第9話 メイキュウガニ②
目的
◆冒険者ジョン・オーウェンを発見し連れ帰る。
「何これ!?」
でかいっ。横幅30フィートはあろうかという巨大メイキュウガニが通路を遮った。あの解体屋どれだけ大きいか言えってんだ。
「よけろ!」
木も粉砕できそうな巨大なハサミが横へ振るわれる。警告が一瞬早かったため皆で飛び退って回避できた。……と思ったらウッズが直撃を受ける。
「ゴフッ!」
「ウッズ!?」
ウッズの足に普通のメイキュウガニが掴まっていた。あれで反応が遅れたのかクソッ。
「逃げろ!」
「ダメだな……」
仲間の呼びかけも空しくウッズはハサミに捕らえられてしまった。
「野郎!」
ライドが斧を打ち込む。だが分厚い殻が無情に弾き返す。わずらわしそうにウッズごとハサミが振るわれ、その力が一層ウッズの胴を締め上げる。
「ゲボッ……」
「血を吐いてるよ!」
「よせっ、行くな」
セレナが駆け寄ろうとするのをアインが止めた。それほど奴は驚異的ということだ。
「こいつで!」
火の玉が飛んだ。フォスの魔法がメイキュウガニに当たるが効果が薄い、濡れた殻が蒸気を上げる程度だ。雷撃魔法なら効くかもしれないけどこの水場だ、ウッズや俺たちも感電して巻き込まれかねない。
ジリ……とメイキュウガニが後ずさる。このまま獲物を水中に引き込むつもりだ。皆の顔にも諦めの影が浮かんでいる。
何か方法はないのか。このまま見殺しにするしかないのか。
――”潜行”。時間の流れが遅くなりメイキュウガニの体が透けて見える。何かヒントは、弱点は。
……あれは何だ? 奴の体に異物が食い込んでいる。そういえば奴は片方のハサミしか使っていない気がした。
「これだ!」
意識を引き戻した俺はすぐに走り出す。
「危ねえぞ坊主!」
制止も聞かず走った俺はトントンと跳ねてメイキュウガニに飛び乗った。やはりもう片方のハサミは使わない。動かせないんだ。
俺が見た異物は折れた剣の破片。前に戦った冒険者の誰かが前脚の隙間に突き刺したのだろう。剣はへし折れたが爪痕は残してくれた。
「オラッ!」
全体重を破片に乗せて抉る。するとメイキュウガニは苦しみもがき、叫ぶ代わりに泡を吹きだした。そしてウッズを放すと空いたハサミで俺を殺しにかかる。
「よっ」
宙返りして離れたところに着地。――ドゥン! そこにフォスの爆裂魔法が飛んでメイキュウガニを直撃した。
パチパチと焼ける音がしてメイキュウガニから煙がのぼる。死んだか……いや、あの巨体だから無理か。それでも奴は水の中へ沈んでいき戻ってくることはなかった。
「無茶しやがって」
アインが俺を助け起こしてくれた。ウッズは……治療を受けているみたいだな。
「治りそう?」
今はセレナが傷を診ているが表情は重い。
「まず肋骨と内臓を傷めてる。危険なのは脊椎ね。傷は魔法で塞がるけど脊椎にダメージがあると後遺症が残ることがあるの」
「それじゃあ……」
「地上で専門の治療師に診てもらうべきよ」
「待ってくれ、ゲボッ……」
苦しそうに血を吐きながら呻くウッズ。
「傷だけ塞いでくれ……大金のチャンスなんだ、最後まで行くぜ」
彼はそう言ったが、仲間のライドとフォスが説き伏せて帰還を納得させる。支給されていた帰還の巻物を解き放つとウッズは光とともに消えていった。高価な空間転移魔法だ、今頃は拠点の宿に戻っているはず。
「あんな化け物がいるとは、これが迷宮の恐ろしさか」
「俺もあんなのは初めてですけど」
射手を失ったが俺たちの探索は続く。その前にさっきの解体屋たちに報告だけはしておいた。
「あのデカさだ、捕らえれば良い素材になったんだがなあ」
「無茶言うな、死ぬとこだったぞ」
冒険者が魔物を倒し、それを解体屋がバラして持ち帰る。それを素材に道具、武具などが作られ人の手に渡りまた迷宮に潜っていく。実際ライドが持つ盾も魔獣の鱗を使ったものだ。そうやって人と迷宮はぐるぐる回っていく、これも営みという奴か。
……まあ甲殻を使った防具はマニア向けなんだけど。世の中にはメイキュウガニを始め甲殻類を愛する集団がいて、様々な物品を蟹で作り蟹の飼育までしているという噂だ。
第三層の下水道は通過できた。疲れもたまってきたところで野営して第四層に備える。
俺とツバードは地図を開き進行ルートを検討する。俺は少し前に下りたばかりの場所だが、大人数で移動する分だけ魔物に見つかりやすい。複数のルートも検討した方が良いかもしれない。
その横で皆は雑談しつつ情報を共有していた。特に迷宮初心者のベッシとセレナは周りの話に耳を傾ける。
「四層は古い城のような場所になっているんだ」
「魔獣にアンデッド、スケルトンやゾンビがうようよいるぜ」
四層は開けた場所だが三層とは違った意味で厄介な場所だ。大型の魔獣が巣くい、アンデッドが軍隊のごとく城を守る。
「こんな地下に城があるのだな……」
「迷宮は何でもありさ」
その古城は広大でまだ全域が掴めていない。帝都の地下だから単純に考えて同じだけの広さがあるのかも。そう思うとこの迷宮の無茶苦茶ぶりが分かる。
「さすがは魔法の迷宮ということか」
「魔法って言うけど実際はどんな仕組みか謎が多くて」
そこが分からないところだった。俺なんかは悪い魔法使いが迷宮を造ったのかと思っていた。でもベッシの言ったこと、魔王城跡地の話を思い出すと、もっとおぞましい力が働いている可能性もある。
それは今こうしている間も地下深くで息を潜めているのだろうか……。