものはその中でも最高峰、名は『賢者の杖』」
「『賢者の杖』……」
その杖は何の素材でできているのか、特別飾らず直線的、だが洗練された印象を受ける。これがホセの本来のスタイルということか。
「何故今になって。異形神と契約した体では使えないのか?」
「簡単なこと、骨になって杖すら持てなかったからだ」
「ああそういう……」
話していられる時間は終わった。ホセが来る。
「諸君、これが最後の警告だ。撤退したまえ」
「それができたらとっくにしてらぁ」
「残念だよ」
賢者の杖が光る。ゴッツが駆ける。最大最速で繰り出されたハンマー、だがホセは転移して避ける。
再び地面がひしゃげた。ゴッツのハンマーで石と土が巻き上がる。ホセは空中。ファリエドが魔法を構えゴッツも飛び掛からんと踏ん張る。
「――!?」
ゴッツが止まる。その足に何かが絡みついていた。腕、石でできた腕が掴みかかっている。
「ちっ、ゴーレムか!」
「いつの間に!?」
いや、先の激突の間に魔法術式を流し込んでいたのか。
「ホセ!」
「ファリエド!」
一対一、二人の魔法がぶつかり合う。放射された魔力の塊が空中でかち合うと辺りを激震させた。
「ぐうっ!」
盾をかざして衝撃に耐える。激しい撃ち合いは数度にわたり、その度に鳴動が帝都を駆け巡る。
「ファリエドが圧されている……!」
ホセの魔法がパワーで勝っている。賢者の杖のせいか、このままじゃファリエドが……。
「もうダメだ援護を!」
たまらずノーム隊が動いた、ホセの死角から魔法で狙いをつける。
「大人しくしているといい」
くるりとホセの指が回る。怪しい光が輝くとノームたちが膝から崩れ落ちた。
「眠らせたのか……!」
恐ろしいのは撃ち合う片手間に他方を眠らせるというホセの手練だ。並の魔術師では子ども扱いか。
「あんの野郎!」
束縛されたゴッツがハンマーを投げようとする。だがそれを察知したホセは直下に落下。着弾と同時に大爆発。すっ飛んだゴッツが俺の脇を転がっていった。
「畜生め!」
「あんたも大概頑丈だな……」
身を守ることしかできない我が身が口惜しい。だが戦いは立ち入る余地のない領域へ突き進んでしまった。
「ホセェ!」
それでも敢えて介入する者がいた。獣王ナラーン、今のホセ相手では無茶だ!
――激突は起こらなかった。代わりに倒壊した家屋の屋根が弾けた。ナラーンが突き刺さっている、ホセが転移させたのだ。
「諦めんじゃないよ!」
「何としても一太刀!」
待て、行くな! ベッシとキャサリンまで襲いかかる。それだけじゃない、ナラーンを契機にして多くの戦士たちがホセに突撃を始めてしまった。
「討ち取れ!」
「愚かな」
ホセは一歩も動かない。ただ杖を地面にコツンと当てて詠唱。
「――実に愚か」
ホセを中心に地面から無数の棘が湧き出す。迫る戦士たちは尽く弾かれて一掃されてしまった。
「何て……」
強い。ただ強い。
「――ウィル様」
クロエが駆けつけ俺とホセの間に立つ。一人で飛び込む愚は犯さないが、正直手詰まりだ。
ベッシたち、致命傷ではないが確かなダメージを受けて動けずにいる。そして健在な者たちはもう腰が引けていた。
「クロエ、下がってくれ」
「ですが……」
「俺が行く」
俺が引き起こした。俺が巻き込んだ。今更と言われるかもしれないが、俺が行かないといけない、そう思う。
「ホセ……」
「来るのかオズワルド」
行くさ。ウィルとして、オズワルドとして、あんたの仲間として。