第131話 崩壊、そして……
目的
◆異形の神々の顕現を阻止する。
これが最後になるだろう超越。迷宮深層から何度も時空を超え、俺たち四人は地上に帰還した。……はずだったんだけど。
「異形神よ、ここはまだ異次元なのか?」
「いいや、今度こそ嘘抜きで間違いなく地上、お前たちの世界だ」
「ならあれはいったい……」
遠くに見えるのは帝都オルガの城壁か。だが様子がおかしい。町の中心部から無数の瓦礫が巻き上がって竜巻のようになっていた。青いはずの空は朱色が混ざって奇妙な色彩を成し、魔力を含んだ風が不気味に吹き荒れている。
「いよいよナイメリアが顕現しようとしてるな」
「あれがそうなのか?」
「帝都を自分の拠点にするつもりだろう。これからは異形神ナイメリアの聖地となるわけだ」
俺の時の侵食が止まらなければ同様になっていたのか。帝都の住民が無事だと良いが……。
異様な景色に圧倒されるけど気付くことがある。竜巻のような瓦礫たちは少しずつ集まって形を成しているようだ。
「まるで巨大な塔……」
「シンボルとしては分かりやすいな、あの小娘らしいわ」
俺が生み出してしまった迷宮は役割を終え、今度は巨大な塔と来たか。ナイメリアはあの中にいるのか、そして仲間たち、エドウィンは。
「さて、ワシがやれるのはここまでだ。後は自力で頑張れよ」
「クリフ……あんたはどうして協力してくれたんだ。契約したとはいえ相手も同じ異形神だろう?」
「簡単なこと、そうした方が面白そうだからさ」
そうだったな、あんたはそういう奴だ。
「それに、ナイメリアの奴が悔しがるのは見てて楽しいからな」
「良い性格してるな……」
「じゃあなオズワルド、そしてウィル」
「……ありがとうな、クリフ」
クリフは背中越しに手を振って、風とともに視界から消えていった。
「よし、行くか」
「時にウィル、確かめておきたいが」
「何だいエリアル」
「結局お前はウィルとオズワルド陛下、いずれなのか?」
「俺はオズワルドで間違いない。今は記憶もはっきりと馴染んだ」
「では陛下とお呼びする。貴方は異形神と交わり迷宮を生み、帝都を混乱に陥れた」
「お、おい貴様!」
ベオルンが食って掛かるのを制し、俺はエリアルと向き合う。
「相違ない。全て事実だ」
「それで、今後如何なさるおつもりか?」
「自分の犯した過ちにケリを着ける。全ての人民のために戦う」
「……そうですか」
何か確かめるように頷いたエリアルは背を向け歩き出す。
「どこへ行く?」
「本隊と合流して見てきたことを伝えます」
「そうか、ファリエド陛下に後で話したいと伝えてくれ」
「……陛下、姉上に温情を賜ったことには感謝しております」
それ以上は語らずエリアルは遠ざかっていった。
「ベオルン、そなたの父に会いたい」
「は、はい」
一応皇帝っぽく振る舞ってみるけど違和感がすごい。俺の中でウィルが馴染み過ぎているからだろう、それだけこの数年は貴重な時間だった。
「エドウィンの本営にいるだろう、急ぐぞ」
「避難民は向こうへ、焦らずに!」
「魔術師は集結しろ!」
走るうちに人影が増えてくる。帝都から避難したのだろう荷物を抱えた人々。号令に応え集まってくれた軍隊。備えていた冒険者たち。
「けっこう逃げれらたみたいだな」
「皇太子殿下があらかじめ避難計画を立てておられました」
そうか、エドウィンも先の先まで考えていたんだな。
「おめぇウィルじゃねえか!?」
「あれ、親父さん」
行きつけの飯屋の親父さんに女将さん、他にも見知った顔が多い。
「皆無事で良かったよ」
「あんたこそよく帰ってきたねえ」
「いきなり地震がして帝都はめちゃくちゃだ。おまけに下からあんなもんが出てきやがって……」
帝都オルガは今度こそ崩壊した。人々の生活も。だがまだ全てが終わったわけじゃない。
「後は俺たちに任せてくれ」
再び走り出し野営地へ、その間に魔術師たちの物々しい動きが多く見られた。
「大結界を急げ!」
そんな名前が聞こえた。野営地を守る結界だろうか。
「あっウィル!」
また声をかけられた。今度はドワーフ隊のティタン、元気そうだ。
「皆も脱出できたのか」
「全員じゃねえけどな。ホセが撤退するよう言いつけてたんだ」
ホセが……ナイメリアに走ったあの背中を思い浮かべる。
「本人は下へ行っちまったけど、しばらくしたら迷宮が崩れ出してよ。慌てて転移しようとしたら上手くいったのさ」
「転移は魔法で封じられていたけど、迷宮が崩れたことで制約が解かれたのか」
「下では何があったんだ?」
皆戸惑ってるだろうけど話してる時間がない。ティタンたちを置いて本営へ向かう。
「あのテントです」
やがてたどり着いた大きなテント。ベオルンが駆け込むと丁度良くセルディックがいたようだ。
「迷宮でいったい何があったのだ?」
「それより父上、人払いをしてください」
テント内は俺とベオルン、セルディックの三人だけとなった。
「どうか落ち着いて聞いてください、このウィルこそ皇帝陛下その人だったのです」
「何を言っとるんだ?」
ベオルンがこれまでの経緯を説明してくれる。クリフなどのややこしい点は省き、説明しにくいところを噛み砕きながら頑張ってくれた。
「この若者が……確かに容姿など気になる点は多かったが」
「……」
アルテニア帝国宰相セルディック。二十年以上も国家の中枢に関わってきた重鎮で、俺やエドウィンに長らく仕えてきた男。……ベオルンの夢の中で酔いつぶれてる背中を思い出すが。
「確かめてみたい。その話が本当なのか、彼が真に皇帝であるのか」
「父上、そのような時間は」
「すぐ終わる。では始めようか」
セルディックと向かい合う。ここは避けて通れまい。
「かつてエドウィン殿下がお生まれになる頃、皇帝陛下にお尋ねしたことがある。御子のお名前はお決めになられたかどうか、と」
エドウィンが生まれる時……三十年は前のことか。
「その時に陛下が何と答えられたか、そなたが陛下本人であるなら答えられるはず」
なるほどな。会話の少なかったオズワルドだ、そう多くの人には語っていないだろう。
「……」
「さあ如何に?」
答えは俺の中にしかない、心の奥底を掘り返せ。若き日の記憶を、宮廷での暮らし、マティルダ皇后の顔を。
「男子ならばエドウィン」
「……」
「女子ならば……」
思い出す。風に揺られる美しい、あの金色の髪。森の小屋、短くも穏やかだった日々。
「セレナだ。娘であればセレナ」
「……」
セルディックは黙っている。その体がおもむろに動くと、ゆっくり膝をついた。
「皇帝陛下……」
深々と頭を下げる。宰相と皇帝の久々の対面がそこにあった。