第138話 都合の良い夢
目的
◆夢幻の塔に侵入する。
◆異形の神ナイメリアの顕現を阻止する。
◆ナイメリアに囚われた人々を解放する。
突破した。帝都に侵入し市街地へ。
「目指すは中央広場だ!」
夢幻の塔、この距離まで来ればその巨大な姿がよく分かる。空中を瓦礫が漂い少しずつ吸い寄せられていく、今まさに建設が進みナイメリアの顕現が近い。
そして市街はかなり破壊されていた。建物は傾き道はデコボコ、大地震の後のようだ。俺たちの街……ナイメリアに捧げてしまった街。
「取り戻す……」
そして魔物たち、市街地にもひしめく。入り組んだ地形で俺たちを囲むように押し寄せてきた。
「陛下をお守りしろ!」
「戦列を組みなおせ!」
「陛下を塔まで!」
多くの命が火花を散らす。魔物に挑み、倒し倒され命を削る。俺のため、などというのはおこがましい。自身のため、同胞のため、国のため、それぞれに命を燃やしていく。
「ぐぬあああっ!」
「ギルバート!?」
ギルバートが落馬している、さすがに老骨には限界があるか。
「もう下がれ、良くやった!」
「な、なんのまだ戦えます王子」
王子なのか殿下なのか陛下なのか、どの俺に見えてるのか分からない。でもこの老人にこれ以上無理をさせるのは。
「あれは!?」
「何だ?」
一瞬、大きな影が地を覆った。建物の間から見えた巨体、あれは……。
「……ドラゴンだ」
魔物のなかでも最大の恐怖をもって語られる怪物。それが目の前に現れた。鱗に覆われた体は岩石のごとく、広げた翼は50フィートを超えるか。建物を押しつぶしながら俺たちを睥睨する。
「あんなものまで……」
それだけじゃない。三層のメイキュウガニ、四層のドワーフ・ガーディアン、五層のドライアス、六層のスライム、七層のゾンビ。一層の小人たちまでそこら中を走り回っている、オールスターか。
「下がれ!」
ファリエドが前に出ると同時にドラゴンが咆哮、口から放たれる火炎はたちまち市街を炎上させる。だが強力なシールドが広がって俺たちを守ってくれた。
「フウ、助かったぜファリエド」
ファリエドのシールドで難を逃れた。だが帝都に入ってからの抵抗は段違いだ。ベッシやクロエたち、各国の精鋭たちも奮戦しているが……。
あと少し、塔までもう少しが遠い。
「やれやれ、ドラゴン狩りなど何年ぶりか」
「魔王配下の竜王を思い出すな」
ゴッツとファリエドがドラゴンに向け歩み出す……その時だ。
――ザンッ。
ドラゴンの首が斬り落とされた。巨大な頭部が落下して地響きを鳴らす。
「……死んだ?」
「だ、誰がこんな」
あのドラゴンを一撃で倒した、化け物か。誰の仕業か見回して探すと俺の目が屋根の上に釘付けとなった。
「……ロバート?」
白い衣を血に染めた男がいた。かつての処刑人。首であれば何でも斬り落とす六層の番人。
だがそんなはずはない、彼は確かに消滅した。ならあれは夢か幻か。
「あ……」
瞬きする間にロバートは消えた。かすかに寂しさを残しながら。
「おわっ、何だ!?」
今度は近場で驚きの声。俺たちの周りに白い霧のようなものが沸き立つ。それは次第に形を整えて人形となった。
「幽霊か!?」
「まさか……!」
この姿、この形は覚えがある。近衛騎士、俺が処刑し五層の番人となってしまった者たち。だが大きく違うのは首が元通りつながっているということ。
「おお、お主ら生きておったか!?」
「ギルバート?」
「皇帝陛下のもと大戦だ、共に参ろうぞ!」
急に元気を取り戻したギルバート、軍勢の先頭切って挑みかかると近衛騎士たちも駆けだした。
ふと目が合う。彼らは澄んだ瞳で俺を見た。そして剣を抜くと魔物たちへ打ちかかる。
「味方なのか?」
ゴッツたちが戸惑うのも無理はない、俺だって夢を見てる気分だ。
「帝国近衛騎士の生き様を見よぉぉ!」
かつて最強と言われた剣士たちがここに揃った、これが夢でなくて何だというのか。五層で俺たちに向けられた刃が今度は魔物を切り裂いていく。
抜ける。大通りを。そして中央広場、魔物の塊。牛頭の怪物や有翼の獅子などキメラめいた連中が守る。
「陛下あれを!」
ベオルンが叫んだ。見ているのは魔物ではない。その側面にまたも霧が広がる。
出てくる。人の形をした何か。今度は近衛騎士たちの比ではない。軍隊だ、武装した兵士たちが魔物に攻めかかる。
「突撃、突撃ぃ!」
幻の軍隊を率いる将軍に覚えがある。先代ウォルケイン伯爵、ドワーフとの戦争で死なせてしまった男。
そして更に後から近衛たちに守られて来たのは……。
「父上……」
先帝マクベタス1世。俺をチラリと見た気がした。その目に憎しみはない。帝国兵の幻を指揮し、帝都に巣くう魔物たちを突き破っていく。
「皇帝、我々は幻を見ているのか、それとも先帝たちの幽霊だというのか?」
「あれは夢だ」
彼らの御霊がここにあるはずがない。あれは地下に残されていた彼らの記憶や思念が、崩壊した迷宮の魔力でかすかに象ったものだろう。
俺が見る都合の良い夢でしかない。それでも、たとえそうであっても心のどこかで和解できたような気がした。
「このまま押せ!」
熱いものを堪えつつ皆を鼓舞した。破れる、敵の守り。抜ける、かつての中央広場へ。
「……っ」
視界が開けた。広場への道。阻む魔物はもういない。
「マクベタス陛下に感謝だな」
幻の軍勢は魔物を駆逐すると消えていった。本当に一瞬の夢を見ていたかのようだ。
「おかげで力を温存できた」
「ここからがワシらの出番だ」
ファリエドとゴッツの言う通り。夢は十分に見た。これから立ち向かうのは避けて通れない現実。
中央広場は破壊されて見る影もない。地下から地面を突き破り塔が出現、それは今も瓦礫を集めて増築を続けている。
その地上一階、閉ざされた入口の前に浮遊する影あり。
「やはり来たか……」
賢者ホセ。伝説の勇者パーティーの一人にして歴代皇帝の相談役。そして俺たち<ナイトシーカー>のメンバー。その男が目の前に立ちはだかる。