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第130話 異次元の歩み③

目的

◆異形の神々の顕現を阻止する。

 ウォルケイン伯爵はよく知っている。彼の父は俺、つまりオズワルドとともに戦場で戦ったものだ。勇将だったがドワーフ族との戦いで命を落としたため、俺はその息子に色々と目をかけたものだった。


 その息子の方がここにいる。この不思議な帝都に。地上の帝都、偽りの帝都に続く三つ目の帝都か……。


「あの日、突然地下から魔物があふれ出した……。私は帝都にいたため家来とともに防戦に当たりました」


 ウォルケインが俺を王子と思って話す。冷静に考えれば年齢が合わないんだけどもう面倒だし黙っておこう。


「町は破壊され兵士は倒れ、私もあえなく命を落としました、そのはずでしたが。気が付けばこの帝都に、この不可思議な空間にいたのです」


 それは他の人々も同じようだ。死んだと思ったらここにいた、という者がほとんど。


「この帝都には昼も夜もなく、空腹になることもありません。ですが眠気はやってくる。そして眠ると悪夢を見てしまう。町の外には出られず牢獄のよう、ここで我々は何年も捕らわれてきました」


 彼らはここで死ぬことはない。だが何も起こらず終わらせることもできない、そんな無為の日々はある意味で拷問だったようだ。先刻の市民たちのパニックはその反動だろうか。


「王子、どうか我々をここから救い出してください!」

「……」




 あらかた話を聞き終えて、俺たちは在りし日の帝都を眺めていた。


「どうだい久々の帝都、お前が治めた町の姿は?」

「クリフ……」


 似たようなやり取りが何度かあった気もする。だが今は心情が違う。


「ようやく分かったよ」

「ほーう、何が分かった?」

「ナイメリアの言っていたこと、色々とな」

「我々にも聞かせてもらいたいな」


 エリアルとベオルンか、そうだな皆に聞いてもらおう。


「俺たちが見てきた地上の帝都は本物じゃない。だがまったくの偽物でもない、ナイメリアの魔法で塗りつぶされてしまったんだ」

「塗りつぶす……確かにそのようなことを言っていたな」

「夢で現実を塗りつぶす、それがナイメリアとの契約の形。俺が、オズワルドが地下で狂い迷宮を生み出した時、帝都は生贄として差し出されてしまったんだ」


 だからこの帝都はナイメリアの所有物となってしまった。ついさっき見てきた異形神たちが様々なものをコレクションしていたように。奴らはそうして俺たちの地上を侵犯している。


「ご名答。お前たちの知る帝都は夢が現実となったテクスチャー、その下にこの街がある」

「テクスチャーの下……何がなんだか」


 ベオルンはまだ頭を抱えそうな顔だ。無理もないが考えるより感じてくれ。


「時空間的に捉えるんじゃ、異次元なんてすぐ隣にあるもんだぞ」

「それで異形神よ、彼らを救い出す方法はあるのか?」


 エリアルはというと直截な質問である。


「例えば貴様の通路で地上に連れ出すことは」

「ここは牢獄だ。連中はこの次元に結び付けられてて逃げることはできん」

「ではこの先ずっと囚われたままと?」

「さあのう。オズワルドとの契約が切れてもこの通りだ、ナイメリアを倒すしかないんじゃないか」

「倒す……あの異形の神を……」

「できるとも。遥か昔から何度も前例はあるぞい」


 ……確かに、異形神の侵攻は歴史上数あるが、人類はそれを防ぎとめてきた。不可能ではないはずだ。


「やるべきことは決まってる」


 問題はどう実現するか。唯一にして最大の問題だが、まずは地上へ戻ることだ。


「そんじゃ、そろそろ行くとするか」

「今度こそ地上に出られるのかい?」

「ここまで来れば簡単じゃい」


 再びクリフが扉を開く準備にかかった。その間に俺はウォルケイン伯爵たちと話を詰めておこうか。


「すまない伯爵、今はまだ皆を救い出すことはできない。だが必ず戻ってくる」

「耐えます。貴方がたはここに囚われてより初めての希望でした」


 後ろ髪引かれる想いを振り切り彼らと別れる。


 ――その時だ、俺の視界に一際高い建物が映る。


「あれは聖堂……」


 ある記憶が急速に去来する。気付けば走り出していた。


「おいどこへ行く!?」

「すまない、確かめたいことが!」


 聖堂近くの通りを走りながら、目に付く市民に片っ端から尋ねていった。


「そういえばそんな名前の子が近くに……」


 走り続けてたどり着いた民家。扉を叩くと中年の女性が顔を見せる。――ああやはり。


「この家にアイリーンという人は住んでましたか?」

「……どうしてそれを」


 六層で偽りの帝都を歩いた時、この辺をアイリーンと一緒に歩いたんだ。


 その家にはやつれた夫婦が住んでいた。奥さんの方はどことなくアイリーンに似ている。


「あの、俺はあなた方の娘さんと」

「……奥へ上がってください」


 言葉を探すうちに家の中へ案内される。そこで俺が見たものは――。


「アイリーン!?」


 ベッドで静かに眠るアイリーンの姿があった。


「ウィル、お前の仲間とうり二つではないか?」

「そうなんだ、こいつはいったい……」


 アイリーンも過去の侵食に見舞われている。だが彼女は奇跡的に生還して俺たちと出会った。ここで囚われているはずはないんだ。

 それとも迷宮で取りこまれここに来たのか、だとすればセレナさんたちも?


「娘はあの日から何年も目を覚まさないのです」

「寝たきりってことですか」


 なら辻褄が合わない。それより別の理由があるはずだ。


「欠けた魂……そういうことだったのか」


 アイリーンは俺と近い。これが彼女の本体で俺たちの知る姿は夢、だから傷ついても死んでも元通りになる。それが“奇跡の聖女”の真実だったんだ……。


「あの、王子様でいらっしゃる? 何か娘を助ける方法はないものでしょうか?」

「……」


 今の俺には何も確約できない。それだけの力がない。だが心の奥から湧き上がる感情は熱く温かいものだった。

 全て元通りにはならないだろう。でもまだ間に合うものはあるかもしれない。今俺に残された時間、それを全て賭けるだけの価値はある。


「任せてください、全力を尽くします」


 夫婦を励まし家を出る。クリフを待たせた広場へ、聴衆に見送られながら進む。


「用事は済んだか?」

「ああ」


 俺は行く。全てに決着をつけるために。

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