第139話 伝説の激突
目的
◆夢幻の塔に侵入する。
◆異形の神ナイメリアの顕現を阻止する。
◆ナイメリアに囚われた人々を解放する。
◆賢者ホセを倒す。
「ようユースフ、いやホセと呼ぶか」
「……」
ゴッツの言葉に反応はない。怪しい仮面の魔術師はふよふよと浮いている。
「ホセ!」
「ウィル……いや、皇帝オズワルド。時が来るまで旧交を温めていれば良かったものを」
言葉が静かで冷たい。もうこの男は敵でしかないのか。
「てめえ、ついに裏切りやがったか」
「ゴッツ……」
この言い方である。ゴッツやファリエドに言わせれば、ホセにはそういうところがあるらしかった。
「ホセ、てめえは前から気に入らなかったが、これで心置きなく打ち砕けるぜ」
「相変わらずチンピラのような口ぶりだ。私もお前のそういうところが嫌いだった」
ああ、勇者パーティーの悪いところが……。
「いいだろう、今すぐぶち殺してやるぜ」
「挑発に乗るなゴッツ」
今にも殴り掛かりそうなゴッツをファリエドが制した。
「まず私が行く。他の者は近づけるな、隙を見てゴッツが叩け」
「……チッ、しゃあねえな」
ここはゴッツが素直に退いた。そうしてファリエドとホセ、二人の魔術師が対峙する。
「ファリエド殿、我らノーム隊も援護します!」
「不要だ」
「さ、されど」
「守りに専念せよ、気を回す余裕はない」
空気がヒリつく。おそらく当代屈指の魔術師二人、考えうる中でも最大の激突となる。
「ホセ、私はお前が何者であろうと構わない。全力で退ける」
「そうしたまえ、さもなくば後ろの連中諸共に死ぬぞ」
ファリエドが杖を構える。『精霊の杖』、神木を削って作り出したというエルフの神器。
……二人は動かない。距離を開け向かい合ったまま一分経ったか。
「様子を見ている?」
「いいや、もう始まってるぞ皇帝」
――意識を集中してみる。魔法の素人な俺でも感じてきた。この場一帯に魔力の流れが生まれている。
「互いに魔力を放出してフィールドを支配しようとしておる」
そのうちに風が熱を帯びてきた。大地が震えている。
「――雷光、照らし、滅せ」
ホセが何か呟いたか、手を振ると空中に稲妻が走る。一つ、二つ、幾筋もの雷光がファリエドに襲いかかる。
「流れ、廻れ」
対するファリエドの周囲に気流が生まれる。術者を中心に風が舞い稲妻の軌道を逸らした。
「うおっ」
「余波に気を付けろ」
なるほどこれは守りに徹する方がいい。二人の魔法がジリジリと鍔迫り合い、だがその間もファリエドは杖に魔力を集めている。
「一撃に賭けるか、させないのだよ」
ホセの追撃、巨大な炎の塊を放射。だがこれも風の守りにかき消された。
「さすがにこの程度は防ぐか、衰えてはいないようだな」
「貴様は見る影もないなホセ」
「フン」
風、ホセも風の魔法だ。それも三属性同時、上から稲妻、正面から炎、側面から風。
「あんなに一辺に!?」
「あれが賢者の魔法か!」
ノームたちから驚きの声。それをファリエドはどこまでも冷静に受け止めた。
「フィールドを制しつつある。奴ならどんな魔法でも軌道を逸らして受け流す」
自信ありげなゴッツ。刹那、ホセの魔法が襲う。光の槍が降り注ぎ、炎が激しく舞う。その余波は嵐のようになって辺りを吹き荒れた。
「ひえっ」
地面が抉れ足下までひび割れた。だが砂塵が晴れた後には無傷のファリエドの姿が。あの猛攻を全て逸らしたのか、余人の入り込む余地がない頂上決戦だ。
「さて行くかのう」
行くのか。ゴッツがホセを狙いハンマーを握り直す。魔法戦に切れ目ができた時、そこが勝負に……。
「シャッ!」
行った。ぶつかり合いの只中にゴッツが飛び込む。振り上げたハンマー、そこにホセの放った稲妻が光る。
「ぬがががががが!」
雷撃を浴びたゴッツは光輝きながら、それでもホセに向けて一撃を叩き込んだ。
「この力馬鹿め!」
応戦するホセはシールドを展開。手のひらに凝縮したシールド、前に見たのと同じ手だ、ゴッツの攻撃まで止められる。
「まぁだまだぁ!」
追撃、ゴッツはハンマーを手放すと拳を打ち上げた。防ぐ、ホセも両手でガードして直撃を避ける。
だがそれが限界だった。
「――ファリエド!」
ファリエドの杖から一条の閃光、狙いすました一撃がホセを直撃した。ついでにゴッツも吹き飛ばした。
「何て威力……」
辺り一面に土煙が舞い上がっている。ホセは、ゴッツはどうなったか……と、煙を掻き分けて岩のような影が出てきた。
「ゲホゲホ、やったか?」
「ゴッツ!」
ピンピンしとる。
「ホセの野郎はどうした?」
「……上か」
ファリエドが見上げた先、空中に黒い影。ローブをはためかせながら両の手に魔法を溜めている。
「しまった!」
「問題ない、そこはすでに我が領域だ」
言うや否や上空で竜巻が発生、一つ、二つ、三つ掛かりでホセを巻き込む。
――いや、ホセの姿はない、一瞬で消えた。地上、もうすでに降りてきている。
「湧き上がり、引き裂け!」
ホセの魔法で地面が激しく隆起、波のように伝ってファリエドたちへ向かう。
「ウラァ!」
だがゴッツが地面を蹴りつけると石がめくれ、ぶつかり合って相殺してしまった。
……これが最上位の魔術戦か。魔法で撃ち合う間にファリエドは空中へ、ホセは地中に魔法を展開していた。魔法力だけでなく先の読み合いが問われる戦い、それに順応するゴッツも化け物だ。
「さすがだなファリエド。貴様ほどの才能と時間があれば、魔法の歴史を百年は進めることもできただろうに」
「私の興味はそこにない」
「そこだ、そういうところが昔から癇に障っていた。私が求めてやまない時間を持っていながら……」
「……待てホセ、その顔は」
ファリエドの様子が……。見据える先、ホセの仮面が半ば砕けて中身が。
「……骨じゃない、だと?」
「もう隠す必要もないか」
ホセが仮面を捨てた。あの顔は覚えている、前にホセの夢で対面した。若かりし頃の“ユースフ”その人だ。
「……ナイメリアと契約して肉体を取り戻したのか」
「その通りだファリエド」
「ホセ、お前は何が目的だ?」
「フッ」
……かつてホセは永遠の命を求め、異形神の一柱ベルゼルスと契約し不死者となった。それがあの骨の体だったのに、今度はナイメリアから生の肉体をもらい受けたと。
そうしてまで成そうとすることは何だ、ウィルとオズワルドの記憶を繋げても分からない。ホセという男の内面、その情報が足りない。
「チッ、厄介だな」
ゴッツとファリエドが身構える。一連の攻防を終えて第二ラウンド、その表情にいささか厳しさが増したようだ。
「――っ」
その時、ホセが急に身をひるがえす。直後、小さいが無数の影がホセを取り巻く。
血飛沫が上がった。ホセの血か。そこで気付く、黒い影の正体はコウモリ、夥しい数の群れがホセを襲ったのだ。
「不意を打って悪いとは思うが」
コウモリたちが集結、瞬きする間にそれは人の姿へ変じた。やはりそうか、帝国貴族にして吸血鬼、レイヴァイン伯爵が乱入してきたのだ。