第127話 信じる心
目的
◆異形の神々の顕現を阻止する。
「間に合った、と言って良いのかな?」
賢者ホセが来てくれた、これでまだ分からないぞ。
「よく来てくれたホセ!」
「……ウィル、雰囲気が変わったか?」
「いいのさ」
話したいことは多いけど軽く首を振った。ホセも色々と察したようで何も言わない。
「よくここに来れたな」
「君たちの肉体が消えていった後、下層に下りる階段が出現したのだよ」
「そうだったか。気を付けてくれ奴がナイメリアだ」
「そのようだな、存在感が違う」
ナイメリアが鋭い目で俺たちを見据えている。
「誰が来たかと思えばエセ賢者か、久しいな」
「ナイメリア、前に会ったのは“異形神の乱”か、それとも“デオウルフの簒奪”だったかな?」
ホセは長い時をかけて異形神を追ってきた男だ、安心感が違う。
「おいおいおいオズワルド、マジでそいつと一緒に戦うのか?」
一人クリフだけは様子が違った。
「ホセは頼れる仲間だ」
「なーに言っとるか、そいつは死の柱と契約して不死身になった男だろう!?」
「それは昔々のことで」
確かにそういう過去もあった。けど過去を突っついたら痛いのは俺だって誰だって同じだしな。
「ホセ、ナイメリアは本体でない写し身だけど、九層の番人になっている」
「なるほど、顕現するには早いと思ったがそういうことか」
「か、勝てるのか?」
怯んでるベオルンに俺は強く頷いてやった。
「一緒に勝とう」
「ところでウィル、いやオズワルドなのか」
「どちらでもいいさ」
「ドリームズ・エンドはあるな、少し貸してくれるかね?」
おう、とホセの手に短剣を握らせる。早速何か策があるか。
「うおおおい止せ、そいつに渡すな」
「クリフ、いいからホセに任せよう」
「ふむ……ではこいつを」
ホセの両手に魔力の光が膨れ、ドリームズ・エンドを包み込む。すると徐々に亀裂が入り、次の瞬間。
――パキンッ。
砕けた。えっ。それだけじゃない、破片もボロボロ崩れて砂のように散っていった。
「前にも見せただろう、分子分解の魔法だ」
「えっ、あっ、はい確かにあった」
それを何故に今、どうしてドリームズ・エンドを?
皆で呆けている中、ホセがフワリと浮かび上がると……ナイメリアの側に寄り、地面に跪いた。
「異形の神、夢幻の柱ナイメリアよ。貴女の天敵となるアーティファクトを葬りました」
うん?
「賢者よ、何のつもりだ?」
「貴女のご寵愛を賜るべく、ご奉仕した次第でございます」
……聞き間違いかな?
「ではそなた、オズワルドと手を切って我が僕となることを望むのか?」
「左様でございます」
「おぉいぃ!?」
何言ってやがるんだホセ! 何してくれてんだホセ! 骨!
「賢者殿、裏切るのですか!?」
「裏切るのだよベオルン」
「異形の神に降ると言うのか!?」
「降るのだよエリアル」
……こいつは無理だ。裏切りに加えドリームズ・エンドを失った、あれがないと勝ち目はない。
「だぁから言ったろうこのバカチンが!」
「ホ、ホセはずっと頼れる奴だったんだ……」
「騙されおって、他人を信じないオズワルドはどこにいった!?」
クリフの罵倒を受けつつ考える。いやもう選択肢がない、逃げないと。
「クリフ、脱出できるのか?」
「できらぁ、さっさと逃げるぞ!」
「そうはさせないのだよ」
ホセ、俺たちを狙って魔法を構えてる!
「急げ、私が止める!」
「頼むエリアル」
「あ、あれは!?」
その時、飛び出したホセの魔法に目を疑った。雷光の竜。空中で長い体をうねらせ襲いかかってきた。
「精霊よ!」
エリアルが再度精霊を呼び出して抑えようとしたが。
――バチィッ!
……一撃で消滅。強力な魔力の余波に地面を転がる。
「くっ、力が違い過ぎる……!」
「まだなのか!?」
「できたぞ来い!」
クリフが示す、空間に穴が空いている。ホセとナイメリアに背を向けダッシュで駆け込む。背後でまた稲妻の轟く音がするけど振り返らない。
敵に敗れ、裏切られ、仲間を置いて完膚なきまでの撤退。ただ生きるため俺たちは得体の知れない空間に飛び込んだ。
***
「……逃がしたか」
廃墟に静寂が戻った。残されたのは女と賢者のみ。
「神よ、面目次第もございません」
「よい、あれらに今更何ができるものか。それより次の段階へ進むとしよう」
ナイメリアとオズワルドの契約は終わった。故にこの迷宮もいずれ形を失う。ならばもう用はない、オズワルドも迷宮も。
「賢者よ、そなたの献身には報いよう。どんな願いも望むままだ」
「ありがたき幸せ……」
「時は来た」
迷宮が鳴動する。床も壁もひび割れ始めた。迷宮全体が崩壊を始めている。
「さらば迷宮、さらばオズワルド」
やがて直下の迷宮最下層から大きな波動がせり上がると、床も天井も破りそのまま……。
***
「……!」
揺れた。帝都オルガ全体が振動した感じ。地下で何か起きたのでしょうか……。
「お嬢様、様子を見て参ります」
クロエがすぐさま外を見に行ってくれました。
「マリアン様……」
「落ち着いて、何があっても対処できるようにしておきましょう」
屋敷の者たちに言い聞かせ落ち着かせる。そんな私自身が胸の奥で不安を押し殺しているのですが。
<ナイトシーカー>の皆さんに何事もありませんように、心の中で七柱の神々に祈る。
待つ間にも何度か地震。ようやくクロエが戻りましたが、表情を見て良い報せではない様子。
「まだ詳しい状況は分かりませんが、各地で冒険者や軍隊が迷宮から帰還し始めているようです」
「帰還――」
地下で異変、そして帰還してくるということは、まさか撤退……。でもウィルさんたちは戻ってきていません、それが意味することとは。
「帰還した人々から事情を聴けないでしょうか?」
「やってみます――」
その時、一際大きな震動が帝都を襲いました。
「大変です、外で兵士が避難の呼びかけを始めました!」
「何ですって!?」
この帝都で何か大変なことが起きようとしている。いいえ、それは大探索が始まった時から予測できたこと。ですがその中でもかなり悪い結果を招いたのでは……。
「かねてよりの避難計画に従って町の外へ。持ち出す荷物は最低限、火元に注意するように。ベッシ、キャサリン、指揮を頼みます」
「お任せください」
ウィルさん……皆さん……必ず無事戻ってくると信じていますから。