第129話 異次元の歩み②
目的
◆異形の神々の顕現を阻止する。
「我が主、虚偽の柱メディアタンの領域に踏み入るのは何者か?」
声からして女か、ヒラヒラした衣服で中が見えそうと目を逸らす……必要もなかった。服の中は何もない虚無の空間、女は頭部と手以外まるで透明人間だった。
「オッス、邪魔してるぜ司書殿」
「……この気配はアル・グリフ様ですか」
司書らしい女は少しだけ嫌そうな顔をした。
「その御姿はどうされたのですか、それにそちらの者どもは人間ではありませんか」
「向こうで色々あってな。ここちょっと通らせてもらうぞ」
「お待ちください、我が主はアル・グリフ様にお貸しした本が返ってこないとご立腹でした」
「あ、あー、あれな、うん覚えとる」
忘れてたな。
「丁度良い機会ですので主に会って行かれませ。そこで直接お話しください」
「待て、あの本は今手元にないというか、探す必要があるんだ。けして失くしたわけじゃないぞ?」
失くしたな。
「あれはとても貴重な本でしたのに……」
「だ、か、ら、司書殿から少し待ってくれるよう話してくれんか?」
「そう仰られましても」
「タダでとは言わん、実は面白そうな本を見つけてきたんだ。これを収めてくれい」
クリフはどこからともなく本を取り出し、それを司書がパラパラとめくる。……って、タイトルに『セクシー冒険者図録』と見えた。いつぞやの秘密のファンクラブが扱ってたような本じゃねえか、そんなもんで納得するわけ。
「コホン、主には私からお話ししておきます」
通ったよ。
そういうわけで、クリフが次の扉を開けるまで滞在が許された。
「……この石碑は」
「エリアル、どうかしたか?」
「我が国で同じものを見た気がする。しかし文面が何か……」
ジロジロ見ていると司書がそっと近寄ってくる。
「これらは主の蔵書ですので、あまり近づき過ぎないようお願い申し上げます」
「ああ、これは失礼」
「見られちゃ困るんだろ、パクってきた奴だからな」
これはクリフの発言、エリアルは口を開き司書は天を見上げる。
「虚偽の柱、メディアタンという奴は知識を集めるのが趣味だが、同時にイタズラするのも大好きでな。お前らの持つ本を偽書とすり替えて楽しんでるんだ」
「なっ、じゃあこの石碑は……」
「それがオリジナルで、お前さんが見たってのは偽物だろうな」
「アル・グリフ様、早くお発ちになってくださいませんか!?」
司書にせっつかれて俺たちは書庫を後にした。再び異空間に飛び込み新たな目的地へ。
「なあクリフ、お前ってあちこちで嫌われてない?」
「そーんなことはないぞ、多分、きっと」
……まあ腐れ縁という奴かな、多分。
「異形神よ、次は誰の領域へ行くのだ?」
「安心せい、そろそろ地上に出られるはずだ」
それを聞いてホッとする。俺たちがこうしている間にナイメリアが何をするか分からない。反撃の策を練るためにも地上へ……そしてどうしよう、まだ考えがまとまっていない。
「出るぞ、着地に気を付けろ」
向かう先に光が見える。思えば大探索が始まってから一月以上も地の底だ。正直かなり安堵してるけど、それもわずかな安息に過ぎない。
――出た、地上に。大地を踏みしめつつ視線を巡らす。
「町の中、帝都に出られたんだな」
「いや……何か妙だぞ」
エリアルが空を指さす。見上げて俺はちょいとばかし目をしかめた。
「空が……」
まるで出来損ないのステンドグラス。色彩と混沌が混じったような空が果てまで広がっている。
「クリフ、本当に地上なのか?」
「スマン、またちょっとズレたみたいだ」
「けどこの場所は……」
見回すのはベオルンだ。俺も気付いたが見覚えがある。
「帝都中央広場じゃないか?」
「確かに広場……だが建物は傷ついていない。昔のきれいなままだ」
「ってことはまさか、迷宮の第六層?」
あそこには偽りの、過去の帝都が存在していた。俺の悪夢が一部具現化した場所だ。
「いやーちっと違うな。ここは帝都、モノホンの帝都よ」
「クリフ、分かりやすく説明を――」
ピタリと止まる。周りに人影、徐々に増えてきた。
「お、おい魔物じゃないだろうな?」
「ベオルン落ち着け、剣は抜くな」
そのうち一人の男が話しかけてくる。何とも疲れた表情をしながら、目だけ丸くして俺たちを見ていた。
「あんたらどこから来たんだ?」
「俺たちは……帝国の調査隊だ。この場所について知りたいのだが……」
「助けが来たのか!?」
「え、えっと」
「皆、ついに助けが来てくれたぞー!」
歓声、バラバラと人が集まり群れとなる。これはちょっと別の意味で危ない状況だぞ。
「ここから出してくれ!」
「お、落ち着いて」
「助けに来てくれたんだろう!?」
「話を聞いてくれ……!」
縋るように、救いを求めるように群がる人々。だが冷静でない、まず落ち着かせないと。
「エリアル、何か魔法を!」
「何かとは何だ!?」
「傷つけず静かにして話ができるようにするそんな魔法!」
「コラーーー!」
突然の怒号に辺りは静まった。
「これは何の騒ぎか、秩序を失ってはならんぞ!」
それは初老の男だった。軽装ながら剣を帯び兵士も連れている。
「ウォ、ウォルケイン伯爵様」
「皆の者、苦しいのは分かる。だがヤケになって暴動など起こしてはならんぞ。必要なのは諦めない心だ、力を合わせ耐えるのだ!」
「そ、そのう、余所から人が来たのですよ」
「なにぃ!?」
ウォルケイン伯爵と言ったのか、あの男。その伯爵の目がこちらに向く。
「貴方は」
「あ、えーと」
「エドウィン殿下では?」
またこのパターン。
「いや少しお若い……まさかエレア王子ですか、外ではいったい何年経ったのですか!?」
「待ってくれ、俺は、何と言うか」
「そう、こちらはエレア王子」
戸惑っているとベオルンが間に入ってくれた。
「ウォルケイン伯爵と言いましたか、私は宰相セルディックの息子でベオルンです」
「ベオルンだと、宰相閣下の息子が立派になったではないか!」
「伯爵殿、どうか事情を聞かせてください、ここがどこで何が起きたのかを」