第126話 決別
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
俺は全てを思い出した。クリフ爺さん、オズワルドが心を開いた唯一の友人。そして少年のウィルをそれとなく見守り続けてくれた。
今なら分かる、ウィルが持っていた記憶は刷り込まれたものだった。養父の顔がマクベタスと似ていたのも、俺にとっての父親像がそうさせたものか。ウィルという少年はこの世のどこにもいなく、その記憶は全て偽りのものだった。
全はてこの時を迎えるために作られた仮初の人格。そして今、俺は選択を迫られている。
……賢者ホセ、彼はごく早い段階で気付いていたはず。だが敢えて答えは言わなかった。俺が真実と向き合うための猶予を持てるように。
それにマティルダもだ。ウィルにオズワルドの面影を見て察したのだろう。だから出立前にあんな言葉を送ってくれた。俺が打ちのめされそうになっても立ち上がれるように。
――誰か一人でも信じてくれる方がいるならば、人は立って戦うことができるのです。
ありがとう二人とも。俺は立てる。歩ける。自分を受け入れ現実と向き合う。
炎に照らされ影が揺れた。その中にまた消えていった者たちの姿を見てしまう。だが恐怖は弱まっていた。怯えた人生、憎んだ過去、もうサヨナラだ。
「ナイメリア、俺はお前に願わない」
「……陛下」
彼女の声が初めて沈んだ。すでに冷たかった視線が凍りつくように鋭くなる。
「おっしゃっている意味を理解しておられますか?」
「分かっている」
「私の力がなければ陛下はここで朽ちて終わるのですよ?」
「分かっている」
「望めば全てやり直せるのに?」
やり直す。何て甘美な誘惑だろう。異形の神々は古代からそうやって数々の契約を交わしてきたのだな。
「多くの人々を憎み、それ以上の人々に憎まれる人生だった。やり直すことができたらどんなに幸福だろうかと思うよ」
「ならば何故?」
「俺が殺してきた人たち、もう会えない人たち、そしてオズワルド自身も。皆それぞれに願いを抱えながら生きてきた。けして交わることはなくとも懸命に……」
先帝マクベタス。忠義に揺れた近衛騎士やロバート。オズワルドが戦った他種族たち。
「それを俺一人の願望によって」
ルカルカ、マティルダ……オズワルドが愛した女性たち。
「無かったことにしてはいけないんだ」
もう影は揺れない。遠き人々の視線は感じない。彼らが俺を許してくれるとは思えないが、それでも何か言葉を交わせた気がした。
「契約は終わりにする」
皇帝オズワルドの悪夢を、少年ウィルの冒険を終わらせる。
「……それが」
シン――と空気が重さを増す。ナイメリアの気配が変わった。
「それが陛下の御心であらせられるか」
「そうだ」
「ならばもう用はない」
興味が失せたと言わんばかり。互いに決別した瞬間。すぐさま間合いを取って戦闘態勢。
「オズワルド、いやウィル。そなたは実に良い働きをしてくれた」
「何だと?」
その時だ、地面にいくつも亀裂が入り大きな口を開けた。
「これだけ多くの者たちを連れてきてくれたのだからな」
「うおわっ!?」
「きゃっ!?」
マズイ、皆が亀裂に呑まれる。だが間に合わない――。
「ウィル君!」
「セレナさん!」
せめて近くにいるセレナさんだけでも。手を伸ばす、間に合え!
「……これを!」
「!!」
セレナさんは俺の手を掴まず、代わりにあいつを握らせた。ドリームズ・エンド、俺の片腕のような短剣。
「負けないで……!」
その一言を残してセレナさんは下へ吞み込まれていった……。
「ナイメリアァ!」
「フハハ、案ずるな。そなたの代わりに我が信徒となるのだからな」
俺の代わり、つまり皆を取りこんで契約を結ばせるつもりか。
「そうはさせない」
戦わなければならない。皆を救うため勝たなければ。
「貴様一人で私に勝てるつもりか?」
「一人ではない」
どこかから声、そよ風とともにエリアルが舞い降りてきた。風の精霊に助けられていたのか、脇にベオルンもいる。
「無事かエリアル! とベオルン」
「何とかな」
「無事なものか! 殿下を助けないでどうする!」
「間に合わなかったのだ」
エドウィン……言葉を交わす間もなく取りこまれてしまったか。
「三人になろうと大差ない、無駄な抵抗は止めよ」
「四人だ、そうだろうそこの老人」
「ワシ?」
エリアルがクリフに水を向けるけど、待てそれはその。
「ワシは関わらんぞ、異形神同士で直接戦うなど馬鹿げとる」
「なっ、貴様!?」
「お前はそこの、ウィル? 皇帝陛下? を助けてくれたのだろう?」
「フフ、ハハハハ!」
ナイメリアの冷笑が響く。
「人間ども勘違いをしているな、そやつは楽しみたいだけよ。手を貸すのは契約があるから、それ以外余興でしかない」
「なんだと……」
ああ見えて邪神だ、そこまでは期待していなかった。
「というわけでな、逃げようやオズワルド。今ならワシが上まで送ってやるぞ」
「だけど皆が捕らわれたままだ」
見捨てたくない。オズワルドが全て失った中でわずかに残ったものだ、失ってたまるか。
とはいえ今の戦力は俺にエリアルとベオルン、剣術に関しては俺が最下位だろう。
「下がれ!」
エリアルが両手に精霊を呼び出す。風と炎が人形を取ってナイメリアに向かった。
「異形の神とて顕現前ならば!」
激しい熱波と暴風が廃墟となった神殿に吹き荒れる。それに対しナイメリアは不敵な笑みを浮かべた。
――ゴオン!
横から壁が飛び出して攻撃を打ち消した。あれはさっきまでと同じ……。
「この階層は私の思うがままだ、迷宮にも楽園にもできる」
「その力、まさかお前は」
「いかにも。私は第九階層の番人、この場においては無敵である」
「番人……!」
ベオルンが息を飲むのが聞こえた。確かにこれは予想以上の敵だ、けど勝算がゼロなわけではない。
「こいつを食らっても無敵でいられるのか?」
「……!」
ドリームズ・エンドを向けるとナイメリアの目付きが少し変わる。やはりこいつは警戒するようだな、どうにか一撃でも加えられれば……。
「いやいや無理だと思うぞー、出直せって」
「クリフ、俺は諦めたくない」
「私が何とか隙を作る」
エリアルもやる気だ、ベオルンは、頑張って。
「……む?」
そこでナイメリアが何かに気付いた。彼女が見る方角、確かに何か気配がする。
「あれは!」
何かが高速で飛んでくる。鳥か魔物か、いや違う。あれは賢者ホセだ!