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第136話 ウィルとマリアン

目的

◆夢幻の塔に侵入する。

◆異形の神ナイメリアの顕現を阻止する。

◆ナイメリアに囚われた人々を解放する。

「マリアン……」

「行くのですね、あの帝都に」


 再会してからマリアンと交わした言葉は少ない。避けているというより何を話すべきか迷いがあった。


「背が」

「え……」

「背が伸びましたね」


 そのとおりだ。前は少し視線を下げてマリアンの顔を見るぐらいだったが、今は頭一つ分ほど俺が高いだろうか。

 背が伸びる。人の成長を表す端的な言葉が今は空しい。それは少年ウィルが終わりオズワルドへ戻ろうとしているということ。その先はない、終わりへ向けて歩むのみだ。


 残された時間は少ない、そろそろハッキリさせる時だろう。


「オーウェン侯マリアン、ずっと騙してすまなかった」

「あの、騙すとは?」

「ウィルというのは仮の姿、幻のようなもの。それに付き合わせてしまったことを謝罪したい」

「そんなことは……」

「私はおそらく消滅し同時にウィルも消える。もう償う時間もない、願わくば夢でも見たのだと思って忘れてほしい」


 これがお別れの言葉だ。マリアン、クロエ、ベッシ、キャサリン、皆良い人たちだった。


 ……。


「忘れることなんてできませんわ」


 マリアンの目が静かに俺を見上げてくる。


「私は確かに出会いました。誰かのために泥だらけになって迷宮に挑む少年に」

「……」

「私は知っています。お人好しで仲間想いの少年を。<ナイトシーカー>の仲間たちが集まったのは紛れもなくウィルさんのおかげです。たとえ皆が忘れても私は、私たちは絶対に忘れない」

「……」

「それに未来がどうなるかなんて誰にも分からないでしょう。だから私は伝えます。ウィルの帰る場所はここにあると。たとえ壊されてもまた作ります。遠く離れてしまっても守り続けます。貴方の帰れる場所がここにあるんだと私たちは言い続けます」


 力のこもった言葉。俺が思う以上にマリアンは強い心を持ったらしい。


「……ありがとうマリアン。振り返るとウィルとして過ごす時間はとても楽しかった、終わってしまうのが惜しいと心から思う。そう言えるのは皆のおかげだ、たくさんの思い出をありがとう」

「私もウィルさんや皆さんと過ごす時間が大好きでした。屋敷に収まって帰らぬ兄を待っていた私に、違う世界を教えてくれました」

「俺も忘れない、忘れたくない。最後のその瞬間まで」


 マリアンを見ながら微笑むと彼女も応えてくれた。寂しさをこらえつつ笑ってくれた。


 馬蹄の音が近づいてくる。軍が動いている。行かないと。


「それじゃ、行ってくるよ」

「どうか皆さんのことお願いします」


 一度手を振ると振り返らず歩いた。


「オズワルド陛下ー!」


 しわがれた声が俺を呼ぶ。馬に乗って駆け寄ったのは何と近衛の老騎士ではないか。


「ギルバート!」

「御出馬と聞いて参上しました、どうかお供させてくだされ!」

「お前戦えるのか?」

「心配ご無用、最後のご奉公と思って死力を尽くしまする!」

「ハハッ、ならば地獄の底までついて来い!」


 用意された馬にまたがり駆ける。行く先では集結した兵と群衆が一緒になって、中には覚えのある顔も多かった。


「鍛冶屋のおっちゃんも無事だったか」

「ウィル、行くのならこいつを使え」


 おっちゃんが渡してくれたのは盾だ、わざわざ持ってきてくれたのか。


「墓守爺さん、アイリーンはきっと無事だよ」

「皆に七柱の神々の加護があらんことを。こいつも持っていけ」


 手製の護符を握らせてくれた。異形の神へ挑むには丁度良い贈り物だ。


「皇帝陛下、イレニア女王より餞別がございます」


 ニンフ族からはマントが贈られてきた。魔法が編み込まれたもので身を護ってくれる。


「篤く感謝すると女王に伝えてくれ」


 ウィルとして、オズワルドとして、少なからぬ人々との繋がりがあった。それら全てを両手いっぱいに抱えて俺は行く。


「揃ったな」


 帝都を臨む平原に帝国と各国の軍が列をなした。人間、エルフ、ドワーフ、獣人、ノーム、中には意外な集団も加わっていた。


「ベオルン、あれは聖堂騎士か?」

「あれらは父上が引きずり出しました」


 ベオルンの話によれば、セルディックがジェイコブのことで詰問したようだ。ジェイコブは異形神の信奉者だった。同様に聖堂騎士の中にも裏切者がいるのではないか、潔白を証明したくば戦え、などと迫ったらしい。


「あやつもやってくれる」


 そして親衛隊は俺の周りを固めてくれた。ファリエドやゴッツとも合流し帝都を見据える。久々の戦場、後のない戦いに心臓は小さな鳴動を繰り返す。


 そこに伝令の馬が駆けてきた。帝都に対する防衛線から報せだ。


「帝都市街より新たな魔物の一団が出現!」


 先手を打たれたか。防衛線を開放しなければ突入できない、そのタイミングで合わせられた。


「構わねえ、ここで開戦といこうや」

「ゴッツ陛下……」


 ドワーフ王がニッと笑う。そうだ、彼は勇者パーティーの戦士ゴッツ、幾多の敵を破ってきた男。その手に握るハンマーを信じよう。


 俺が手を上げると周囲がスッと静まった。防衛線を抜け敵を破り、そのまま帝都オルガへ。市街の中心、夢幻の塔へ入る。


 これが始まりだ。もう止まれない、止められない、進むだけ。


「突入する!」


 オウッと喚声。一歩。二歩。徐々に歩みを進め加速。雪崩のように、大波のようになって前進した。


 帝都を取り戻す戦い。ナイメリアと決着をつける戦い。仲間たちを救い、そして夢に終わりを告げる戦いが今始まった。

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